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幻となったCD

すると、眼鏡のお姉さんに「お兄ちゃん」と呼ばれていたイケメンが、ぱぁっと破顔した。


「やべ、俺……泣きそう」


照れ隠しのように言いながらも、その笑顔は本当に嬉しそうで、私は思わず見惚れてしまった。


「マジ? お前、相変わらず涙もろいな〜」


他のメンバーに茶化されていたけれど、

そのやり取りはどこか温かくて、

“本当に仲の良いバンドなんだ” と分かるだけで胸がじんわりした。


「でもさ、俺たちって……みんなイケメンじゃないか」


その“お兄ちゃん”が急に真剣な顔でぽつりと言う。


まぁ……確かに。

ここにいる人たちは誰もが個性の違う綺麗な顔立ちで、思わず納得してしまう。


私が一人ひとりの顔を眺めていると、


「お前、自分でそれ言うか?」


ドラムのスティックを鞄に仕舞っていた人が、笑いながら突っ込んだ。


だが、その笑いがすっと消える。


「だからさ……“顔だけのバンド”って言われてるんだよ。

どれだけ練習しても、俺らの実力なんて誰も認めてくれなくて」


その一言で、さっきまで軽口を叩いていたメンバー達の表情が一気に真剣になった。


「カケルが加入したら、今度は“カケルのお荷物バンド”って言われてさ」


その言葉に、カケルが息を呑んで口を開きかけたが――


「でもさ。素直な子どもが認めてくれたんなら……俺はそれで良いや」


お兄ちゃんが先に言葉をかぶせ、ふわりと優しい笑みを浮かべた。


その笑顔が胸にじんわり染みて、

私は目を離せなくなった。


***


気づけばその人は、ひょいと私を抱き上げて椅子に座り、膝の上に乗せていた。


「では――偉大なる俺たちブルムン初の、真実のファン一号に。

素晴らしいプレゼントを差し上げよう」


そう宣言すると、


「タケ〜、あれ取って」


と、ベースの“タケ”に声を掛けた。


「え? まさか……」


周りのメンバーがざわめく中、

タケはプラスチックケースに入った白いCDをそっと差し出した。


「?」


不思議そうに見つめる私に、お兄ちゃんは微笑んだ。


「これ、まだちゃんとミキシングしてないんだけど……俺らのCD」


そう言って、そっと私の手にそのCDを握らせる。


「俺らの演奏にカケルの歌をのっけただけの未完成品なんだけど――あげるよ」


「え! でも私、お金ないし……」


戸惑う私に、お兄ちゃんは優しく首を振った。


「プレゼントだよ。ただし……これは絶対に他の人には聞かせないで。

まだ商品にできるレベルじゃないから。

みんなには“ちゃんとした形”で聞いてもらいたいんだ。


それに、これは……可愛いファンのきみに、俺からの贈り物」


その言葉に胸がじんわり熱くなった。


嬉しくて、私は思わず叫んでいた。


「うん、約束する! 絶対に誰にも聞かせない!

それに――お兄さん達のCDが発売されたら、絶対に買いに行くからね!」


CDをぎゅっと抱きしめると、

メンバー全員が寄ってきてケースにサインを書いてくれた。


『ふじま あすみちゃんへ』


と名前まで入れてくれて。

白いCDの真ん中の透明なプラスチック部分には、円に沿って

Blue moon

と手書きで刻まれていた。


***


しかし……

彼らがCDを出すことはなかった。


その後、バンドは解散したのだと従姉妹のお姉ちゃんから知らされた。


理由を尋ねようとしたけれど、

お姉ちゃんの曇った表情が“聞いちゃいけない”と告げているようで……

私はそれ以上どうしても聞けなかった。


そして私の手元にあるこの一枚は――


もう二度と世に出ることのない、

幻のCDとなってしまったのだ。


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