指輪が語る、消えない罪
「はぁ? 何言ってるの? 元はと言えば、チラシに載っている商品を置いてないあなた達が悪いんでしょう!」
そう言い捨てると、お客様は自分の子どもの手をぐいっと引いて帰ろうとした。
「おい!」
追いかけようとした森野さんの腕を、私は咄嗟につかんだ。
「もう……いいですから!」
必死に止めると、森野さんは悔しそうに息を飲む。
「……ほんま、ひどい客やったなぁ」
店長が深くため息をついた瞬間、空気が一瞬だけ静まり返った。
「ところで……なんで“休みの”森野君が店におるん?」
店長が意味ありげにニヤニヤしながら森野さんを見る。
「売り出し最終日なんで、気になって来ただけですよ」
森野さんは表情一つ変えずに言う。
「へぇ〜? 森野君、いつからそんな真面目さんになったん?」
店長が肩に腕を回してからかうと、
「俺はいつだって真面目です」
森野さんはうっとおしそうに店長の腕を振り払った。
その時だった。
ふと視界に入った森野さんの 左薬指の指輪 に、私は息を呑んだ。
使い込まれた銀色で、明らかに古い。
昨日今日のものではない。
心臓が、ドクン……と嫌な音を立てた。
「葬儀の帰りやろ? 喪服が汚れるから、今日はもう帰ったほうがええ」
店長の言葉に、私は反射的に森野さんを見た。
黒いスーツ、黒いネクタイ──
確かに“喪服そのまま”だ。
「早いなぁ……もう16年か」
店長がぽつりと言う。
森野さんは視線だけ向けて、何も言わない。
「なぁ……もうええんやないか?」
店長の声は、さっきまでとは違って優しかった。
「充分、苦しんできたんやから……そろそろ自分を解放したらどうや」
しかし森野さんは、表情一つ変えずに答えた。
「何年経とうが、俺の罪は一生消えない」
その言葉と同時に、踵を返して歩き出す。
「帰るんか?」
店長が気遣うように声をかけると、
「制服に着替えてきます」
とだけ言い残して、足早に階段を降りて行った。
店長はやれやれ、と肩をすくめて私を見る。
「まぁ、今年あいつが正常でおれたんは……柊ちゃんのおかげやな」
「え……?」
意味が分からず戸惑う私に、店長は続けた。
「今日な……森野君の高校時代の彼女の命日なんや」
胸が締め付けられる。
「詳しいことは言えへんけど……
彼女、森野君の目の前で交通事故で亡くなったらしいんや。
目撃者も多くて事故扱いになったんやけど……
森野君は“自分が助けられへんかったせい”やて、16年も自分を責め続けてるんや」
私は言葉を失った。
「なんで……そんな大切な話を私に……?」
「俺の勘やけどな。森野君を救えるんは、柊ちゃんのような気がして」
そう言って店長は笑った。
「亡くなった彼女も……自分を戒めるみたいに指輪はめて生きてるあいつ見たら、きっと悲しむで」
ぽつりと呟き、店長は私の頭を優しくぽんぽんと撫でた。
森野さんの過去──
その痛みを知ってしまい、胸がじんわりと痛む。
彼女を失ってからの16年。
誰も求めず、誰も受け入れず、ただ一人で生きてきたのだろう。
だからあの瞳は、誰も映していなかった。
これからもきっと──。
私は、以前屋上で見た“どこか遠くを見るような、でも何も映していない瞳”を思い出しながら、
届くはずのない自分の想いを
もう一度、静かに胸の奥で確認した。




