バカ王子と有紀、会話する
もうこいつらのフォローなんかしてられるか!! という気持ちになった有紀は、逃げ出すことにした。
授業が終わった後に、好奇心丸出しの女子達の視線を完璧に無視して、フミに早退するからと言って、カバンを持って教室を後にする。あわてたので何か忘れ物がありそうだけど、有紀にとってはそれはもうどうでもいい。ズカズカと靴箱で靴を履き替え、正門をでてダッシュして少し学校から離れた所にある小さな公園に逃げ込んだ。
近くの小学校の子供達が遊んでいるのどかな光景を尻目に、ベンチに座ってやっと一息……つけるはずもない。
「女なんだからもう少し、上品に歩いたらどうだ?」
「なんでっ……付いてきてるのよっ……」
ダッシュしてひたすらマジ逃げてるのに、上品にちんたら走ってなんかいられない。ついてきてるのは分かっていたのに振り切れなかった、ムカつくことに王子様は息も切らしていない。
「お前に案内してもらわないと、道が分からないからに決まっているだろう」
「えーっとですね今朝はヴェールゼン様にたくしーというもので、つれてきていただきまして」
お付の人も勿論息なんか切らしてなくて、汗もかかず涼しげで爽やかだ。
私は息を整えること数十秒。大きく一つ深呼吸してみると、一気に叫んだ。
「もう、アンタなんか嫌いなんだからバカ王子!!」
数秒かかって、バカ王子は理解したのか眉を少し吊り上げる。
理解はしても納得はしてないみたいだ。
どこまでも偉そうに質問してきて、やっぱり有紀にはイラッとくる。
「馬鹿とはなんだ」
「アホってことよ」
「いや、そうじゃなく……なんで俺が馬鹿なんだ」
「こっちの都合もお構いなしに学校見学にきっちゃってさ」
その有紀の言葉に授業内容を思い出したのだろう。
「ああ、あれは見事にバカだったな」
王子は簡潔に、感想を述べた。
「どうせ、頭悪いですよーだ!!」
「そういう意味じゃない」
「?」
「それ以前の問題だ。お前授業を聞いていなかっただろう? 学べる機会を逃している奴は、馬鹿だということだ」
「だ、誰の所為だとっ!!」
授業を聞きたくても、この目の前の人物達の所為で身が入らなかったのに! と、有紀は言い返す。
「アンタだって、曲がりなりにも王子様家業ほっぽって、こっちに観光しに来てるくせに」
「…………それを言われると耳が痛いな、しかしお前より義務は果たしている」
あっさり認めた、けど。
やっぱり嫌味な王子に有紀のイライラは頂点に達した。
「とにかく嫌い!! 嫌いだからついて来ないでよ、私の中でアンタはこれ以上ないって言うぐらい最悪なんだからっ!!」
「俺は別にお前の事を嫌っていない、だからは問題ない」
「はぁ?」
「俺の気持ちにお前の意志が関係があるのか?」
(やっぱりコイツ頭……おかしい!!)
普通これほど毛嫌いされてというか、文句言われて嫌ってないっていうのは普通ではありえない感覚だ。いや王子様だから普通じゃない考えなのかもしれないけど。自分の言葉なんて、このバカ王子には届いてないみたいでくやしくて有紀はカバンをぎゅっと握り締める。これ以上コイツと話してると今にも殴りかかりそうだ。
でもそれは小さな子供が言葉が喋れなくて、癇癪を起こすのと一緒で、どうみても有紀のほうが悪い。何かこのバカにガツンといわないと……と思ってもいい言葉が思いつかない。
そんな有紀をみて、王子はさらに追い討ちをかけるように言った。
「お前の率直さは感嘆に値するぞ」
「………………どうも褒められてる気がしないんだけど?」
相変わらずの上から目線で高圧的な態度なので何を思って言ってるのか、バカ王子の言葉が理解できなくて、有紀は頭の中でじっくり考えた。
「それって、遠まわしにバカって言ってない?」
「なんでそこで捻くれるんだ」
「理解不能だし」
「俺が王子なのは分かってるな」
「いきなり話が飛んだ! ごまかす気?」
「人の話は最後まで聞けと習わなかったのか? だから、俺に率直に話す人間なんて貴重で、お前の素直さはびっくりするぐらい感心するって言ってるんだ」
いちいち文句を言わないとこの王子は喋れないのか。というか感嘆の意味ぐらい知ってますけど。イチイチ言い直した王子にやっぱりバカにされている気がする。けど、王子の顔を見ると、結構マジな顔だった。
よく考えると、王子なんて身分でこうバカとか、素直に本音を言い合える友達とか居なかったのかも。
ここは日本でお付の人もこのいい人そうな人一人しか居ないから、有紀も超テキトーな扱いが出来るけど、もし場所がお城とかのアウェーで王子と会っちゃったら、少しは違ったのかもしれない。この王子の態度は一人っ子が甘やかされて我侭って言うのと一緒なのかも、環境は人を造るって言うし。そう考えると有紀は余裕が出てくる。
素直なのがいいといわれたら、何言ったって怒られないだろうし。事実、今まで有紀がビシバシ本音駄々漏れでも、対する王子は嫌味っぽい言い方とか呆れてはいても怒ってなかった気がする。
「ん、何を黙ってるんだ?」
「王子様って孤独なんだね、でもこの人も居るでしょ?」
有紀はそう言って、お付の人を指差した。突然指を指されてびくっとなる青年は、すぐに困ったような笑顔になった。
「いえ、私などは」
「アエジスがお前のように私に意見できる器に見えるか?」
「あー」
(絶対見えない)
即答できる。だって、この短い間でも王子に振り回されっぱなしだし。けど流石に本人を目の前にして言えなかったのに、有紀の考えていることが凄く分かるのか、お付の人は益々困ったような顔になった。さっきは汗一つかかなさそうな爽やかさだったのに、今は汗かきそう。
有紀がお付の人が気になって何か言おうとすると、いきなりの泣き声が公園内に響く。
「なに?」
反射的に有紀は声のしたほうに振り返ると、そこには砂場で遊んでいる男の子が泣いていた。よく見てみると、近くでサッカー遊びをしていた子供のボールが、折角作った砂山を壊していたようだ。男の子は泣き止まないので、公園内に泣き声が嫌に響く。
「………………ちょっと、待ってなさいよ」
何時までたっても泣き止まないその子が、有紀は少し気になって、王子に一声かけると、砂場に向かう。
「どうしたの?」
「お山……こわれ……トンネ」
「あー。トンネル作りたかったのか」
小さいときのことを思い出した。よく有紀も優美をつき合わせて砂の山を作って、トンネル作ってお互いの手をつないだり向こう側を覗き込んだり、水を流し込んで川を作ったりしていた。
山はサッカーボールが当たったせいでぐにゃりと崩れてへこんでいる。またこれから山を作り直すのもいいけれど……。
「よしっ! 地下シェルターを作ろう!」
「?」
「ほらーこう、上はどんな事故が起こるかわからないじゃない! だから地下にトンネル掘ればいいんだよ」
小さい頃はおっとりした妹の優美は絶好のからかい対象で、よくいじめられて泣いていた。もちろん有紀はやられたらやり返すのでやられっぱなしじゃなかったけれど、おとなしい優美は有紀と違って優しすぎたから、やりかえすなんて考えなかったと今では分かる。
よく砂山なんか崩されたり、おもちゃを壊されたり、取られたり。そのたびに泣く優美を慰めるため壊れされた砂山でいかに楽しむか、と色々小さいながらもない知恵をしぼったものだ。だって、有紀も一緒に泣いてたって何もならない。というか、有紀はただ単に一度作ったものを壊されたら、また作る気がしなかったというのもあるけれど。
幼い頃の記憶がすごくデジャブりながら、張り切って有紀が穴を掘り始めると。小さい子って本当に単純だ、すぐ泣きやんで穴を掘るのに熱中してる。懐かしい思い出に浸りかけた時、不意に王子に声をかけられた。何故かそれもデジャブる。そんなにノスタルジックな人間だったっけ。と有紀は我に返るのに一瞬掛かった。
「地下シェルターとはなんだ?」
「え、地下シェルターも知らないの?」
「俺の国には無い言葉だな、なんとなく意味は分かるが」
「あ、そうか」
今までのお返しとばかりに、有紀は突っ込んでみるが。そういえば、この王子様は魔法なんてファンタジーなものがある異世界から来たんだったと、思い出した。地下シェルターというものをあやふやな言葉で説明していると、王子がシャツを腕まくりし始めたので有紀はぎくりとする。
「ちょっと、アンタも砂遊びする気?」
「ああ」
洗濯当番は自分だったことを思い出し、有紀は自分の分は良いとしても、洗濯大変になるじゃないと思ったのだが。「ああ」と答える王子の表情が、年相応の普通の笑顔で……それを見て、それ以上の文句を言うのはかろうじてやめた。
その光景をほほえましく……だけではない複雑な表情でお付の青年が見ているとは思わずに。