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夜空に溶けた、彼の悲しい歌声

黙々と作業を続けている私を心配したのか、杉野チーフが顔をのぞかせた。


「柊さん、大丈夫? そろそろ上がっていいよ?」


 私は大きな段ボールに潰した空箱を差し込みながら答える。


「あと、これを出したら帰ります。

 先に帰ってください」


「手伝おうか?」


 心配そうな声に、私は笑って首を振った。


「大丈夫です。あと二箱だけなんで」


 そう言って手を止めずに作業を続ける。


 どれぐらい時間が経っただろう。

 ふと時計を見ると、針はすでに夜十時を回っていた。


 ツリー売り場の商品は、小箱の中にこまごまと詰まっていて、思っていたより時間がかかっていたらしい。


 辺りを見回すと、広い売り場には私ひとり。

 あれほど騒がしかった店内が、嘘みたいに静まり返っていた。


 十分に補充された売り場を眺め、私は小さく拳を握る。


「よし……ばっちり……」


 空元気でも声に出さないと、急に押し寄せてきた心細さに負けそうだった。


 潰した段ボールをまとめた箱をズルズルと引きずり、ストック置き場へ向かう。

 一人きりだと思った瞬間、段ボールが妙に重く感じられた。


 その時。


「やっと終わったか?」


 ふいに箱が軽くなった。

 振り返ると、森野さんが無言で段ボールを持ち上げてくれていた。


「えっ……森野さん? なんでここに……?」


「“女の子をひとりにしたら危ないでしょう!”

 ……って、杉野チーフに言われたからな」


 杉野チーフの口調を真似て言うと、森野さんはにやりと笑った。


「すみません……」


 待たせてしまったと思うと胸が痛み、思わず謝る。


「はぁ? なんで謝るんだよ」


 森野さんは呆れたような顔をした。


「俺も明日のメーカーに流す発注書を書いてただけで、

 別に“お前を待ってただけ”ってわけじゃねぇし」


 そう言いながら、私の額に軽くデコピンをする。


「仕事終わったなら帰るぞ」


 ぶっきらぼうに言って、売り場の電気をぱちんと消し歩き出した。


 私は慌てて荷物を抱え、後を追う。


 本館にはもう誰もいない。

 森野さんは無言でセコムを作動させ、入口の鍵をかけた。


「じゃあ柊、着替えてこい」


「……はい。行ってきます」


 返事をして更衣室へ向かう。


 事務所の電気もすべて落ち、建物は静寂に包まれていた。

 着替えながら、ふと気付く。


(……今、この店舗には、私と森野さんの二人だけなんだ)


 別に何が起きるわけじゃない。

 それは分かっている。


 でも、どうしてか胸がドキドキしてしまう。


(戸締りのために残ってくれてるだけ……そう、それだけ)


 何度も自分に言い聞かせるように、首を振った。


 着替え終えて一階に戻ると、森野さんは外の喫煙所の椅子に座り、夜空を見上げていた。


「お待たせしまし――」


 そう声をかけようとした瞬間。

 微かな“音”が耳に届いた。


 最初は風の音かと思った。


 だけど、それは――


 ……歌声だった。


 呟くような、囁くような、小さく震える声。

 少し大人びてはいるけれど、どこかで聞いたことのある響き。


 昔、私の心を救ってくれた“あの歌声”に、ほんの少し似ている。


 でも違う。


 今、夜空に吸い込まれていくその歌声は――


 まるで 悲鳴 のようだった。


 誰かに届けたい歌じゃない。

 誰かのために歌っている声じゃない。


 ただ、胸の奥の痛みを押し流すように、

 夜空へと消えていく声。


 その切ない響きに気付いた瞬間――


 涙が、こぼれた。


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