救われた夜、揺れ動く心
深い眠りについていたらしく、目を覚ましたときにはもう外が暗くなっていた。
喉の渇きを感じ、ふらりと寝室を出ると──
キッチンで店長の奥様が立っていた。
「あ、起きた? 喉、渇いたの?」
私に気付くと、奥様はすぐに経口補水液を手渡してくれた。
「え……まさか、ずっと居てくださってたんですか?」
驚いて尋ねると、奥様は苦笑して肩をすくめた。
「ずっとじゃないよ? 冷蔵庫、空っぽだったから買い物に出たりはしたけどね」
そう言いながら、一人用の土鍋に火をつける。
「まだ固形物はきついだろうから……はい、重湯。
──離乳食の予習、しちゃった」
照れくさそうに笑うその顔が優しくて、思わずこちらまで笑ってしまう。
重湯をひと口すすると、胸の奥がじんわりと温かくなった。
ただのお湯で炊いたお米なのに──
私のために作ってくれた味は、涙が出るほど温かい。
「……美味しいです」
こぼれるように呟くと、
「ええ〜? ただの重湯だよ」
店長の奥様は、照れたように笑った。
「私……小学生のころに両親が離婚して、祖父母の家に預けられていたんです。
でも、中学に上がる前に祖父母も亡くなって……母と二人きりで生活してきました。
だから、体調を崩しても、母が仕事を休むなんてことはなかったし……
誰かに料理を作ってもらうなんて、小学生のときの祖母以来で……」
重湯を噛みしめながら呟くと、店長の奥様はそっと目を細めた。
「……柊さん、ずっと頑張ってきたんだね」
「え……?」
目を丸くする私に、奥様は静かにほほえむ。
「苦労したって、自分では思わなかったんでしょう?
そういう子はね……ただ一生懸命、生きてきたのよ」
胸の奥がぐっと詰まり、照れ隠しのように重湯をもうひと口すする。
そんな時、インターホンが鳴った。
「あ、亮君かな?」
店長の奥様が玄関へ向かいドアを開けると――
「あ、杉ちゃん」
「あのっ……!柊さんの様子は、どうですか?」
心配そうに声を震わせる杉野チーフ。
「とりあえず、中に入れば?」
奥様に促され、チーフは部屋へ入ってくる。
(……えっと。ここ、私の家なんだけど?)
苦笑する間もなく、チーフが私を見るなり飛びついてきた。
「柊さん! 大丈夫!?
ごめんね……体調悪いの、全然気付けなくて……!」
今にも泣き出しそうな声で、何度も謝る。
「そんな……。私こそ、仕事に穴を空けてしまってすみません」
慌てて返すと、チーフは首を振った。
「違うよ! 柊さん、本当に頑張ってくれたから……。
お医者さんが“2〜3日は安静”って言ってたみたいだし、ゆっくり休んでね?」
あたたかい笑顔が胸にしみた。
……だけど。
(3日間……森野さんの顔、見られないのか……)
そんなことが頭をよぎってしまった自分に、思わず苦笑するしかなかった。




