優しさの裏にひそむ、十六年の傷
──夢を見ていた。
光に満ちたステージ。
眩しい照明の中で、大好きな歌声が響いている。
歌っているのは……森野さん? それとも、カケルさん?
強すぎるライトに表情までは見えない。
でも私は、その声を聴きながら胸がじんわりと温かくなっていた。
どれくらい眠っていたのだろう。
(……いけない。電話の途中だった……!)
意識を引き戻そうと瞼を開けると、そこは病院のベッドの上だった。
「あれ……?」
ぼんやり呟いた瞬間、カーテンの影から店長の奥様が顔を出した。
「あ、気が付いた? 大丈夫?」
状況が理解できず見つめ返していると、店長の奥様が優しく説明してくれた。
「柊さん、お店で倒れたのよ。
森野君が電話を杉野さんに任せて、ここまで運んでくれたの。
ずっと “電話……電話……” ってうなされてたけど……もう平気?」
その言葉で、ようやく状況がつながった。
どうやら私は、お店の裏の総合病院に搬送されたらしい。
「熱、39℃以上あったのよ。無理しちゃダメじゃない」
「……そんなに?」
自覚がないほど、体が限界だったらしい。
点滴はすでに半分以上落ちていて、一時間は気を失っていたようだと思うと、情けなくて胸が締めつけられた。
その時。
「あ……気ぃついたんか?」
のんびりした店長の声がして、カーテンが開いた。
目にした瞬間、緊張の糸が切れて涙があふれだした。
「すみません……仕事中に……ご迷惑を……」
顔を両手で覆って泣く私の頬を、店長の奥様がそっと拭ってくれる。
「急性胃腸炎やて。
まぁ、ほんまによく頑張ってたからな」
店長は大きな手で、優しく私の頭を撫でた。
「でも……結局ご迷惑を……」
かすれる声で呟くと、店長は苦笑して言った。
「迷惑? 誰も迷惑やなんて思ってへんよ。
……まぁ、強いて言うならな?」
そこで店長はニヤリと笑った。
「柊ちゃんを“お姫様抱っこ”でここまで運んだ森野君が、ちょっとした被害者かもしれへんな?」
「え……森野さんが……?」
「せやで。“店長!! 俺の大事な柊が倒れました!!” ってなぁ」
「だ、だいじ……え……?」
心拍数が跳ね上がったその瞬間──
「誰が “俺の大事な” なんて言いました?」
地の底から這い出るような声が背後から聞こえた。
振り向くと、森野さんが立っていた。
※ものすごく無表情。
私の顔は一気に青くなった。
「あれ? 森野君、お店は?」
店長は相変わらずヘラヘラしている。
「店長に戻って欲しいと言われたので、代わりに呼んでこいと言われたんです。
……ったく、俺がいない隙に嘘八百並べないでください」
「嘘八百やないでぇ? あの慌てぶり、ほとんどそう言ってるようなもんやったけどなぁ?」
店長がおどけるように言うと、森野さんは視線をそらした。
そして、ぽつりと。
「俺は──
二度と、目の前で誰かの命が消えるのを見たくないだけです」
それを聞いて、店長は一瞬だけ目を細めた。
「……せやな。せやな。
まぁ、そう思ってた方が楽なんやろうな」
店長は森野さんの肩をぽん、と軽く叩いた。




