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銃殺刑当日 明治海軍・南郷元帥の苦悩2

「……この大日本帝国の現状、大陸における陸軍の所業は国際連合から見ても目に余る暴走。それゆえに最終警告として米国海軍・大太洋艦隊による制裁が発動されると知り――」


 帝国海軍はその情報をどうにか寸前で得て、大太洋上で迎え撃つ会敵決戦を最終作戦案として採決し、聯合艦隊司令部が自らを囮艦隊として第一艦隊、北上、南上それぞれに第二艦隊、第三艦隊を針路につけて極秘出撃を決行した。


「これに関しては、さすがの本山(もとやま)もワタシのところに相談に来ましたヨ」


 大太洋艦隊による大日本帝国首都・帝都大空襲作戦案、これを事前に察したとはいえ、決行予定日まではわずか数日。

 すでに国力、軍事軍備力、兵力、どれもはるかに劣る帝国海軍側が数日で保有艦隊すべてを迎撃に向かわせるのはまず不可能なことであったし、司令部が下した会敵決戦案は大太洋艦隊と遭遇しなければ何の意味も持たない。

 それを避けるために聯合艦隊を三艦隊に編成、囮、北上、南上に分けて出撃するしかほかがなく……。


「そんな博打を帝国本土絶対防衛案にしてもいいのかと、本山も万策尽きた顔色をしていましてね。ワタシも作戦書は紙に穴が開くほど見ましたが……」


 ――作戦書は、まずは会敵が絶対条件。


 会敵後の艦隊陣形は南郷にとっても身に覚えがある、日露戦争時最大の海戦となった日本海海戦で用いられた戦法。


「正直、()()しましたヨ。まさか本山が率いる聯合艦隊司令部の参謀陣が、日本海海戦の話にあこがれて、自分だったらどうするなどと夢を絵に描く子どものそれとおなじ発想でしかなかったんですからね」


 会敵後、戦艦の巨砲による艦隊決戦に持ちこめば、きっとかつての日本海海戦のように勝機をつかみ勝利を得るにちがいないという奇妙な確信。

 過去の実例に憑かれた、実戦経験がないゆえの、あからさまな妄想。

 たしかに砲撃戦であれば、完全勝利という贅沢を望みさえしなければ最低限敵艦隊進軍を阻止することも可能だろう。

 とはいえ日本海海戦の勝利に大きく貢献したのは、絶対条件の会敵を果たすために必要な敵艦隊の針路方向の確定。

 ここに確実を得なければ勝機は何ひとつ生まれない。


 ――明治海軍は当時、すべてに必然がなければ動かなかった。


 けれどもいまの帝国海軍聯合艦隊の作戦書は、偶然にすがり、過去の栄光の再来を切に願っているとしか言いようがない。

 言いかたを変えれば、それは空想小説も同然だった。

 南郷(なんごう)は身震いをおぼえた。


「何より大太洋艦隊は空から帝都を目指そうとしているのに、聯合艦隊司令部はあくまで海上での会敵にこだわった。双方の作戦戦力がまったく噛み合っていないのに、どうしてそれが罷りとおると思うのか、ワタシは指摘しましたヨ」


 日露戦争時、明治海軍がどうして勝利をつかむことができたのか。

 その最大の要因は当時最強の艦隊と謳われていたバルチック艦隊をはじめとするロシア艦隊も、作戦戦力構想の基盤が戦艦をはじめとする火力重視、機動力重視の艦隊……つまりはおなじ駒を有するからこそ、現実的で緻密な作戦と戦力練度に差をつければ勝機のタイミングをつかむことができる。

 当時の聯合艦隊司令部作戦参謀の秋村(あきむら)中佐はそこに心血を注いだ。


「本山に尋ねました。帝国海軍が現在有する航空戦力を主軸に考えることはできないのか、と」


 これには本山は即座に否と首を振った。


「本人もこの作戦案の稚拙さに自覚はあったようですが、現状、航空戦力は使えないと言いきった」


 第一次欧州大戦ではじめてその存在が兵力となり、活躍し、勝敗に大きく影響を及ぼすとされたのが航空機による空爆や銃撃。

 空を自在に飛ぶその恐るべき機動力。

 それまでは日露戦争における日本海海戦でバルチック艦隊を見事撃破した明治海軍の勝利をあやかり、各国の海軍は艦隊強化、戦艦保有数を第一に掲げていたが、航空戦力という新たな存在の威力を実感した各国の陸軍海軍は手のひらを反すように航空戦力を重要な軍備として育成をはじめたが、大日本帝国――帝国海軍において勝敗を決するのはあくまでも会敵による艦隊決戦。


 ――時代によって強化すべき兵器、軍備は変動する。


 南郷もそれを唱えてはきたが、自ら世界に衝撃を与えた艦隊決戦の実例はもはや帝国海軍の絶対的妄信となり、南郷が払拭することはついぞ叶わなかった。


 ――その結果がこれだ。


 現在の帝国海軍も航空戦力は保有するが、それらはほとんどが本土防衛のための陸上を発着する航空部隊であって、海上から迎撃するため航空母艦から発着する航空部隊は戦艦の補佐。

 けっして巨砲の邪魔をするなと厳命されている始末。


「つまり精度もそのていどのものなので、海上作戦の主軸になるはずもなし、と」

「だから聯合艦隊司令部は、大太洋艦隊率いる航空母艦から戦闘部隊が発艦する前に会敵し、それを轟沈させる……そういう作戦を立てて出撃したのですね。それしか方法がないから――」

「ここまで来てしまえば、聯合艦隊の作戦失敗も、帝都大空襲も、ワタシは無関係ですとは言えないですヨ」


 ――いまとなってはとんだ老害だ、と若手に陰からささやかれるのも無理もない。


 南郷は無意識に煙管を咥える。

 咥えて、そのまま眉根を沈鬱にゆがめる。


 ――これだけでも帝国海軍聯合艦隊司令部の失策は、充分極刑に値する。


 ここだけでも充分帝国海軍全体が大きく頭を悩ませているというのに、問題は先にも触れたように海軍の軍法会議にもかかわらず帝国陸軍が横槍を入れるように介入。

 挙句の果ては陸軍主体で軍法会議がすすみ海軍将校の銃殺刑を決定したものだから、すでに犬猿の仲――あるいはそれ以上の相反する不仲に決定的な亀裂が生じていることだ。

 本日迎える処刑は帝国海軍陸軍の内戦の火ぶたを切る初日ともされ、双方に厳重な警戒網が敷かれていた。


「先の作戦失敗に加え、霞ケ浦の航空部隊では帝都大空襲を阻止できなかったことと、銃殺刑に処される本山大将をはじめとする将校の方々への詫びとして、すでに幹部とパイロットが六名、翌日には自決しましたし、館山航空部隊、横須賀鎮守府でも数名の自決者が出ました」


 南郷の空になった湯飲みに新しいお茶を注ぎながら男は言い、


「恐ろしいことに陸軍は海軍機能を無効に図ろうとし、陸上での各地関連施設に歩兵隊を向かわせ、あわよくば艦艇の乗っ取りまで目論んでいるとか」


 最初、前者はともかく後者は不可能だろうと思われたが、実際に男がそれとなくようすを見に行ったとき、横須賀鎮守府では軽巡洋艦戦隊の東京湾入湾を独断で許可し、各艦艇所属の砲術長が、


「これ以上帝国海軍に過剰介入をすれば、陸軍の関連施設をことごとく一撃で仕留める!」


 と警告し、実弾をこめた砲身を……それ以上の殺意をすでに向けていた。

 一糸乱れぬ艦艇の並びと砲身に、東京湾周辺では事情を知らぬ住民たちが恐怖し、何事かと混乱が生じている。

 帝国陸軍もこれには緊張をおぼえたが、実際に艦艇から帝都に向けて砲撃することは、皇家(こうけ)筆頭・今上帝(きんじょうてい)がおわす御所、国威に向けて砲撃する叛乱と受け取ることもできるので、こればかりは絶対にできぬ脅しだと安堵するが、それはどうだろうかと南郷も男も思う。

 たしかに一撃でも撃ってしまえば、帝国海軍は国防の第一義を永遠に失うだろう。


 ――世界海軍の技術のなかでも、艦隊砲術に関して大日本帝国海軍に敵うものはなし。


 それを永続させるためにも海軍兵員は個々の体術武芸も達者になるよう日々訓練に励んではいるが、対個人戦での「殺人」を前提に動く戦闘では、どうしてもそれを生業とする陸軍兵員たちに利がある。

 万が一、冗談ごとではなく艦艇内に陸軍の侵入を許してしまえば、海軍兵員にとっては不利、多大な犠牲者が出るのは可能性ではなく必至だ。

 とくに駆逐艦は小型艇での接近に極度の緊張を張り巡らせ、あらゆる機銃を海上に、あるいは海岸沿いに並ぶ歩兵隊に向けてかまえている。

 呉では陸軍の戦車数台の砲身が呉鎮守府や海軍関連施設、母港としている所属艦艇に向けられていると緊急入電がひっきりなしで送られてきており、佐世保もほとんど似たような状態だという。

 たかが戦車の砲身ごときが、と思われるだろうが、停泊中に砲撃を受ければさすがに損傷は免れない。

 それが艦艇だけの傷ならいい。しかし乗船している海軍兵たちは生身の人間だ。

 各鎮守府長官たちと各戦隊司令官たちは、もうほんとうに「発砲許可」の号令をギリギリのところで耐え、踏みとどまっている。

 喉からその言葉がこぼれ落ちないのが不思議なくらいだ。


 ――そうして……。


 銃殺刑最初の一弾がまさに引き金となって、双方の暴動がはじまるのだろう。

 そうなってしまったら最後、海軍大臣や軍令部総長の声は彼らに届きはしない。


 ――怒気の化身、火を噴く艦艇を鎮圧できる術は、陸軍にはない。


 だからこそ陸軍は、その状況下でも鶴の一声で帝国海軍を煽ることも御することも可能な人物をこの場から動かすわけにはいかなかった。

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