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あなたに引かれた手の先で

私の少し前を歩く森野さんの背中が、やけに遠く感じて胸が締め付けられる。じわりと涙が込み上げたその時、人混みに押されて森野さんからはぐれそうになった。


 必死に背中を追っていると、森野さんが振り返り、もみくちゃになっている私を見るなり、


「ちびっこは大変だな〜」


と呆れたように言いながら、私の腕をぐいっと引き寄せた。


「ち……ちびっこって! これでも157cmはありますよ!」


思わず反論した私に、


「俺からしたら、157cmは立派なちびっこだよ」


と言うなり、森野さんは私の手を握った。


 突然の接触に心臓が跳ねる。


「嫌かもしれないけど、みんなの所に着くまで我慢しろよ」


そのまま歩き出すと、大きな手が私の手をしっかりと包みこんだ。


 森野さんの温もりが手のひらに伝わって、心臓が破裂しそうなほどドキドキする。すれ違う女性たちの視線が森野さんに集まり、そのあと私を見る。羨望とも嫉妬ともつかない目に胸が痛んだ。


 時間にしたらほんの十数分――それでも、永遠にも思えた。


 やっとお花見の場所が見え、杉野チーフたちが手を振る姿が見えると、森野さんの手がゆっくりと離れた。急に自由になった右手がひどく寂しくて、私は俯いて森野さんの少し後ろを歩く。


「おお! やっと来た。柊さん、森野君。こっちこっち」


山崎さんと店長が声を上げている。


 広い庭園を一望できる中腹の広間に到着すると、そこから見える桜並木は息を呑むほどだった。


「凄い……」


思わず呟いた私に、


「ね、綺麗でしょう?」


木月さんが隣に座るよう手招きした。


 促されて腰を下ろすと、そこからは山の高さごとに咲き乱れる桜が一望できた。ソメイヨシノだけでなく、濃いピンクの桜や桃の花も混じっていて、まるで絵巻物のように美しい。


「良く、こんな良い場所が取れましたね」


森野さんが驚いたように山崎さんへ声をかける。


「なにせ、特別隊を派遣したからね!」


と胸を張る山崎さんに、


「何言ってるのよ! 木月さんのお子さんが昼間に場所取りしてて、そのまま譲ってもらったんでしょう!」


と杉野チーフが即ツッコミ。


 みんなが爆笑する中、森野さんは


「毎年、ありがとうございます」


と微笑み、木月さんに頭を下げた。


「お礼なんていらないわよ。私も毎年、ここでみんなと桜を見るのが楽しみなんだから」


そう言って、お弁当を広げる木月さん。


「わぁ、美味しそう。毎年ありがとうございます」


と山崎さんや菊池さんが嬉しそうに言う。


「今年は杉野チーフと柊さんも作ってくれたから、豪華よ〜」


木月さんがにっこり笑ってそう言うと、木月さんと杉野チーフ以外が一斉に私を見る。


「え? 柊さんって料理できるの?」


「お前、絶対具材詰めただけだろ」


「柊ちゃん、えぇお嫁さんになれるなぁ〜」


「どれ作ったの?」


質問攻めの中、私は自分が作った肉巻きと筍ご飯のおにぎりを勧めた。みんなが「美味しい!」と言ってくれて、胸がいっぱいになる。


「……これ、本当にお前が作ったのか? 木月さんが下処理したのを焼いただけじゃねえの?」


相変わらず失礼な森野さん。


「じゃあ、食べなくていいです!」


と、森野さんの手からおにぎりを奪おうとすると、


「食べ物を粗末にしちゃダメだろ。仕方ないから食ってやる」


「仕方ないなら、食べなくていいです!」


私たちが本気でおにぎりを奪い合っていると、


「暑いな〜。どこぞの売り場の二人がイチャイチャしとるなぁ〜」


店長の声で、私も森野さんも固まる。


 周りを見ると、興味津々の目でこちらを見ていた人たちが一斉に白々しく目をそらした。


「ちょっと一服して来ます」


森野さんは顔を赤くしながら席を立った。


「照れてる、照れてる」


クスクス笑う皆に見送られ、森野さんは喫煙所へ。


 私はハラハラしたが、


「気にせんでええよ。森野君、いつもあんな感じやし」


と店長が言い、皆も気にしていない様子だった。


「それより、ほら。桜を楽しみましょう」


木月さんの言葉で、再び視線が桜へ戻る。


ライトアップされた桜を見上げながら、


「日本人で良かったよな〜」


と笑い合う声が夜空に溶けていった。


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