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知られざる努力と、届いてほしい笑顔

杉野チーフが鳴った内線を取った瞬間、声の色がぱっと変わった。


「えぇ!? 本当ですか? 分かりました! すぐ用意します!」


 弾む声で受話器を置くと、こちらを振り返って叫ぶ。


「森野君、すごい!!」


 勢いそのままにストック置き場へ駆け込み、『大きなキッチン』と書かれた女児玩具の段ボールを開ける。


 すると中には──

 ついさっき売り切れたばかりの“あの商品”。


「えっ……どうしてここに?」


 驚く私に、杉野チーフは満面の笑みで説明した。


「森野君が、仲卸さんに交渉してくれてたみたいなの!」


 うちの店は基本、メーカーとの直接取引だ。

 でも、昔からの付き合いで仲卸業者さんとも少しだけ取引がある。


 特に人気アニメや特撮ヒーローの“売れる玩具”を独占している某大手メーカーは、よく噂されている。


 ──売れる商品を卸す代わりに、売れ残りを抱き合わせで押しつけてくる。


 在庫を抱えられない仲卸は困る。

 そこで森野さんは、その“売れ残り玩具”を、ギリギリ赤字にならない価格で買い取っていたらしい。


 もちろん、ただ並べるだけではない。


 森野さんは必ず自分で商品を触り、


「どうすれば子どもが楽しめるか」

「どこを見せれば魅力が伝わるか」


 を考え、売れる形に変えてから売り場に出す。


 人気メーカーの商品でなくても、

 “楽しいもの”なら子どもは自然と手を伸ばす。

 手頃な価格なら、ママの財布にも優しい。


 ──そんな努力を森野さんは裏でずっと続けてきた。


 その証拠として、今日の“完売したはずの商品”がここにあるのだ。


「森野君には、本当に感謝だね」


 杉野チーフはしみじみと言いながら、店長と今後の対応を話し合い始めた。


 やがて10時。

 お店がオープンする。


 ……とはいえ、整理券を持つお客様がすぐ来るわけではない。


 そんな中、店長に連れられて数人のお客様が現れた。


「杉ちゃん、オープンに合わせて来てくださった方々やから、よろしく〜」


 ひらひらと手を振りながら去っていく店長。


 突然の案内に戸惑うお客様へ、杉野チーフは丁寧に頭を下げた。


「本日は、チラシ記載のとおりオープン時間にご来店いただき、ありがとうございます。

 お待たせいたしました」


 そう言って、売り切れているはずの商品を一人一人に手渡していく。


 驚いた表情のまま固まるお客様へ、チーフはふっと微笑んだ。


「キャンセルが出た分になります」


 その言葉を聞いた瞬間、お客様の顔がゆるむ。

 皆、嬉しそうに商品を抱え、笑顔で帰っていった。


 ──でも、私は知っている。


 こういう対応は、焼け石に水だということを。


 ルールを破って早朝から並び、目的の玩具を手に入れたとして──

 それを見ている子どもは何を思うのだろう。


 欲しい物のためなら何をしてもいい。

 そんな価値観を与えてしまわないだろうか。


 さらに、そのせいで近隣からクレームが来て、

 お店が存続できなくなる可能性だってある。

 そんな想像すらできない大人もいる。


 働き始めてから、常識とは思えない光景を何度も見てきた。


 けれど同時に、

 ルールもマナーもきちんと守るお客様がたくさんいることも分かっている。


 他所のお子さんが玩具の箱を破りそうになると、


「ダメよ、それは買う人が困るでしょ」


 と慌てて止めてくれるような人たちだ。


 そういう“きちんとしたお客様”ほど、売り切れていても決して文句を言わない。


「残念だけど……ほら、あれ買わないから、こっち二つ買えるよ?」


 泣く自分の子どもを優しく諭して帰っていく。


 一方で、欲しい物のためなら手段を選ばない人たちを見ると──正直、怖くなる。


(……私が親になったら、どっちのタイプになるんだろう?

 私は“良いお母さん”になれるのかな……)


 そんな不安が胸を締めつけた。


 “買いたいお客様”の数に対して、

 “売れる商品の数”は圧倒的に足りない。


 本当は、ルールを守って来てくれる方に買ってほしい。

 販売員はみんなそう思っている。


 でも──

 綺麗事だけでは通らない現実が、確かにこの売り場にはあった。


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