ぶつかる想い、触れた本音
間一髪のところで森野さんが売台を支えてくれたおかげで、誰もケガをせずに済んだ。
杉野チーフと、お手伝いに来ていた先輩が売台を元の位置へ戻して固定した、その瞬間――。
「……馬鹿野郎! お前、何やってんだよ!」
怒号が売り場に突き刺さった。
「危うく怪我人を出すところだったんだぞ! やる気あるのかよ!」
鬼の形相で叱責され、胸がズキンと痛む。
「す、すみませんでした……」
俯いて頭を下げると、横から杉野チーフが慌てて口を挟んだ。
「森野君、怒りすぎだよ。柊さんも、今後は気をつけてね」
フォローしてくれたのに――
「大体、普段から杉野チーフが甘やかすから、こいつがつけ上がるんです! あなた、チーフの自覚ありますか?」
怒りの矛先がチーフへ向く。
「なっ……! 私だって考えてやってるよ!
それに、森野君は怒鳴ってばっかりじゃない! そんな態度じゃ柊さんが委縮しちゃうでしょ!」
「萎縮? こいつが? どこがだよ」
「ちょっと! その言い方やめなよ! 本当に冷たいんだから!」
険悪な空気が、セール前のピリピリした緊張をさらに押し広げていく。
二人の言い争いは、火花のようにエスカレートした。
私のせいで。
(お願い……もうやめて……)
胸が締め付けられて呼吸が浅くなる。
二人が私のために言い争う姿に耐えられなくなって――
「もう……やめてください!」
声が裏返るほど必死に叫んだ。
「全部、私が悪いんです。だから……二人とも、喧嘩しないでください……!」
一瞬で売り場が静まり返る。
杉野チーフも森野さんも、ハッとしたように口をつぐんだ。
「はいはい〜。三人とも、そこまで〜」
空気を断ち切るように、店長ののんびりした声が響いた。
柔らかいのに、逆らえない力のある声。
「もう、今日は三人とも帰りや。連日の残業続きで疲れてるから、些細なことで喧嘩になんねん」
穏やかな口調のまま、目だけは少し厳しい。
「……わかりました」
最初に返事をしたのは杉野チーフだった。
店長はふっと笑った。
「杉ちゃん、柊ちゃんも連れて帰ったってな〜」
そして森野さんにも。
「ほら、森野君も帰りや〜」
ぽんぽんと肩を叩く。
「でも、明日売り出しなのに……」
森野さんが食い下がろうとした瞬間――
「俺の言ってること、分からへんの?」
店長の笑顔がすっと消えた。
入社してから初めて見る、“怒った店長の顔”だった。
森野さんは数秒黙り、悔しそうに唇をかみしめてから、
「……わかりました」
とだけ言い、足早に売り場を去っていった。
階段を下る足音が、遠ざかっていく。
「ほら、ぼんやりしてないで、二人も帰りや〜」
店長はいつもの柔らかい笑みに戻り、私たちを促した。
バツの悪さを抱えたまま、杉野チーフと並んで階段へ向かって歩き出した、まさにその時――。
「柊ちゃん」
背後から、店長の穏やかな声が呼び止めた。
振り向くと、店長はさっきと同じ、のんびりとした笑顔のまま私を見つめていた。
「……森野君のこと、嫌わんといてな」
ぽつりと、それだけを言った。
「え……?」
意味が掴めず戸惑う私に、店長は説明もせず、ただ静かに微笑んだだけだった。
私はこの時、この言葉の本当の意味をまだ知らなかった。
“職場の空気を心配しての言葉”――
その程度にしか思っていなかった。
でも、この言葉の裏にある真実を知るのは……
もう少し先の話になる。




