性悪女
山賊のアジトにある自分の部屋にマリアを座らせ、チャールズはまた出かける準備をしていた。
何が違っているのかは分からないけれど、装備を変えて……こっちのほうが、本格的っぽい。
「戻っていらしたのに、またすぐお出かけですか?」
「おまえたちを送るのと、食糧調達に行っていただけだからな。俺はもともと、別の目的があってここに来てたんだよ」
今日は、チャールズが食糧調達の番に当たっていたらしい。集団生活も大変だな、とマリアはのんきなことを考えていた。
出て行こうとするチャールズを、じっと見つめる。このまま追いかけていきたいが、チャールズから苦笑いで止められた。
「戻って来るからここにいろ。どうせ俺の目的はまだまだ時間のかかることで、しばらくはここを拠点にするしかないんだし。おまえの従者のほうはともかく、おまえは危なっかしくて連れて行けない。馬のいないおまえじゃ、どう考えても足手まといだ」
「むう。そんなにはっきりおっしゃらなくても」
マリアは膨れっ面になって拗ねるが、ノアまで彼の言葉に頷くのだから。まったく。
彼が出て行ったあと、マリアは部屋の中を調べることにした。チャールズの情報を得るためというより、手持無沙汰だし、チャールズのくせに何だか上から目線で自分にお説教してきたのが気に食わなくて、ちょっとした嫌がらせも兼ねて。
ノアは呆れたようにため息をつき、ゴソゴソ嗅ぎ回るマリアに、聞き分けのない幼子を見るような目を向けてきた。
マリアは構わず部屋の中を漁り、衣装箱のようなものを見つけた。着替えが数着……どれもセイラン風の衣装で、みんなボロボロだ……。
チャールズの服は、マリアが記憶しているものよりずっとサイズが大きくなっている。
昔、まだチャールズがエンジェリクにいた頃。マリアは男物の服をよく着ていたから、チャールズがうっかり間違えてしまったことがあって……あの時も、マリアのほうが少し小さい服だった。
いまはもっと差がついたから、チャールズも間違えたりしないだろう……。
部屋の中をウロウロするマリアについてウロウロしていたマサパンが、部屋の出入り口に向かって振り返り、フリフリとしていた尻尾をぴたりと止める。
ノアも警戒して、さりげなく腰に提げた剣に手を伸ばしている。
部屋に、男たちが複数……一人だけ女が混ざっている。リーダー気取りで……周りの男たちよりも明らかに若いのに、一番えらそう。
「ふーん。あんたが、チャールズの恋人ねぇ……エンジェリクだっけ?遠いところから、わざわざこんなところまで追いかけてきて、ご苦労なこったね」
女はじろじろと不躾にマリアを見てくる。品定めをするように――チャールズも隅に置けないわね。マリアは心の中で思った。
女が男たちを見やり、傲慢な態度のまま指示を出す。下卑た笑みを浮かべ、男たちが武器を取り出した。何をする気か、なんて問い詰める必要もない状況。マサパンがマリアの前に立ちはだかり、威嚇していた。
剣を持っている男は、ノアが積極的に片付けていた。刃がついた武器は、マサパンが相手にするには分が悪すぎるから……それでも、この状況はかなりまずいな、とマリアですら感じていた。
男たちは七人。ノアが負けるとは思っていない。七対一でも勝てる――だろう、普段なら。
乱戦には適さない、この狭い場所ではノアが圧倒的に不利だ。なにせ、最大の懸念であるマリアが身を隠す場所がない。マリアをかばいながら戦って、しかも相手を殺すことができない。
この襲撃は彼らの勝手な行動だろうが、だからといって容赦なく返り討ちにしてしまったら、山賊たちを全員敵に回すことになってしまう。彼らのアジトの中で、一味を完全に敵にしてしまったら、いくらノアでも生き残るのは絶望的だ。
ノアに不利な条件ばかりで……打開策はないか、マリアは必死で考える。
「何をちんたらしてんだ、この愚図!男一人……犬一匹にやられて情けないやつらだね!」
しびれを切らしたように、えらそうに振舞っている女が足元に転がる剣を手に取った。ノアにやられた男が手放したものだ。
女はマリアに向かって剣を振り下ろし、マサパンが突進を食らわせて女を押し倒す。そのまま剣に噛みつき、剣ごと女を引きずり回す……若い女は華奢なほうで、大型犬のマサパンには敵わないようだった。
「くそ犬がぁっ!あんたたちもさっさと助けろ!ほんっと、使えない奴らめ!」
自分を阻む犬に、そんな犬から自分を救出した男に、彼女は悪態を吐きまくりだ。そいつを先にやれ、とマサパンを指さして女が怒鳴る。
武器を持った相手から集中攻撃を受けるのはまずい――マリアの嫌な予感は的中した。
鈍器を手にした男の攻撃を、マサパンはもろに受けてしまった。後ろ足を強打され、痛々しい鳴き声を上げる。痛みで怯んだマサパンのわき腹を容赦なく蹴り上げ……巨体が吹っ飛び、マサパンは床に倒れ込んだ。
「やめて!お願い、大人しくするわ!ちゃんとあなたたちの言うことを聞くから、この子や彼にこれ以上攻撃しないで!」
剣を持つ男が近寄るのを見て、マリアは急いで駆け寄り、かばうようにマサパンに覆いかぶさる。ノアがマリアに振り返り、剣を持つ手を止めて――彼が焦っているのは分かったが、明らかに弱っているマサパンを前に、それでも戦い続けてくれとは言えなかった。
立ち上がろうともがくが、殴られた後ろ足が痛くてヨロヨロとしている――それでも、マサパンはマリアを守ろうとしてくれていて……。
「良い判断だ。おい、こいつにも武器を捨てるように言いな!」
女はニヤニヤと笑い、マリアに向かって命令する。マリアはノアをすがるように見た。
ノアは、静かに武器を捨てた。
武器を捨てたノアに、男たちが殴り掛かる。何発か食らっていたが、ノアはポーカーフェイスのまま動じなかった。
「止めな!そいつはあたしのもんだって、最初に言っただろ!顔を傷付けるんじゃないよ!」
女が怒鳴り、顔は傷つけてねえだろ、と男たちが慌てて言い訳をする。
女はズカズカとマリアに近づき、マリアの腕を無理やり引っ張って立ち上がらせ……思い切り、顔を引っ叩いてきた。
ずりずりと後ろ足を引きずりながらマサパンが地面に倒れ込むマリアに近づき、女に向かって唸る。そんなマサパンの顔も、女は蹴飛ばした。
「あとは好きにしな。それと、その犬はさっさと殺しておけ!今晩のメシにしてやる!」
男たちが手を伸ばし、マリアを引きずり倒す。マサパンがそれを追いかけようとしたが、マリアが制止した。
「マサパン、大丈夫だから大人しくしていて」
女は、ノアに近寄った。
「ほら、あんたも行くよ。お姫様が犯されるところを見たいって言うなら、止めないけど?」
ノアが、マリアに視線をやる。目の前の女を殺す許可を求めている――いまなら容易だ。
マリアは首を振った。
「ノア様。お願いだから、彼女と一緒に行って」
この女をいまここで八つ裂きにしてしまったら、ノアが報復を受けてしまう。まだチャンスがあるのに、そんなリスクの多い選択をしたくない。
――自分が少し我慢すれば済むことなのだから。
気に入らない奴を思う存分痛めつけ、新しい奴隷を手に入れて。女は上機嫌だった。
彼女のそばには、比較的容姿の整った男たちが侍っている。無理やり彼女の手下にされたのか、それとも彼女の寵愛を受けようと自らすり寄っているのかは分からないが、彼らは山賊にしては線が細く、弱々しい印象を受ける連中だった。
どうやら、自分のこともそんなコレクションに加えるつもりらしい――ノアは変わることのない表情の下で、そんなことを考えていた。
「ほら、新入り。何してるんだい。あたしの盃に、さっさと酒を注ぎな。あたしに気に入られれば、色々と良い思いをさせてやるよ。あんな女じゃ与えられないようなものも、たくさんね――」
下品な態度で、女はノアにすり寄る。
もはや体質と化した自分のポーカーフェイスに、ノアは初めて感謝した。それがなければ、自分はいま、露骨に不愉快な気分が顔に出ていただろう。
女のもとに、男たちが戻ってきた。マリアを一緒に襲いに行ったやつら――彼らもひどく上機嫌で、それを見て、女は嬉しそうに声をかける。
「なんだ。もう終わったのかい?やっぱり、お上品なお姫様じゃ、あんたたちの相手もまともに務められないようだねぇ」
ニタニタと下卑た笑みを浮かべる女に、男たちもニヤニヤと近づき……突然、彼女を殴り飛ばした。
「なにを……やめ――やめてぇっ!」
殴られて倒れ込む女を取り囲み、彼女にのしかかった男がさらに殴りつける。
女は悲鳴を上げ、懇願した。
「へへ、良い声で鳴くじゃねえか。こりゃ思った以上に楽しめそうだぜ」
「あ、あんたたち、何言って……あたしにこんなことして、許されると思ってんの!?兄貴に言いつけて――ひっ!」
もう一発殴られ、女は悟った。
いままでの権威が通じない。目の前の男たちは、自分を本気で……奴隷たちに視線をやり、助けて、と叫んだ。
「おいおい。助けてやらねえのかよ。おまえらも、こいつには散々世話になったくせによぉ」
恩知らずな奴らだぜ、と男たちが笑い、彼女の奴隷たちは後ずさり、気まずそうに互いに視線をやって、やがて逃げて行った――新参者のノアを除いて全員。
その光景に、男たちはさらに大笑いだ。
「いやあっ!やめてよ、お願いだから!」
「ぎゃーぎゃーうるさい女ね」
聞こえてきた声に、女は息を呑む。
声の主をきょろきょろ探し回り、彼らの背後に立つ女を見つけて驚愕に目を見開く。冷ややかに女を見下すその姿は、まるで彼らの主のよう。
「いままでこうやって、目障りな女を痛めつけてきたんでしょう。自分の番が来たぐらいで、みっともなく騒ぐんじゃないわよ。たかが男に犯されるぐらいで大袈裟な」
信じられないものを見るように、女の顔が恐怖で凍り付く。
自分がやろうとしたことを、そっくりそのまま――平然とやり返してくるとは、微塵も考えなかったらしい。お上品なお姫様が、そんな野蛮で下劣な手を使ってくるだなんて、有り得ないと思い込んでいた……。
「何をしてやがる」
頭領の声に、男たちがぎくりとなった。
騒ぎが大きくなり過ぎた。奴隷たちも逃げ出したし、自然と彼の耳にもこの騒ぎが届いたのだろう。
男たちの拘束が緩み、女は頭領に――自分の兄に一目散に駆け寄った。
「兄貴!こいつら全員ぶっ殺して!」
「アオマ……てめーら、これはどういうことだ」
じろりと厳しい視線を向けられて、男たちは怯む。
媚びるような笑みを浮かべ……それでも、彼らは口を開いた。
「アオマに頼まれたんだよ。へへ……。ほら、頭領だって気付いてただろ?こいつが、自分には全然なびかねえチャールズが、昔の女連れて戻ってきて、ヤキモキしてたのさ……」
しどろもどろになりながらも、男たちは説明を続ける。
「それで……ちょっとか弱い女のふりをして、あいつの気を引きたいって言われてさ……目立つ程度に傷つけて、チャールズの同情を買おうっていう作戦だったのさ。先に頭領に見つかって気まずいからって、俺たちに罪を擦り付けるのはひでーぜ」
ふざけるな、と女は怒鳴るが、頭領の顔にははっきりと迷いが出ていた。
男たちの言い分にも、納得できるものがある――頭ごなしに否定できないぐらいには、頭領も自分の妹の愚かさを認知しているようだった。
「おい、どうしたんだ。こんなところに大勢で集まって、何をしてるんだ?」
そこへ、チャールズが戻ってきた。
兄の後ろに隠れていた女はすぐにチャールズに駆け寄って、彼の腕にしなだれかかった。
「チャールズ!あいつらひどいんだよ!見てよ、あたしのこの姿……全部あいつらにやられたんだ!」
チャールズは困惑し、自分の腕にくっつく女に戸惑っている。
――本当、馬鹿な女。
マリアは彼女の愚かさを嘲笑い、踵を返した。もうこの茶番に付き合う必要もない。マリアのことなど、もうあいつらは忘れてしまっているだろう。部屋に戻るマリアに、ノアは素早く付き従った。
チャールズに媚びるのに夢中になって、彼女は気付かなかったに違いない。
男たちが密かに安堵し、ほらね、と言わんばかりに頭領を見たことを。
頭領が、呆れたようにため息をついていたことを。愚かな妹には付き合いきれない。そんな内心が、顔に出ていた。
すぐさまチャールズに飛びついたことで、彼女は自分で証明してしまったのだ――男たちの言い分が正しかったと。




