19 雨音に溶けていく
「ね、もうすぐ終わっちゃうからさ、思いっきり暴れようよ」
彩芽は気障な笑みを浮かべながら、楽しそうに言った。
そうか。
あと6ヶ月しか残されていないんだ。
何もできていないという焦りと、空っぽな感情が胸に広がる。
「暴れるって、何するの?」
「雨の中で大声で歌ったり、鬼ごっこしたり…!」
彩芽は興奮気味に、次々とアイデアを口にする。
「いいよ」
彩芽が楽しんでくれそうだったから。
もしかしたら、という期待もあったから。
ただ、無邪気に遊べたら、それだけでよかった。
「じゃあ今日は歌って、次は鬼ごっこね」
そう言って笑いながら、彩芽は東屋の外へ飛び出した。
雨粒が全身に打ちつける中、彩芽は笑顔で歌い始める。
俺も立ち上がり、彩芽の前に走り出す。
囁くように微笑みながら、彩芽の好きな懐かしい歌を口ずさむ。
別れを歌った切ないメロディ。
掠れた声が雨音にかき消され、彩芽の歌声は次第に力強くなっていく。
雨音と歌声の競演。
澄み渡る彩芽の声と激しい雨音が公園全体を包み込む。
まるで、世界がその音に染まっていくようだった。
彩芽は空に向かって両手を広げ、この瞬間を全力で楽しむように歌う。
歌詞の一言一言が彼女の心から溢れ出し、雨粒に乗って空へ舞い上がる。
サビに差し掛かると、彩芽は目を閉じて感情を込めて歌い上げた。
その歌声は美しく、俺の心に深く響いた。
最後の音を長く響かせてから、彩芽は満足げに口を閉じる。
余韻が耳に残り、拍手すら忘れてしまうほどだった。
「次は、蓮の番だよ」
無邪気に笑う彩芽。
俺は彩芽みたいに歌が上手くない。
それでも、歌いたいと思えた。
「じゃあ、歌うよ」
選んだのは昔二人でよく聴いたあの曲。
小学生の頃、彩芽が教えてくれた優しくて切ないメロディ。
童謡のような素朴で簡単な歌。
でも、完全な希望を描かないその歌が、当時の俺の心に深く刺さった。
最初の音を発した瞬間、彩芽は目を輝かせて俺を見つめた。
「懐かしいね、それ」
雨はまだ激しく降っていたが、俺の声はその中を突き抜けていくようだった。
彩芽はそっと口ずさみながら、俺の隣に立っていた。
歌いながら、記憶が次々と蘇る。
胸の奥から熱いものが込み上げてくる。
歌い終えると、彩芽は静かに温かく拍手をしてくれた。
彩芽は、俺の沈んだ気持ちを感じ取っていたのかもしれない。
だからこそ、自分から提案して、楽しい気持ちにさせようとしてくれたのかもしれない。
いや、それは思い上がりかもしれない。
でも、どちらでもいい。
ただ、この楽しい感情に浸っていたかった。




