王子事件、勃発
話題に上がっているのは、1Fレジに配属されたアルバイトの横溝美嘉さんだ。
セミロングの髪をいつもツインテールにし、大きな花のついた派手なヘアゴムを使っている。
本来、店舗では黒・紺・茶色のシンプルなゴムのみ使用可、華美なものは禁止。
ネイルも本来はベージュ系のみ許可なのに、横溝さんはキラキラのデコネイル。
メイクもラメ入りアイシャドウで、完全にルール無視だった。
レジ責任者の加藤さんが何度注意しても、まるで聞く耳を持たないらしい。
確かに19歳で若くて可愛い。
──が、
男性従業員には甘く、女性従業員には冷たい。
その態度の差も、職場で問題視されていた。
「まぁ、気にすることないわよ」
木月さんが私の肩を軽く叩いて笑ったので、私も小さく頷いた──その時だった。
ドタドタッ!!
階段を駆け上がってくる激しい足音。
私達3人が顔を見合わせる暇もなく──
「 柊!! 」
息を荒らし、怒った顔の森野さんが私に向かってきた。
「俺、お前に『横溝に売価を内線しろ』って言ったよな!」
「はい。なので、私は何度か店内放送で呼びましたよ」
まっすぐ森野さんの目を見て答えると、木月さんが先に口を挟んだ。
「森野君、私もその放送聞いてたわよ!
向こうが全然出ないから、『もう放っておこう』って話してたの!」
普段、人の会話に強く出ない木月さんの反論に、森野さんは大きな溜息をつき、椅子へ崩れるように座り込んだ。
「……勘弁してくれよ……」
頭を抱えた姿は、明らかに疲れ切っていた。
「どうしたの?」
杉野チーフが声をかけると、森野さんは言いづらそうに顔を上げた。
「今、商品を取りに一階に下りたら……横溝が待ち構えてて。
客の前で、
『王子〜♡ 内線待ってたのにぃ〜』
……って言われたんですよ」
瞬間、私達3人は固まった。
「えっと……ごめんね。
誰が “王子” ?」
杉野チーフが震える声で言うと、森野さんは顔を歪め、ぼそっと言った。
「俺だって恥ずかしいですよ……!
30過ぎて“王子”って……ほんと勘弁してください……」
珍しく、首まで真っ赤にしている。
私達3人は顔を見合わせ……耐えきれずに大爆笑した。
「笑いたければ笑えよ……」
ぷくっと頬を膨らませる森野さん。
「ご、ごめん……! 確か彼女、女子高出身だったわよね……?」
杉野チーフも笑いが止まらず、涙をぬぐっていた。




