第3章 「少女達が見た夏の夢」
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
異変が起きたのは、その日の夜。
日記を書き終えた私がベッドに横たわり、穏やかな眠りに就いた時だったの。
『えっ…?』
最初に感じたのは、正座に組まれた足から来る痺れと、鼻腔を刺激する線香の臭いだったの。
奇妙な事に、自分の意志で身体を動かす事は出来なかった。
『ここ、何処?』
仕方がないので左右に視線を動かしてみると、そこは先程までの子供部屋ではなくて、何処かのお寺の本堂だったんだ。
喪服や喪章を身に付けた人達が、ズラリと並んで正座しているのを見るに、誰かの御葬式が行われているみたい。
『何なの、この服…?』
気付けば私の装いもチェックの夏用パジャマではなく、女児用の黒いフォーマルスタイルになっていたんだ。
この白い丸襟が覗くアンサンブルを私は着た覚えがないし、参列者にしても見知った大人は1人もいなかったの。
それに何より、普段の私は髪をツインテールに結っているのに、今は肩にかかるかどうかの長さまでしか髪がないんだ。
御河童か、ボブカットと言えば良いのかな?
光の加減なのか地毛なのかは分からないけど、髪の色も焦げ茶っぽいし…
ハッキリしているのは、今の私は「吹田千里ではない別な誰か」になって、知らない人の御葬式に参列しているって事だけ。
『知らない…あのお爺さん、誰?』
祭壇を見ても、見知らぬお爺さんの遺影が飾られているだけで、全くピンと来なかったんだ。
翌朝に目が覚めて、あの御葬式が単なる夢だと分かった瞬間には、心の底からホッとしたよ。
奇妙な夢に首を傾げながらも、私は朝食を済ませ、待ち合わせ場所の近所の駄菓子屋へ向かったんだ。
昨日の帰り道に結んだ取り決めでは、この駄菓子屋でアイスの大食い対決をする事になっていたからね。
「お早う、乃紀ちゃん!早かったね!」
そうして自販機に背を預けている人待ち顔の少女を認め、私は手を振りながら駆け寄ったんだ。
「ねえ…!聞いてよ、千里ちゃん…昨日は私、変な夢を見ちゃったんだ。」
ところが乃紀ちゃんは私の姿を認めると、深刻そうな顔を近づけてきて、こんな事を開口一番に切り出してきたんだ。
「乃紀ちゃん…もしかして、御葬式の夢じゃなかった?」
「えっ、嘘…なんで知ってるの、千里ちゃん?!」
驚いた乃紀ちゃんが語る昨夜の夢は、私が見たのと全く同じ内容だったの。
唯一違う所があるとしたら、夢の中の乃紀ちゃんは黒い和服を着た大人の女性になっていた位かな。
2人が同じ夢を見るなんて、絶対に何かある。
私と乃紀ちゃんは、昨日一緒にいた明花ちゃんにも話を聞く事に決めたんだ。
「ゴメン…その夢、きっと私のせいだと思うの…」
私達に昨夜の夢の話を切り出された明花ちゃんは、左右に頭を振りながら申し訳なさそうに呟いたの。
話を聞いてみると、卵炒飯を作るのに塩が足りないからって、明花ちゃんは御葬式で貰ったお清めの塩を使っちゃったらしいの。
案の定と言うべきか、明花ちゃんも御葬式の夢を見たんだって。
式の雰囲気から、それは明花ちゃんも実際に参列したという、母方の大叔父さんの御葬式だったらしい。
葬儀会社の人が記録として撮影してくれたという集合写真を見せて貰うと、祭壇に飾られている大叔父さんの遺影は、私が夢で見たお爺さんその人だったの。
オマケに参列時の明花ちゃんが着ていた喪服は、夢の中の私が着ていたのと同じアンサンブルだったんだ。
白い襟元にあしらった濃紺のリボンタイ、忘れもしないよ。
どうやら私は夢の中で、御葬式に参列中の明花ちゃんになっていたんだね。
傑作だったのは、明花ちゃんは夢の中だと黒スーツのオジサンになっていたんだけど、それはどう考えても明花ちゃんのお父さんだったって事。
そうなってくると、乃紀ちゃんは夢の中で、明花ちゃんのお母さんとして参列していたって事になるんだね。
どうやら御葬式の厄を落とす為の塩を食べた事で、私達は参列者の視点を追体験してしまったんだ。
「御葬式の塩を料理に使うなんて、もうコリゴリだよ…」
苦笑いを浮かべる明花ちゃんには、良い薬になった事だろうね。
と言う訳で、お昼ご飯に食べた卵炒飯がキッカケで、私達3人は夏休みにピッタリな不思議体験をする事が出来たんだ。
明花ちゃんの大叔父さんの御葬式を夢に見たのは、後にも先にも1回こっきりだし、祟りらしき物も起きていない。
食べたのが厄除けの塩だったから、この程度の怪異で済んだんだね。
御骨や遺灰を間違って口にしていたら、どうなっていた事か…
こんな事を日記に書いても、きっと先生達は信じてくれないんだろうなぁ…