恋心が揺れる夜、聞こえてしまった声
「森野さんは……私が倒れたあの日、私の部屋でCDを偶然見て、過去に出会った女の子が私だと気付いたんだと思うんです。
実際、それ以来、森野さんは私を避けるようになりました。
きっと……私を見るだけで思い出してしまうんだと思うんです。過去のことも、いろいろと。
だから……私の気持ちは、やっと“今”を生きようとしている森野さんの足枷になるんじゃないかって……」
必死に絞り出した言葉に、杉野チーフは手元のお湯呑に視線を落とし、
「そっか……。じゃあ、このまま諦めるの?」
と、ぽつりと呟いて私をまっすぐ見た。
「私ね……柊さんが来てからの森野君、結構好きだったんだよ」
その言葉に思わず目を見開く。
「あ、誤解しないで。恋愛対象としてじゃなくてね?
以前の森野君って、いつも無表情で、何を考えてるのか本当に分からない奴だったの。
そのくせ、営業スマイル“だけ”は完璧でしょ?」
ここで一度お茶を口に含み、続ける。
「本当に嫌な奴だと思ってたよ。だって、出会ってからしばらくは真面目に仕事もしない、完全に“使えない人”だったんだから。
それがある日突然、真面目に働き始めて……気付いたら、玩具売り場の要になってた。
何を考えてるのか分からないし、いつも不満そうな顔してるし……」
ひとつひとつ思い返すように言うと、杉野チーフはふっと笑って私を見た。
「でもね、柊さんが来てから、あの人の表情ってすごく豊かになったのよ」
「え? 怒ってばっかりでしたよ?」
思わず慌てて返すと、杉野チーフは首を振る。
「柊さんが来る前は、それすらなかったの。
ムカつくくらいに全てに無関心でね。
だから……木月さんとも『最近の森野君、人間らしくなったよね』って話してたんだから」
楽しそうに笑った後、静かに言う。
「多分だけど……森野君、柊さんに惹かれてるんだと思う」
「そ、そんな……!
だったら、あんなにあからさまに避けたりしません!」
反論すると、杉野チーフはニヤッと笑った。
「避けてるねぇ〜」
「……」
「まぁ、悩みなさい。
結局、答えは自分で出すしかないんだから」
優しい声でそう言って微笑む。
なんだか、心にひっかかる言葉を残されてしまい、私はモヤモヤした気持ちで杉野チーフと別れた。
お店まで車で送ってもらい、私はそこで降りることにした。
家まで送ると言ってくれたけど、気持ちを整理したかったので丁寧に断った。
店の前に立つと、すでに店内の電気はすべて消えていた。
三階の自分の売り場を見上げ、真っ暗な窓を確認して歩き出す。
そのとき──
お店の裏側から、誰かの話し声が聞こえた気がして足を止めた。
そっと事務所横の喫煙所を覗くと──
声の主は、店長と森野さんだった。




