夜空に消えた歌声と、届かない問い
月明かりに照らされた森野さんの後ろ姿を、私はただ──
溢れる涙を拭いながら、黙って見つめることしかできなかった。
どれくらい、こうしていたのだろう。
森野さんの歌声は、ふっと消えていた。
今はただ、静かに夜空を見上げているだけ。
声をかけるタイミングを完全に失ってしまい、どうしようかと迷っていると──
「……あれ? いつの間に居たんだ?」
森野さんが振り返り、驚いた顔をした。
「い……今です」
咄嗟に嘘をついた。
きっと歌を聞かれたと知られたくないだろう──そう思って。
森野さんは、ほっとしたように肩を緩めた。
「……じゃあ、帰るか」
そう呟き、胸ポケットからセコムのカードキーを取り出して事務所を施錠する。
『ピーッ』
セコムが作動した音が夜気に響く。
「じゃあ、帰るか」
さっきと同じ言葉を短く繰り返し、森野さんは歩き出した。
私は、その少し前を歩く背中を見つめながら──
胸の内で小さく問いかけていた。
(やっぱり……カケルさんだったんですか?
それとも……偶然、声が似ているだけ?)
心臓がばくばくと跳ねる。
ほんの数歩なのに、森野さんとの距離がやけに遠い。
(もし森野さんがカケルさんだったら……私はどうするんだろう?)
失望する?
納得する?
それとも、ただの “空似” に胸を撫で下ろす?
──何も聞けない。
聞く勇気なんて、どこにもなかった。
私はただ、夜の道を歩く森野さんの背中を、黙って追いかけるだけだった。




