夜桜の約束がくれた、小さな勇気
私と森野さんの関係がぎくしゃくしたまま、季節は無情にも移ろっていき──
気がつけば、桜がほころび始める頃になっていた。
「え?」
それは木月さんの、少し意外な一声だった。
「今月末、桜がちょうど見頃でしょう? 棚卸の日、早く終わるし……みんなで夜桜見に行きましょうよ!」
普段あまり企画を口にしない木月さんの提案に、私も杉野チーフも目を丸くする。
「いいですね! 柊さん、何か予定ある?」
「いえ……特には……」
盛り上がる二人に返事をしていると、ちょうど森野さんがストック置き場へ戻ってきた。
「森野君! 今度の棚卸の後ね、みんなで桜を見に行くことになったんだけど……森野君も行かない?」
杉野チーフが誘うと、
「え? ああ……別に、いいですけど……」
森野さんはいつもの調子で短く答えた。
(森野さんも……参加するんだ?)
意外すぎて固まっていると、
「何、そんなに驚いた顔してるんだよ」
むっとした顔で、森野さんがこちらを見てきた。
「え、あ……森野さんがイベント事に参加するなんて、意外で……」
そう言う私に、木月さんが笑って言った。
「え! 森野君、花見だけは毎年参加してるわよ?」
(森野さんが……花見……!?)
本気で驚く私に、
「何だよ……悪いか?」
森野さんはむっとした顔で、私の額にデコピンをした。
「痛っ! 何するんですか!」
「生意気な顔したお前が悪い!」
そう言い捨てて、森野さんは杉野チーフの方へ向き直る。
「じゃあ当日、例年通り車出せばいいですか?」
淡々と話を進めていく姿に、胸がほんの少しだけ熱くなる。
「森野さん……宴会嫌いなのに、花見は参加するんですね?」
思わず小声で呟くと、木月さんが微笑んだ。
「あ、そうか。柊さん、北公園の桜知らないのよね。楽しみにしてて。
日本桜百景に選ばれるくらい、本当に綺麗なんだから」
そう言って続ける。
「最初に誘った時は、森野君まったく乗り気じゃなかったのよ?
でも、一度連れて行ったら……それ以来、毎年楽しみにしてるみたい」
「そんなに綺麗なんですか……」
嬉しそうに頷く私に、
「日本人で良かった~って思うくらい綺麗よ」
と、木月さんが悪戯っぽく笑った。
「じゃあ当日、お弁当作って行きましょうか?」
杉野チーフの提案に、私も木月さんも頷く。
「え? 柊、飯作れんの?」
森野さんが、これでもかという嫌な顔をした。
「し……失礼ですね! 私だって料理くらい作れます!」
即座に反論すると、森野さんは鼻先が触れそうな距離まで顔を近づけ、
「期待しないでおくわ」
と鼻で笑う。
(……し、失礼にもほどがある! 覚えてなさいよ!)
久しぶりの会話が嬉しいことよりも先に、
“絶対に見返してやる!” という闘志がメラメラと燃え上がっていた。




