王子、怒りの制裁
「へぇ〜。誰が誰となら“相応しい”って?」
私を嘲笑う声の背後から、地の底を這うような低い声が響いた。
その瞬間、私以外の全員がピタリと固まる。
声の方を見ると──
そこには、怒りで表情を凍らせた森野さんが立っていた。
「あっ……王子ぃ〜、居たんですかぁ〜」
さっきまで普通だった声色が、一瞬で鼻に掛かった甘え声に変わる。
横溝さんが媚びるように近付いていくが、森野さんは冷たい目で彼女たちを見下ろしていた。
一年と少しの付き合いの中で、あんな顔を見たのは初めてだった。
「別に、お前らが俺をどう呼ぼうが、どう思おうが勝手だよ。好きにすればいい」
低く冷えた声。
けれど次の言葉だけは、氷より鋭かった。
「──ただし。関係ない柊に八つ当たりするのは、やめてもらえないかな?」
淡々とした口調なのに、恐ろしいほど怒っているのが分かる。
横溝さんは怯んだが、必死に食い下がる。
「だって! 何度告白しても、美嘉と付き合ってくれないじゃない!」
(……何度も告白してたんだ!?)
衝撃で心臓が飛び出そうになる私をよそに、森野さんは表情ひとつ変えずに言った。
「それは、お前が好みじゃないからだよ。俺はな、職場のルールも守れず、自己主張ばっかりしてる奴が──大嫌いなんだよ」
冷ややかな視線が突き刺さり、横溝さんの顔から血の気が引いていく。
嫌いな相手のはずなのに、見ていられないほど痛々しい。
そして森野さんが、さらに口を開こうとした瞬間──
それが“とどめ”だと悟った私は、とっさに叫んでいた。
「もう、止めましょう!」
皆の視線が私に向く。
「横溝さんも……他の人たちも、反省してると思います。
それに……私は何とも思ってないですし……」
本当は傷付いた。
けれど、私と同じ“人を想う気持ち”を持っている子が、私と同じように傷付く姿なんて……
どうしても見たくなかった。
森野さんは、まだ納得していない顔だった。
それでも私が首を横に振ると──
深く長いため息を吐いて言った。
「……柊に免じて、今回は水に流してやる。
だが──二度目はないからな」
そう言い捨てると、彼女たちをかき分け、私の腕を掴んで歩き出す。
掴む手は強くて……
怒っているはずなのに、胸の奥がじんわりと温かくなった。
ストック置き場に戻ると、杉野チーフが不安そうに待っていた。
「お前が絡まれてるって、杉野チーフが教えてくれたんだよ」
森野さんは『ドカッ』と椅子に腰を下ろし、まだ眉間に皺を寄せたまま呟いた。




