という夢を見た。
暗闇と目が合った。
と言うと、それを聞いた人間は君は何を言っているんだ?とバカにしただろうか。私も激しくそれに同意しよう。
誰もが一度はあるのではなかろうか。自分は今、何をバカなことを言ったのか?ということが。
いやしかし、冷静になって考えてみれば暗闇を覗き込むと目が合ったなんて、鼠とか野良猫とかだ。此処は室内だし、マンションの5階だし、ペットも買っていない自分の部屋だから、野良猫はないな。鼠かな。
いや、でも、マンションの中へ侵入してくる鼠なんて人生で一度も見たことがない。家の中に侵入してくるものなんて精々虫ぐらいだ。虫と目が合うなんてことはない。
じゃあやっぱり鼠か、とも思うけど、こいつは一体どうやって侵入してきたんだ。下水道か?それとも換気扇とか?ゴ◯ならともかく鼠は大家さんに相談したほうがいいだろうか。
でも、まずはそんなことよりも、目の前の鼠(仮)をどう追い出すか考えなければ。
あまりの衝撃に長思考して混乱していた頭は、箸から落としたイワシの煮付けが服に染みて来た事により、ハッとそれから意識が逸れる。
しまった。
すぐに手洗いしなければシミになってしまう。
そんな事を思ったのは一瞬で、視界の端を黒いものが動き慌ててそれを目で追った。
服なんてどうでも良い。嘘だ。割と新品でどうでもいいことはないが、鼠が見えない所へ逃げ込んで居座るほうが問題だ。
「……えッ゛?!」
まっ──まっくろくろすけだ。
目を戻した先には、あの有名なまっくろくろすけがいた。
え。いや、まって。鼠は何処へ行った。鼠──そういえば、鼠と決まったわけじゃなかった。
嘘だろ。じゃあなにか、私はさっきこれと目が合ったのか。この、ツルツルとした、丸いフォルムの黒いファンタジーと。
でも、まっくろくろすけはもっとこう、埃みたいにフワフワと漂っているものだった気がする。こんな重量感ありそうなマットな質感ではない。まっくろくろすけじゃない。誰だ君は。
しかも、なんか、ずっとこちらを目を丸めて凝視している。心なしか、私と同じように驚いている気がする。
泥棒も、家主と目があったら同じような反応をするのだろうか。
ところで、この生物が手?に持っているソレは、私が先日落として何処かに消えたコアラのマーチに見える。何処にあったのだろう。別にそれを泥棒と咎めるような心の狭い真似はしないが、お前、ソレを食べるのか?コアラのマーチを?
「あー、えっと」
ずっと見つめ合っているわけにもいかない。
この状況を何とか打開しなければ、と無意識に出た声は、かの生物を相当驚かせてしまったようで、手の平よりも小さな生物は小さく飛び跳ねると、コアラのマーチを床へ落とした。
なんか、ごめん。
ブルブルと振動しているさまを見て、なんだかとてつもない罪悪感にかられた。私がコミュ症だったばっかりに、このまっくろ君を怯えさせてしまったようだ。
でも、どちらかと言うと、未知の生物に怯えるべきは私では?
未知の生物にどのようなアクションを起こせばいいかわからず固まる私。見つめ合い続けること数秒か数分か、まっくろ君は視線を逸らさないままコアラのマーチを拾って、一歩踏み出すと、私に差し出すように腕を伸ばしてまたそれを置き、3歩ほど下がった。
いらない。
そんな、これを差し出すから見逃してくださいみたいにされても、数日前に失ってホコリを被ったお菓子はいらない。そもそも、私のものだった菓子なのだけど。
「あの…もういいから、その…お帰りいただいても……?」
そろそろね、煮汁が染みた服を洗いに行きたいんだ。
「って感じの夢を見たんだけど、何なんだろう」
「予想はしてたけど夢オチかよ」
現実にあったかのように話を進めるな、と友は言った。
そんなこと言ったって、だって
──本当だと言っても、誰も、信じないだろ?
ちなみに、服のシミは綺麗に取れた。