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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その悪名伝~  作者: 星見だいふく
幕間~ベナトリアにて~
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王の執着 前編


ベナトリアでは、当時の王と王太子が、実の親子で斬り合った。

長年に渡る愛憎の確執は根深く、もはや解けることのないもつれた糸となって――切り落とすしかない関係となっていた。


マリアはそれに巻き込まれ、成り行きで王太子の味方をすることになった。

そのことに後悔はないのだが、大きな気がかりはあった。


それは、ベナトリア王太子――いまは王となった、フリードリヒのこと。




「申し訳ありません、遅くなりました」


修道士シモンが、クリスティアンを連れてマリアとララのいる部屋に戻ってきた。

クリスティアンはマリアを見て抱きつき、マリアも、我が子が自分のそばに来てくれたことにホッとしていた。


「ありがとうございました、シモン様。陛下は……シモン様が不興を買うようなことになっていなければいいのですが」

「私のことなど、どうぞお気になさらず。それに、母親が我が子を求める気持ちを踏みにじるようなことは、さすがの陛下もできぬはず」


シモンは、聖堂騎士団に所属する修道士だ――教皇庁が認め、戦うことを許された修道士である。

ベナトリアを通ってセイランへ向かうまで、マリアの護衛を務めていた。エンジェリクへの帰路を護衛する役割も担っており、ベナトリアでマリアのことを待っていてくれたのだが……。


「ベナトリアの王都に着いた途端、ベナトリア王に監禁されちまうとはねぇ」


あーあ、とララが椅子に座ったままうなだれる。

クリスティアンは眉を八の字に寄せ、憐れむような視線を向けつつ……こんこんとお説教を始めた。


「だから言ったではありませんか。やたらめったら魅力を振りまいてはいけませんって。面倒くさい男ばっかり惹きつけてるんですから、もっと自重してください」


ぷうっと、マリアも子どもっぽく頬を膨らませて拗ねる。


「だって。放っておけないじゃない。フリードリヒ様にはお世話になったし、個人としては良い人だし――面倒くさい男ではあったけれど」


マリアはいま、ベナトリア城にて軟禁されていた。

軟禁と言っても、城から出られないことを除けば、国賓級のもてなしは受けていた。軟禁されているこの部屋も、マリアのための配慮は行き届いており、なかなか豪華な内装だ。


従者のララはフリードリヒ王お気に入りでもあったため、マリアのそばに侍ることを許されていた。というか、王はララのことも囲いたがっていた。修道士シモンも王からの信頼が厚いため、比較的自由に出入りが許されている。おかげで、クリスティアンをマリアのもとに連れてくることができた。

けれど、それ以外は……。


「厄介な男に惚れられて、気の毒なことだ」


聞こえてきた声に、一同が振り返る。

王らしい装いだが、ごてごて着飾るのは趣味ではないらしい――軽装だが、重厚さと威厳を感じさせる姿で、フリードリヒ王は部屋の出入り口に立っていた。

話をどこまで聞いていたのは分からないが、気分を害した様子もなく、笑顔でマリアたちを見る。


「お前の息子と顔を合わせるのは、これで二度目か。クラベル商会を訪ねて行っても、父親と共にいつもどこかへ出かけているので、なかなか会えなかったな」


そう言って、クリスティアンの頭をぽんぽんと撫でる。

ベナトリアの王都にも、クラベル商会ベナトリア支店がある。伯爵は……従者のノアに懇願され、フリードリヒ王との対面を避けていた。無類の美人好きな王に口説かれるので、ノアは彼のことが非常に苦手だった。


「ごきげんよう、フリードリヒ様。まだ日も明るい内から私のもとを訪ねてきてくださるだなんて。本日は、何の御用でしょう」

「用がなければおまえに会いに来てはいけないのか?つれないやつだ」


ちくりと嫌味も込めて言えば、王は笑いながら答える。マリアの嫌味に気づいてはいるだろうが、あっさりと流された。


「商人を呼んだ。おまえに色々と買い与えたいのでな」


ついて来るように言われ、フリードリヒ王と共に部屋を出る。

部屋を出て、商人のいる別の部屋へ――王が呼び寄せた商人を見て、マリアはため息をついた。


「陛下。悪趣味ですわ」


王が城に呼んだ商人とは、ホールデン伯爵のことだった。

たしかに、マリアに買い与えるのなら、エンジェリクの商会のほうが都合がいいとは思う。ホールデン伯爵は商人としては一流だし、理に適った人選ではあるが……。

マリアを捕えてまで、その寵愛で囲い込もうとしている王が彼を呼び寄せた。あまり、愉快な気分にはなれない。


「自覚はある。許せ。少しばかり意地の悪い思いがあるのは事実だが……それ以上に。こうでもしないと、その男が俺と会おうとしないのでな」


意味ありげにノアに視線をやりながら、王が言った。

ポーカーフェイスだから表情は変わらなかったが、ノアはすごく嫌そうなオーラを発している。間に挟まれてしまった伯爵も、さすがに苦笑いを浮かべている。


マリアも、伯爵も、複雑な心境ではあったが、互いにそれは顔に出さず、平時と変わらぬ態度で接する。伯爵は商人に徹し、マリアも彼を特別扱いすることは控えた。

それでも、マリアと伯爵の親密な雰囲気を隠しきることはできなかったと思う。

フリードリヒ王も、マリアと伯爵の関係は気付いているだろうに。やっぱり悪趣味だ。


「やはり、クラベル商会の会長というだけはある。見立ての腕は一流だな……気に入った。すべて買う」


マリアのために伯爵が選ぶドレスや宝石を見ていた王は、上機嫌でそう言った。

要りません、とマリアは拒否したが、王にあえなく却下されてしまった。


「美しいものを美しく着飾らせるのは、俺は好きだぞ。特にこの耳飾りが良い」


マリアに近づき、王が手を伸ばしてマリアの耳元に触れる。


「マリア。今夜はその耳飾りを着けておけ」


伯爵の前でわざわざそんな宣言をしていくなんて。悪趣味以外の何者でもない。




夜、マリアは王に言われた通りに買い与えられた耳飾りを着け、王の訪れを待っていた。

軟禁されている部屋とは別に、マリア専用の豪華な寝室が与えられている。クリスティアンやララも、さすがにこの部屋には入れない。マリア一人で、王が訪ねてくるのを待って……。


人の気配を感じ、マリアは腰かけていたベッドから立ち上がった。

予想通りに、夜着に着替えたフリードリヒ王が部屋に入ってきた。王は、脇に箱を抱え――中を開け、マリアに見えるよう取り出した。


「これは……母のネックレスだ。その耳飾りに合うと思った――俺の見立ても、なかなかのものだ」


マリアの背に回り、ネックレスを自らマリアの首につける。ブルーサファイアのネックレス――耳飾りと同じ色。ずっしりとした重さが、このネックレスの価値をマリアに伝えた。


「ギーゼラが母のものを横取りすることに、父は無関心だった。これだけは、絶対に奪わせなかった」


ギーゼラとは、かつてベナトリアの城に勤めていた侍女で、先のベナトリア王……フリードリヒ王の父王の愛妾でもあった。

王妃亡き後、城で女主人のように振舞い、厚顔にも王妃のものをねだっていたとか。


フリードリヒ王は、その首をへし折ってやりたいと思うほど、彼女を激しく嫌っていた。


「母はエンジェリクより、このベナトリアに嫁いできた。やはりこのネックレスは、エンジェリクの血を引く女にこそふさわしい」


いくらなんでもこれは受け取れないが……一晩、王を満足させるために身に着けるぐらいは……。

ネックレスをつけた首筋に王が顔を埋めてくるのを抵抗することなく、マリアは彼のされるがまま、従順に振舞っていた。




リュートの音が聞こえる。音色は途切れがちで、演奏というよりは、弦をかすかに弾いているだけ。

マリアは目を開け、音のするほうを見上げた。


「……すまぬ。起こしたか?少し触ってみるだけのつもりだったが……癖というのは恐ろしいものだな。つい、手が勝手に」


マリアが目を覚ましたことに気付き、リュートを持ったまま王が言った。


マリアは、静かに微笑んだ。

ベナトリアに戻ってきてから、王がリュートを演奏している姿を見ていなかった。王となってから多忙で、ゆっくり演奏している暇もなかったのだろう。

音楽を奏でることで、記憶を掘り起こしたくなかったのかもしれない。親しい人たちに、弾いて聞かせていた、あの頃のことを。


マリアは身体を起こし、王が手にするリュートに触れる。リュートを手渡され、思いついた曲を弾いた。

……しかし、リュートは、たしなみの一つとして覚えただけ。最近は楽器に触ることすらしていなかったし……指の動きが、どうにもぎこちない。マリアが心配した通り、指は弦を弾きそこね、何とも間の抜けた音が出てしまった。

音程を外れてしまったのは一音だけだが、だからこそ、その滑稽さがより強調されてしまって。


ベッドの上で頬杖をついて聴いていた王も、堪らず吹き出していた。


「下手くそ」

「返す言葉もございません」


マリアも苦笑いした。

王は改めて起き上がり、マリアからリュートを受け取る。


フリードリヒ王の演奏は相変わらず見事で……でも、彼も最近は稽古をさぼっていたようだ。その腕前が優れているだけに、さぼりの結果が如実に表れていた。


「フリードリヒ様も、私を笑えませんわ」


そうは言っても、やはり美しい音色に聞き入ってしまって。マリアはそれきり、黙って王の演奏を聴いていた。演奏が終わっても、何も言わず、ただ王をじっと見つめる。


「王の演奏を、ただ聞きするのは許さんぞ」


かたわらにあるサイドテーブルにリュートを置き、王はマリアに覆いかぶさって来た。




「母上。いつまでベナトリアに滞在するのですか?まさかこのまま、エンジェリクに帰らないなんてことは」


ベナトリア城で何度目かの朝を迎え、ついにはクリスティアンも心配そうに、そう尋ねて来る。マリアは苦笑いで、息子の頭を撫でた。


「まさか。エンジェリクへは必ず帰るわ。ただ……フリードリヒ王の執着をどうかわすべきか――方法が思いつかなくて」


下手に逃げれば、王の執着を強めてしまう。それが必ず良くない結果を生み出すことを、マリアはいやというほど思い知ってきた。


相手は、友好国の王。マリアの行動次第で、エンジェリクが窮地に陥る可能性がある。

……フリードリヒ王のことは嫌いではないので、容赦ない態度を貫くことができないのも事実だ。


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