旅支度をする少女
夕食を終えるとミーナが私のところへやってきた。
「あの、この術具ってどのくらいまで離れることができるんですか?」
「どこか行きたいのか?」
「魔王城を離れるのなら、自分の部屋へ行って着替えとか必要なものを持ってこようと思うんですけど」
私は立ち上がった。
「よし、では一緒に行こう」
長い廊下を進みながらミーナに問いかける。
「ここではどう暮らしていたんだ?」
「主な仕事は魔王様の身の回りのお世話でした。あとは調理場のお手伝いですね」
「仕事は大変だったのか?」
「やることがたくさんあってとっても忙しかったですけど、みんな優しかったです。空き時間には勉強を教えてもらったりもしてました」
横を歩くミーナの表情が少し柔らかくなる。
別棟の寮らしき建物に到着する。
3階の階段近くにあるドアをミーナが鍵を使って開ける。
「私は廊下で待とう。ドアは開けっ放しにしておけ」
廊下からチラッと見える部屋を観察する。シンプルな部屋だが、机の上には一輪挿しに薄いピンクの花が飾られている。
「お待たせしました」
しばらく待っていると少し大きめな鞄を持った少女が廊下に出てくる。
「私が持とう」
少女から革の鞄を受け取り、腰の収納バッグにしまう。
「え?」
いきなり消えた鞄に目を丸くする少女。
「こいつは見た目よりもはるかに入るんだ。魔界にはないのか?」
「いえ、あるとは聞いてましたけど、実際に見るは初めてです」
「そうか」
再び長い廊下を2人で歩く。
「また怖いことを思い出させるようで申し訳ないが、人間界にいた時のことで何か覚えていることはないか?」
「私は小さかったので覚えていないのですが、魔王様が言うには10年ほど前に北の辺境の村で半分死にかけた状態のところを拾ってきたと聞いています。その村は魔王様の怒りに触れて今はもう廃墟になっているそうですが」
「…そうか」
10年前にそんな事件などあっただろうか?王都に戻ってから調べてみるか。
しばらく歩いて謁見の間に戻ってきた。
「すまないが今夜は我々とこの謁見の間で寝てくれ」
「はい」
少女に予備の寝袋を渡すと私は外へ出た。
収納バッグから通信の術具を取り出して呼びかける。
「おい、聞こえてるか?」
『おや、賢者様じゃない。ちゃんと聞こえてるよ。魔王は討伐できた~?』
あいかわらず気の抜ける声だ。
「すまん、転移魔法で逃げられた」
『おやおや、それは残念だったね』
そう言いつつも残念そうな感じがかけらもない声が聞こえてくる。
「まぁ、しかたがない。これからいったん王都に戻るが、魔王城で人間の少女を保護した。勇者パーティのサポート役として雇ったのでその娘も連れ帰る」
『はぁ?!』
「10年くらい前に北の辺境で消滅してしまった村がないか調べてほしい。少女はそこで魔王に拾われたそうだ」
『わかった。調べとくけど、そんな子を連れてきて大丈夫?』
ようやくこちらの異常を察したのか、少し真剣な声になっている。
「今は拘束の術具をつけてあるから問題はない」
『そっか、わかった。気をつけて戻ってきてね~』
「ああ、それじゃ切るぞ」
さて、これで何か手がかりがつかめるといいのだが。