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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その悪名伝~  作者: 星見だいふく
第三部03 チャールズ
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生き残り (2)


「それで……チャールズ様がこの玉璽を手に入れられた経緯をうかがっても?」

「話すのは構わないんだが。順を追って説明することになるから、かなり長い話になるぞ」


エンジェリクを逃げ出したものの、結局自分がどこへ行けばいいのか分からないまま、チャールズは途方に暮れていた。

自分を逃がすために協力していたセイラン人が故郷へ戻ると言うので、なんとなくそれにくっついていくことになって……華煉のセイラン人も、別にそれを咎めたりすることなくチャールズを連れて行った。

そうしてなし崩しでチャールズは華煉に居候することになったのだが、華煉もセイランも、外国人のチャールズが思わず心配してしまうほど大混乱な状態だったらしい。


「華煉は、すでに先々代の皇帝からにらまれて、かなり力を削ぎ落されていたんだ」

「先々代。ということは、いまの皇帝グーラン陛下の、祖父の時代ですね」

「そう。先代皇帝、フーディエ夫人、シオン太師等の父親だ。華煉は、皇帝にとって目障りな存在となってた――なにせ玉璽まで所有してるんだ。それまでが力を持ち過ぎた。ついに先々代も、たまりかねて組織の弱体化を図ってきた。それに反発する人間ももちろんいたし――皇帝の一強化は、貴族諸侯にとっても好ましいことばかりじゃないからな。そんなこんなで、華煉を潰したい人間と、華煉を支援したい人間でぐちゃぐちゃで」


マリアは、朱の商人のことを思い出した。

その昔、エンジェリクに現れ、偉大なリチャード王を堕落させたセイラン人。その者は華煉の人間だったが、組織を裏切って単独で勝手な真似をしていたと言う。

もしかしたら、商人も組織の先行きに不安を感じて、だから離脱したのかも……。


「そして五年前、先代皇帝が倒れた。そこからの混乱はさらにひどかった。華煉を抑え込んでいた最大の人物が不在となったことで、一部の貴族諸侯が暴走し出した。華煉は基本的に、金さえ払えばどんな依頼でも引き受ける。組織のほうで、依頼について判断することがない。だから……宮廷内で、暗殺が横行しまくった」


例えばリーという男が、ロンという男の暗殺を華煉に依頼する。

依頼を受けた組織の人間がロンを殺したが、今度はロンの息子が、復讐のためにリー家の暗殺を依頼。リー家は一人残らず殺されて……嫁に出ていたリーの娘が、ロン家への報復を依頼し……。


「それは、とんでもない泥沼ですね……」

「復讐の連鎖で、宮廷は破綻寸前。華煉はある種、滅私奉公ではあったんだ。金さえ払えば等しく、どんな仕事でもきっちりやり遂げる。良くも悪くもそこに私情を挟むことはなくて。だがここまで国を混乱させておいて、それでもまだ、考えることを禁じて仕事をこなす華煉のやり方が俺には受け入れられなくて……他にも色々思うことがあって、まあ……自惚れた言い方をすれば、五年前に俺が組織を解散させた」


決まりが悪そうに、チャールズが話す。ちょっと照れているというか、そんな大層な言い方をするのが恥ずかしいというか。

マリアもララもノアも、何も言わず、表情も変えず彼をじっと見ていたのだが、ひとりで勝手に焦って勝手に言い訳を始めた。


「べ、別に、俺の力で成し遂げたと言いたいわけじゃない。華煉のやり方に不満を持っていた人間は、意外と多くて……俺は新参者の外国人だったから、声を上げるのが早かっただけだ。それで人が集まり始めて――なんでか、一番最初に言い出したのは俺だからと、リーダーみたいな立ち位置に」

「そうしどろもどろにならず、胸を張っていらっしゃれば良いではありませんか。最初の一人になるのも勇気がいることですから、恥じる必要はありませんよ」


苦笑いでマリアがフォローすれば、チャールズはホッとしたように、そうか、と呟く。


「なんとなく状況は把握できました。つまり、チャールズ様こそが華煉を解散させた張本人だから、華煉が持っていた玉璽も、チャールズ様が管理することになったと」

「そういうことだ。利用するつもりはないんだが、ものがものだけに処分方法も思いつかなくて。かと言って、あいつらの手に渡るのは絶対に嫌だ」


それは、やはりそうだろう。マリアでも絶対に嫌だ。


「処分となれば……炉に入れて、溶かしてしまうのが手っ取り早いでしょうか」


ノアが考えながら言った。


「一応、俺も、やり方は考えてみたんだが……追いかけ回されてる身だからな。思いついても、今度は行動に移すのも一苦労で」

「だよな。特におまえの見た目は、セイランじゃ目立ちまくりだし」


壁にもたれかかり、気楽な様子でララが口を挟む。

黒髪黒目が基本のセイラン人の国で、チャールズの容姿は目立つに決まっている。人里にも、気楽に出歩けるような見た目ではない。

玉璽を巾着袋にしまい直しながら、マリアは不穏な気配が背筋を蠢いているのを感じた。

……華煉の話をしていたら、嫌でも思い出してしまう。思い出さないように蓋をして閉じ込める努力をしておかないといけないなんて、なんて忌々しい……。


「チャールズ様は、純精阿片というものをご存知ですか?」


チャールズに巾着袋を返しながら、マリアが尋ねる。チャールズはきょとんとして、少し首を傾げた。


「純精……?華薬のことか?たしか、阿片の一種だったはず。そういう呼び方もあるんだな」

「やっぱりご存知でしたの」

「華煉どころか、外部にまで知られてるような代物だ。だが……どう作られている薬なのかは俺にはさっぱり。俺に限った話ではなく、華煉でもごく一部の人間しか知らなかったはずだ。作り方や材料は、直接生成に携わる人間にしか情報を与えていなかった。徹底して隠匿されていて……俺たちが反乱を起こした時、解散を避けられないと感じたのか、奴ら、そういった人間を真っ先に始末しに行った。だから、もう知っている人間が生きているかどうか」

「生き残りは、本当に誰もいないのですか?」

「探せばいるかもしれない。材料も設備も人員も、華煉の組織力があって揃っていたと聞く。一人や二人生き残っていたぐらいでは薬作りはできないだろう」

「なら……もう、新しいものが作られる可能性は、限りなく低いのですね」


心の中で、マリアは密かに安堵した。

もうあの薬が、新たに出回ることはない――いまも市井には、かつて華煉が作った薬が出回っていて、その存在が消え去ったわけじゃないけれど。

二度と自分の前に現れなければ……少しぐらいは気楽でいられるはず……。


「マリア様も、もうお休みを。あなたも休息を取ってください」


ノアに言われ、マリアは素直に頷いた。

マリアが何を考えているのか、ノアも察したのだろう――彼との付き合いも長くなって、ポーカーフェイスを貫いていても、マリアもノアの考えが分かるようになってきていた。


毛皮に包まるクリスティアンの隣に横たわり、毛皮からちょこんと覗く我が子の手をギュッと握る。

絶対に、この子には知られたくないマリアの秘密。このまま、墓場まで持っていくと決めたから……。




マリアも、相当疲れていたらしい。

慣れぬ場所で寝て、いつもなら、周囲の気配に反応して目を覚ますはずなのに。その日のマリアは、ノアに起こされるまで眠り込んでいた。


「起こしてしまって申し訳ありません。問題が発生しまして」


まだ寝ぼけている頭で、もぞもぞと起き上がる。ララのそばで、チャールズとマオと呼ばれるセイラン人が何やら話し合っている。

……ララの様子がおかしい。


「どうしたの?」


ララは右腕を押さえていて、呼吸が荒い。チャールズが保管庫に戻り、マオが包帯を結び直している。マリアがララの右腕に触れてみれば、傷口が熱い。


「あの矢に毒が塗られてたらしい」


言いながら、痛み止めだ、とチャールズがララに薬を渡す。かなり飲み込みにくい薬だったようで、ララが盛大に顔をしかめていた。


「大丈夫だって。動けなくするための毒で、すぐに死んだりしねーよ」

「それでも、なるべく早く解毒にかかる必要はあります。毒消しは飲ませましたが、やはり医者には診せないと。ふもとまで下りて、急いで伯爵と合流しましょう」


ノアの提案に、マリアは同意した。

クリスティアンを起こして……クリスティアンもまだ眠いのか、しきりに目をこすって、しばらく毛皮の上に座ってぼーっとしていた。マサパンがクリスティアンの膝に頭を乗せ、愛くるしい瞳で見上げながら尻尾を振る。

寝ぐせのついた息子の髪を軽く整え、クリスティアンの手を引いてマリアは山賊のアジトを出た。


登るよりは、下りるほうが楽かもしれない。下りる時のほうが、ひやりとする場面が多かったけれど。

まずはリリオスを迎えに行く。相変わらずほんわかした様子で、マリアを見て、ワンテンポ遅れて喜んでいた。

チャールズとマオも、それぞれ自分たちの馬を連れてくる。ノアは連れて行かなかった。必要があれば、その時、手に入れればいいと――俺たちよりも山賊らしい、とチャールズは苦笑いした。


チャールズたちはこの山に慣れているのか、迷うことなく下りていく。

人が歩くには向かない道ばかりではあったが、昨日よりはましだ。このあたりは探索済みだからな、とチャールズが話す。


「ここから先は、この道を通るしかない」


そこは、刑部尚書の屋敷へ行くときにも通った道だった。ふもとの町から屋敷まで続く、整備された場所。

――当然、ここにも見張りが。


「他から下りれないこともないが、女子供に、毒で負傷した人間を連れては歩けない。ここから町までの距離も、もうそれほどない。何とか自分たちで逃げ込め」


そう言って、チャールズは馬に乗る。


「あいつらは、俺を誘き出すためにおまえたちを狙ってたんだろう。その俺が姿を現せば、関心も逸れるはず」


マリアが見上げれば、彼は笑った。懐かしむように……どこか寂しい笑みを浮かべて。


「こんなにエンジェリク語を喋ったのは久しぶりだ」


手綱を引き、チャールズが馬を走らせた。大きな馬のいななきに、見張りたちが一斉に注目する。関所のようになっている見張りの中を飛び込んでいき、チャールズが弓を構えた――見張り台にいる男を撃って、場を混乱させて。

マオも馬に乗り、チャールズに追随して見張りの中へ飛び込んでいった。


主だった者がチャールズを追いかけに行ってしまったのを確認すると、マリアはリリオスの手綱を引いた。


「クリスティアン、リリオスに乗りなさい」

「母上……?」


不思議そうな顔をするクリスティアンを、ノアが抱えてリリオスに乗せる。マリアはララに振り返り、もう一度彼の腕に触れた。

熱いのは、傷口だけではない。身体全体に熱が……顔に出さないようにしているが、毒がかなり回っているのだろう。


「ララ、私、あなたの命が惜しいわ。だからクリスティアンと一緒に行って」

「……やっぱりそうなるよな。足手まといにしかならねー……そうさせてもらう」

「そうして。お願いだから。こんなところで死なせたくないわ」


マリアが頬にキスをし、ララもマリアを抱きしめた。それからララもリリオスに乗り込んで、母上は、と再び問いかけてくるクリスティアンと共に、手薄となったそこへ駆け込んで行った。

走り抜けていく白馬に気付く見張りもいたが……チャールズとどちらを追いかけるかおろおろと迷い……結局、チャールズのほうを追いかけに行った。


クリスティアンとララを乗せた白馬が木々の向こうに消えて行き、見張りたちがそれにさほど関心を払う様子もなくチャールズを追いかけに行くのを確認すると、マリアはノアに振り返った。


「それじゃあ、行きましょうか」




日が昇り始めると同時にマリアたちはアジトを出たのだが……太陽は、マリアの真上にまで来ていた。

そろそろ正午。囮になって……十分時間を稼いだ後、見張りをまいて戻ってこなくてはいけないから、彼が帰って来るのは遅かった。


「なんで……おまえ、どうしてここに戻ってきているんだ」


マオと共に戻ってきたチャールズは、自分たちが拠点としている山賊のアジトの前で、ノアとマサパンを連れてちょこんと座っているマリアを見、目を丸くした。

マリアはにっこり微笑み、お帰りなさい、と挨拶を返す。


「クリスティアンは、きっと無事に逃げ延びたことでしょう。私は……それについて行くわけにはいきませんから」


ようやく会えたのだ。離れられるわけがない。

マリアは、今度こそこの男にとどめを刺すために、セイランへやって来たのだから。


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