王都へ来た少女
魔王城を出発してからずいぶんと時間がかかってしまったが、ようやく王都に到着した。
「ミーナは賢者さんのところに泊めてもらってね。本当は大神殿に連れ帰りたかったんだけど、許可が下りなかったのよねぇ」
聖女が残念そうに言う。
「俺も騎士団の寮が仮住まいなもんだから泊めてやれねぇんだよなぁ」
勇者がミーナの頭をなでた。
2人と別れて馬車は私の自宅へと向かう。
立派な屋敷が並ぶ貴族街。その中でもわりと小規模な屋敷の前で馬車は停まった。
「あの、もしかして貴族なのですか?」
ミーナがこちらを見てたずねてくる。
「ああ。侯爵家の三男坊だが、今は自立している。ここは私以外には使用人が数名いるだけだから、何も気にせずに気楽に過ごしてかまわない」
出迎えてくれた使用人達に紹介されて恐縮するミーナ。
恰幅のいいメイド頭がミーナを客室に案内する。
あらかじめ連絡しておいたので、ある程度の着替えは用意してあったが、こまかいものなどいろいろ買い足さねばならないだろう。
「旦那様もお疲れでしょうから、ミーナ様のことはどうぞ私にお任せくださいませ」
女性ならではのこともあるだろうから、その言葉に甘えてメイド頭に任せることにした。
夕食はミーナと2人きり。
旅の途中の食事は聖女や勇者がよくしゃべるのでいつもにぎやかだったが、2人きりなど初めてなので、どうしていいかとまどってしまう。
そんなとまどいの中でミーナの所作を見ていてふと気づく。
「もしかして食事のマナーを魔王城で習ったのか?」
「はい。時々ですが魔王様と一緒に食事をすることがあって、その際にいろいろと教わりました」
「そうか。とてもきれいな所作なので感心した」
「あ、ありがとうございます」
褒められたミーナは照れていた。
就寝前、メイド頭とともにミーナの部屋を訪れる。
ミーナはすでに入浴を済ませて寝巻きに着替えていた。メイド頭が言うには『入浴くらい自分でできる』と抵抗していたそうだが、使用人の女性陣が総出動し、根負けしてされるがままになっていたそうだ。
「ミーナ、寝る前に申し訳ないんだが、足首につけた拘束の術具を見せてくれないか」
「どうかしたんですか?」
小首をかしげるミーナ。
「我々が離れられる距離を今までよりも伸ばす。私も王都では仕事や用事があって出かける機会も多くなる。常に君を連れ歩くわけにもいかないからな」
距離は大幅に広げるが、その代わりに所在把握の術式を追加する。本人には言わないが。
「わかりました」
うなずいてベッドの脇に腰掛け、拘束の術具をつけた左足を無防備に私に差し出すミーナ。
女性はみだりに足を見せてはいけないということを彼女は知らないのだろう。
相手はまだ子供だ。そう、まだ何も知らない子供。
そう思うことで奇妙な胸騒ぎをなんとか押さえつけて術式を書き換える。
「終わったぞ」
細い足からそっと手を離した。
「さぁ、疲れただろうからもう寝るといい。それから明日は出かけるから一緒に来るように」
「わかりました。おやすみなさい」
「おやすみ。よい夢を」
軽くミーナの頭をなでてから自室へ戻った。