最低最悪な王子様(仮)
「ふぁぁぁ」
有紀は机に突っ伏して、休み時間は本気で寝る事にした。
あのバカ王子の所為で、いつもよりかなり早い時間に起きてしまったのだ、緊張が解けた今とにかく眠かった。っていうか、どれだけの間、バカ王子と一緒にねてたんだろう? という疑問もあるが深くは考えない事にする。
そんな睡眠を取り戻す作業をしていた有紀は、教室が騒がしい事に気がついた。
(もー睡眠ぐらい、とらせてよー!)
その騒ぎは一過性のものだと思って、耐える。が、一向にうるささは収まらない、それどころか酷くなっている気がする。
「んぁ? どうしたの、ふみ」
「あれ、寝てたんじゃないの?」
あまりのうるささに、顔を上げると前の席に座ってる友達、史が少し不思議そうにそういった。
「うるさくて眠れない」
「あ、そういえばそうね。でもねてるのかと思った」
あんたのぶっとい神経なら……と、史の口は語らずとも顔は語っている。
「えーっと、何でこんなにうるさいの?」
「え、何でもイケメンが正門に居るらしくて、女子が見に行ってるみたい」
「へー史は見に行った?」
「いや、私は外人興味ないし。しょうゆ顔が好み」
「しょうゆ顔ってまた古っ!! ……って外人なんだー不審者?」
「さぁ? 金髪碧眼の王子様みたいな人と、茶髪の外人さんみたいよ」
「へー……ぇぇぇぇぇぇっつ!?」
ワンテンポ遅れてから、頭にその情報が回るとその色と特徴を持った二人組みにはかなり覚えがあったので有紀は驚く。
「なにおどろいてんの? もしかしてかなり興味あった?」
「ちょ、ちょっと見てくるっ!!」
人違い? そんな外人なんてこの世には一杯居るし。たぶん。
とは思っても一応は大事になる前に見に行った方が良いと有紀は思う。もしや、家を追い出された恨みで殴りこみに来たのかもしれない。あのお付の……あれなんて言ったかな、シャンプーの名前に似ていたような感じの名前の人……はともかくあのバカ王子ならやりそうな気がする。
ズカズカと、何だか女子率が増えていく正門への道を有紀は辿ると、そこには英語教師に尋問されかかっていた、予想通りの人物達が立っていた。
「ユーキ様!!」
「遅い!!」
助けを求めるような優しげな青年と、不機嫌そうな王子の声が重なる。二人は普通の服というか、どこかで見たと思えば有紀の父親の服を着ていた。服というものは同じものでも着る人間でこうも違うのか、と有紀はちょっと感心する。ワゴン処分品二枚で980円が何ということでしょう……。などと某テレビのナレーション&音楽が幻聴で聞こえてきそうだった。
「あぁ、良かった。関原さんのお知り合いだったのね」
「あーえーっとまぁ、知っているといえば知っているような?」
「申し訳ありませんユーキ様」
この物騒な昨今、学校の正門で怪しい外人が居て通報されなかったのは幸いだ。
バカ王子だけなら、不審者ですので通報してくださいといっていたかもしれないが、この優しげな青年ごと通報するのはかわいそうなので、あきらめて一応知り合いだという事を英語教師に言ってしまった。でも、この状況をどうやって言い訳したらいいのか。本当の事を言う事なんてできないし今朝の出来事が大きすぎて、丸く収まるような言い訳が思いつかない。
お付の人に、頼られるような目線で見つめられてるけど! 私には無理! 無理だからっ……そう内心有紀はあせっていると、背後から聞きなれた声が聞こえてきた。
「えーっと、この人たちは親戚で、日本の学校を見学したかったみたいなんです、すみません、先生っ!!」
「ゆ、優美?」
いつの間に後ろに? という疑問を口にする前に、英語の先生はどうやらこの嘘くさい嘘に納得したようだった。
「そうだったの? だったら担任の先生に相談して、正式な手続きをすればよかったのに」
「申し訳ありません、ミス。少しでも早く日本の学校というものを見てみたかったものですから、また後日改めて正式な手続きを取らせていただきます」
お付きの人が機転を利かせたのか丁寧に会釈して、微笑んだ。その柔らかい物腰と動作が意外とキマッていてカッコイイ。流石異世界人でも王子のお付という職業。
先生がそっちに釘付けになっている間に、有紀は優実に小声で尋ねる。
『あー助かったよ、私じゃ言い訳思いつかなかったから……でもいきなりどうしたの優美』
『言い訳は前読んだ小説を参考にしてみたの……本当はねお姉ちゃんより先に近くに来てたんだけど、ここにくるのに勇気でなくて』
『勇気?』
どんな小説読んでたのよ! というツッコミよりも有紀はハッとして、背後を振り返ろうとして――そしてやめた。
正門には視線が集中していた。
(そうだった、イケメンに皆の注目が集中してるんだった!!)
いたたまれない。有紀が優美の顔をよく見ると真っ赤にしている。おとなしい優美にはこんなに注目されるなんてすごく勇気がいっただろう。
しかし、バカ王子はまったく気にした様子はない、腐っても王子様ということか、無数の射るような注目視線を浴びても、堂々としている。でも顔は不機嫌そうだ。こっちの方が不機嫌になりたい! そういいたいのをぐっと堪える。ここで今朝のような態度をとったら凄い騒ぎになりかねない。
有紀が心の中でそんな葛藤をしているうちに、いつの間にやらヤバイ事になっていた。
「では、見学を許可していただけるのですか」
「ええ、学年主任の方には私から説明させていただきますから」
「ご協力感謝いたします……ミス」
「高山でけっこうですわ」
バカ王子のお付……侮れない。この短時間に先生を篭絡して、学校見学の約束まで取り付けてるって言うか、追い返すつもりだったはずの有紀は内心酷くあせった。
何が悪かったのだろう。
授業中、有紀は教室の自分の席に座って理不尽だと呪っていた。前後左右、そして特に背後から二人の注目を浴びてそれを無視するように教科書を食い入るように見つめるが、内容は頭に入ってこない。
前後左右からの視線は「イケメンとどうゆう関係なんだ」という女子のそわそわした視線。背後からの視線は教室の後ろを授業参観のように陣取っている、バカ王子とお付きからだった。
あの後、英語の先生の説得と、お付の人のどう見ても人畜無害な第一印象のおかげで、二人は校内を授業を邪魔しない範囲での見学が許された。あとは勝手にしてくれると思ったのに、何をとちくるったのか、バカ王子は有紀の授業を見たいと言う事で、反対するまもなく有紀のクラスにやって来た。優美のクラスに行けばいいのにと押し付けようかと少し思ったが、そんなかわいそうな事できそうにもない。
「で、ここの問題を関原、やってもらえるか」
「ふぇ! あ、はいっ!!」
外界からの視線をシャットダウンしていたため、授業も勿論聞いてない。隣の席の山口君がこそりと「84ページの三問目」と教えてくれた。恥ずかしくて微妙に引きつった笑顔で『ありがと』と小さく有紀はお礼を言う。
(もう、何もこんな時に先生もあてなくったっていいじゃない!)
黒板に向かって、問題を解いていく……が、あまり授業を聞いていなかった有紀に解けるはずもなく、有紀は先生に向かって「分かりません」と降参した。いや、別にたいして珍しい事じゃないし特に恥ずかしくない事だけれど、視界の端に写るバカ王子が蔑むような目で見ているのを感じて有紀は頭に血が上る。
「あー身内が来て緊張してんのか?」
「すみませんっ」
クスクスと、教室中に笑いが広がる。
(なんで、なんで私がこんなさらし者にならなきゃいけないのよ!!)
ますます、バカ王子の事が嫌いになる有紀だった。