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たった一言で、眠れなくなる夜

 三人で他愛もない話をしていたが、しばらくして店長が奥様を迎えに来た。

杉野チーフも一緒に帰宅し、にぎやかだった部屋が急に静かになる。


 普段なら気にならないはずなのに……

少し前までの賑やかさが嘘みたいで、胸にすっと寂しさが染み込んだ。


(病気のせい……かな?)


 気弱になった心を誤魔化すように寝室へ戻ると、突然スマホの着信音が鳴り響いた。


 画面には──『森野さん』。


 心臓が跳ね、慌てて電話に出る。


「も、もしもし!」


 早口になったせいで、少し声が裏返った。恥ずかしい……。

その瞬間、受話器の向こうで森野さんが微かに笑った気配がした。


『元気そうだな』


 その低い声に、胸がドクンと鳴る。


「今日は……ありがとうございました」


 必死に感謝を伝えると、森野さんは少し黙ってから言った。


『別に……。それよりお前──』


 言いかけて、少しだけ声音が柔らかくなる。


『三日間休むんだろ。こっちは気にすんな。ゆっくり休めよ』


「なんか……森野さんが優しいの、不気味です」


 素直に“ありがとう”が言えなくて、ついふざけてしまう。

すると、また小さく笑う気配が返ってきて、胸の強張りがふっと緩んだ。


(私、どうしてこう……素直になれないんだろう)


 もっと自然に、可愛くお礼が言えたら。

そしたら、私たちの距離だって……少しは違ったのかな。


 そんなことを考えていた時だった。


『あまり話すと疲れるだろ。もう切るぞ』


「まっ、待って……あの!」


 思わず声が大きくなる。


『何?』


 呼び止めたくせに言葉が出てこない。

心臓はうるさいほど鳴っているのに、頭の中は真っ白だ。


『どうした? 何もないなら切るぞ』


 焦りの中で、ようやく言葉が落ちてきた。


「……森野さんからの電話、嬉しかったです」


 言った瞬間、耳まで熱くなる。


(な、なに言ってるの私っ……これ、ほぼ告白じゃん!)


 恥ずかしさで消えてしまいそうになったその時──


『……ふっ』


 低い笑い声。


『バ〜カ』


 その一言だけなのに、胸が甘く痺れた。


 甘くて、くすぐったくて、泣きたくなるほど嬉しい。

でも同時に、どうしようもなく切なくなる。


『じゃあ、本当に切るぞ』


 その声に胸がきゅっと縮む。


「……はい」


 名残惜しさで声が掠れたその時。


『……おやすみ』


「えっ……あ、はいっ! おやすみなさいです!」


 大声になってしまい、恥ずかしくて顔を覆う。


『うるせえよ、お前の声。ったく……病人なんだから早く寝ろ』


 ぶっきらぼうなのに、どこまでも優しい声。


 通話終了の『ツー、ツー』という音が余計に寂しさを強調した。


(今、聞いたばかりなのに……

もう声が聞きたくなるなんて……どうして……)


 胸がぎゅっと痛む。

こんなに人を好きになるなんて、思ってもみなかった。


 ベッドに横たわりながら、高鳴る胸に手を当てる。


 森野さんの『おやすみ』が耳に残って離れない。


「……森野さんの馬鹿。三日も会えないの、もっと切なくなっちゃう」


 小さく呟き、布団を頭まで被ると、そのまま静かに目を閉じた。

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