雇われた少女
「なんで人間界が怖いんだ?」
勇者が問いかける。
「小さい頃のことなのでよく覚えていないんですけど、痛いとか苦しいとか…とにかく怖いことしか思い浮かばないんです」
ミーナが震えていることに気づき、聖女がそっと肩を抱く。
「きっと何か嫌なことがあったのね」
だが、このままこの少女を置いていくわけにもいくまい。考えは浮かんだのだが、どう話すべきかで迷っていると聖女がミーナに問いかけた。
「ねぇ、貴女は料理とかできるかしら?」
「はい」
ミーナがうなずく。
「だったら私達に雇われてみない?ここにいたって魔王がいつ戻ってくるかわからないんでしょ?私達はいったん王都に戻ってから、再び魔王がいるところを目指すことになると思うの。私達といれば不用意に近寄ってくる人間も避けられるはずよ。雇用期間は貴女が魔王と再会するまで、衣食住は保障するし、魔王との再会を果たした後は貴女次第ってことでかまわないわ」
考えていたことを全部聖女に言われてしまっていた。
「…いいんですか?私は皆さんの敵ですよ」
勇者がミーナの前にしゃがんで目線を合わせる。
「俺達はお前を敵とは思っちゃいねぇ。お前ごときにやられるほど俺達はやわじゃねぇしな。それより俺はお前がそんな若さで死にたいとかぬかしやがるのが許せねぇんだよ!俺達が魔王に絶対会わせてやるからついてこい!」
ミーナは勇者の剣幕に驚いていたが、少し考えた後にうなずいた。
「わかりました」
私は腰につけた収納バッグから術具を取り出して聖女に渡す。
「これをその娘の足首につけてくれるか」
聖女がミーナの左の足首に取り付け、手足を縛っていた縄を解く。
「大変申し訳ないがそれは拘束の術具だ。私から一定の距離を超えて離れることは出来ない。今後は我々についてきてもらおう」
「はい」
ミーナは覚悟を決めたようだった。
拘束の術具により我々から離れられないだけでなく、危害を加えることもできない。他にも機能はあるのだが、それは話さないでおくことにした。
「今夜はここで泊まって明日出発する」
私はここにいる全員にそう宣言した。
「さっそくだけど、何か料理は作れるかしら?ちょっとお腹空いちゃったんだけど」
聖女がミーナに問いかける。
「できますけど、調理場へ行ってもいいですか?」
「ええ、それなら私も一緒に行くわ」
聖女とミーナが出て行った。
「妙なことになっちまったなぁ。魔王討伐に失敗した上に女の子を拾っちまうとかさ」
勇者がつぶやく。
「だが、ああでもしなければあの娘は死を選んでいただろう」
「そうだな、あれは本気の目だった」
私だけでなく勇者も同様に感じていたようだ。
「あのおびえようからすると虐待を受けていた可能性もある。親元に戻せるとは限らないが、身元を調べる必要があるだろうな。王宮に報告する際にあわせて伝えておこう」
「何これ!どれもすごく美味しいわ」
聖女が感嘆の声を上げれば、勇者も笑顔でほおばる。
「行きはろくなもん食ってなかったけど、こりゃ帰りの楽しみが出来たな」
確かにどの料理も美味いので、私も感じたままを言葉にする。
「きっと腕がいいんだろうな」
「魔王城の調理場の皆さんがいろいろ教えてくれたおかげです」
そうつぶやくミーナの顔は少し赤くなっていた。