王子争奪戦、火蓋
「陰で王子って呼んでる人がいるのは知ってますけど、本人に言う人は初めて聞きましたよ」
そう言うと、木月さんまで吹き出して笑った。
「横溝がバイトに入ってから、呼ばれるのも挨拶されるのも“王子〜”ばっかりなんですよ。でも開店前や閉店後だったから、全部無視してたんです」
「え……そんな前から?」
杉野チーフが目を丸くする。
「一度、ちゃんと注意したんですよ。社会人として、きちんと名前で呼んでくださいって。そしたら“じゃあ森野王子って呼んでいいですか?”って返されまして……」
ゲンナリした顔で森野さんがうなだれる。
「何とかなりませんか? あいつ」
ほんとうに困りきった声で訴える森野さんに、杉野チーフは苦い顔で答えた。
「彼女、問題行動が多くて……注意はしてるんだけどね……」
その日は「店長に相談する」ということで話は終わった。
──そのまま何事もなく終わると思っていた。
だが、花見の日が近づいたある閉店後、私にも火の粉が降りかかる。
品出しを終えて腰を伸ばしていたときだった。
「柊さん」
3階に私しかいないのを確認して来たのだろう。
横溝さんを中心にした、バイトの女の子たち6人が私をぐるりと囲んだ。
「……何ですか?」
立ち上がり向き合うと、横溝さんはさっきまでの甘ったるい声ではなく、低いトーンで切り出した。
「3Fの人たちだけで花見に行くって、本当ですか?」
普段の語尾を伸ばす喋り方ではない。
あの特徴的な“ぶりっ子声”は影も形もない。
(やっぱり……あの話し方、演技だったのか)
少し感心しつつも、私は答えた。
「行きますけど、3Fだけじゃないですよ。店長も他の階の社員の方も来ます」
すると横溝さんは、きつい目つきで吐き捨てた。
「いつも3Fばっかり森野さんを独占して、よく平気でいられますよね」
「独占って……。私は仕事以外、森野さんと関わってませんよ」
あまりにも理不尽すぎて頭が痛くなる。
だが横溝さんはさらに一歩踏み込んできた。
「ずるいんですよ。社員だからって、教育係が森野さんなんて」
(教育係はお願いしたわけじゃないんだけどな……)
心の中で苦笑したその瞬間──
「前から思ってたけど、ブスのくせに森野さんに色目使ってんじゃないわよ!」
怒鳴り声が落ちてきた。
(……え? もしかして、ずっと敵意むき出しだった理由って、それ?)
驚いて横溝さんを見ると、さらに容赦なく続ける。
「あんたみたいなブスが森野さんと釣り合うとか、マジありえないんだけど」
すると取り巻き達が一斉に口を開いた。
「有り得ないよね!」「己を知れって感じ〜」「厚顔無恥のブスって怖〜」
「美嘉みたいに可愛い人が王子に相応しいのよ! ブスは退いててくれない?」
(王子……本当に王子って呼んでるんだ……)
呆れが勝って、悪口が耳に入らない。
だが彼女たちは調子づき、さらにヒートアップした。
「なんで王子があんたに優しいと思う? ブスを邪険にしたら可哀想だからだよ!」
「王子の優しさを勘違いしないでよね!」
「もしかして柊さん、自分が王子に相応しいと思ってるの? うける〜!」
「ヤバ〜! それマジで痛い人じゃん!」
心無い罵倒が次々に飛んでくる。
でも私は、彼女たちの言葉よりも──
森野さんが「王子」と呼ばれている事実の方にショックを受けていて、
(身の程は……充分、わかっていますよ)
ただ静かにそう思っていた。
その時──




