残された少女
設定ゆるふわです。
「なんだ、賢者はこんなところにいたのかよ。悪いがちょっと困ったことが起きてるんで来てくれねぇか?」
勇者に声をかけられ、私は魔王の執務室と思われる部屋の本棚へ伸ばした手を止めた。
勇者パーティは王都から魔王討伐の旅に出て魔王城に到達したのだが、大規模な転移魔法が展開されて魔王をはじめとする魔族達に逃げられてしまっていた。そのため魔王の姿すら確認することができなかった。
もぬけの殻となった魔王城を調べたところ、ここ以外にも複数の拠点が存在することが判明し、そのうちのどこかへ転移したらしい。転移で使用された魔法陣は発動後に破壊されるようになっていたようで、もはや追跡は不可能だった。
勇者についていくと、がらんとした謁見の間には手足を縛られて拘束されたメイド服姿の少女が床に座らされていた。見た感じでは十代半ばかもう少し若い感じだろうか。
「ああ、待ってたのよ、賢者さん」
少女の傍らに立つ聖女が私に声をかけてきた。
「その娘はどうしたんだ?」
「どうやら転移の際に取り残されたみたいね」
無表情な少女がこちらを見ている。
「人間のように見えるんだが?」
「ええ、間違いなく人間よ」
私は少女に近付く。
「君の名前は?」
「ミーナと呼ばれていました」
無表情に答える少女。
「君はどうしてこんなところにいたんだ?」
「この城で働いていました」
「無理やり連れてこられたのか?」
首を横に振るミーナ。
「魔王様はまだ小さかった頃の私を助けてくれたんです。でも帰るところもないので、ここで働かせてもらっていました」
「では、なぜ君は転移せずに残った?」
ミーナは悲しそうな顔になった。
「魔王様の構築した魔法陣は、魔力を持つ者のみを転移させると聞いています。でも私は魔力がないから『もし転移が必要な状況になったら魔王様のところまですぐ来るように』って言われていたのに…間に合わなかったんです」
少女の目から涙がこぼれ落ちた。
私がどうすべきかしばらく考えていると、勇者がミーナに声をかける。
「それでさ、お前はこれからどうしたい?」
拘束されて涙を拭えないミーナは、真っ直ぐに我々を見据えた。
「私は人間ですけど、皆さんが魔王様の敵であるというのなら私にとっても敵です。魔王様のところへ戻れないのなら、どうかここで死なせてください。殺してくださいとまでは言いません。皆さんが去ったら自分で何とかしますから」
勇者パーティの面々は予想外の言葉に顔を見合わせる。
しばらく考えた末に私はミーナに話しかけた。
「今回の魔王討伐は失敗したので我々はいったん撤収する。だが魔王の居所が判明したら再び旅に出ることになるだろう。だから君も我々と一緒に来ないか?目的は違えど君も再び魔王に会えるかもしれない」
納得がいかない表情のミーナ。
「でも、皆さんは魔王様を倒しに行くんでしょう?」
「まぁそうだが、まんまと逃げられているので、劣勢なのは我々の方かもしれないがな」
少女のために討伐に関してはあいまいにした方がいいだろうと思い、あえてそう話す。勇者パーティの面々もそこは察してくれたようで余計な口は挟まずにいてくれている。
「撤収ってことは、皆さんは人間界へ戻るんですよね?」
「ああ、そうだが」
再び首を横に振るミーナ。
「私、人間界は怖いから行きたくないです」