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戻った声、戻らない時間

 私は今、ずっと——ずっと聴きたかった「カケル」さんの“生の歌声”を聴いている。


 声質は大人になって少し低くなっているのに、

それでも間違いようのない“あの”歌声だった。


 透き通る透明感。

 夜空に溶けるように柔らかく、月明かりのように静かに心へ降り注ぐ声。


——まるで、月の歌声みたいだ。


 そう胸の中で呟いた時、人混みをかきわけて兄妹のお母さんが駆け寄って来た。


「ママ〜!」


 まいちゃんが笑顔で抱きつき、お母さんも涙を滲ませた顔で必死に頭を下げている。


「本当に……本当にありがとうございました!」


「歌のうまいお兄ちゃ〜ん、ばいば〜い!」


 兄妹が手を振りながら帰っていく姿を見送ったその時——


「翔太!」


 名前を呼ぶ声が響いた。


 息を切らして駆け寄って来たその男性の姿に、私は息を呑む。


(え……この人……)


 忘れられるわけがない。

あの頃、幼い私にCDをくれた人。

鈴原清香さんが「お兄ちゃん」と呼んでいた、あの優しい青年——


 今は少し年齢を重ねて穏やかになった雰囲気だけど、面影はそのままだ。


 私の顔を見ると、最初は不思議そうに眉を寄せ——

そして目を大きく見開いた。


「……あれ? もしかして……あすみちゃん?」


「え?」


 どうして私だと?


 驚きで言葉を失う私に、その人は懐かしい笑顔を浮かべて言った。


「やっぱり。小さい頃とあまり変わってないから、すぐ分かったよ」


 そう言って、まるで昔に戻ったかのように優しく微笑む。


「翔太の声……あすみちゃんが戻してくれたんだね。ありがとう」


 その破壊力抜群のイケメンスマイルになにも言えずに固まっていると——


「……おい。こんなとこでナンパしてっと、奥さんにチクるぞ」


 森野さんの、低くて不機嫌な声が響いた。


 鈴原さんは吹き出し、


「変わらないな〜。お前のヤキモチ性格。こいつが相手だと大変だぞ」


 そう私の耳元でこっそり囁く。


「こいつとは、そんなんじゃねぇよ」


 森野さんは不機嫌そうに言い捨て、

私を自分の後ろへとそっと引き寄せた。


 その仕草にまた胸が痛む。


「はいはい。それで本題だけど——」


 鈴原さんは表情を一変させ、森野さんを真正面から見つめた。


「亮にお前を預けて、ずっと……ずっと、お前の声が戻るのを待ってた。

もういいだろ? 帰って来い、翔太」


 その言葉に、森野さんが苦しげに眉を歪める。


「音楽に合わせて歌ってねぇんだ。……本当に治ったかなんて分かんねぇよ。

それに——もう歌手に戻る気はねぇ」


 そう言い残し、森野さんは背を向けて歩き出した。


 残された私は、胸の奥がじんじんと痛むのを誤魔化すように、ただその背中を見つめてい

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