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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その悪名伝~  作者: 星見だいふく
第一部01 傾国が課せられたもの
7/234

それぞれ (1)


オルディス公爵領はエンジェリクでも特に恵まれた土地を持ち、肥沃な大地に海に通じる大きな川に囲まれ水源も豊富な場所であった。

用水路によって領全体が水の恩恵を受けており、農業や畜産業を始め、領民の生活を潤している。


オルディス公爵家の栄華の象徴でもある領地だが、二十年ほど前に大きな悲劇に見舞われたことも、まだ記憶に新しい。

その悲劇は十数年に渡ってオルディス領に暗い影をもたらし、マリアがオルディス公爵家の当主になってようやく立ち直ったところなのだ。


その悲劇の象徴とも言える、慰霊碑のもとへマリアはやって来た。人を探してここへ来たのだが……残念ながら、目当ての人物はいないようだ。


「シモン様。おじ様を探しているのですが、こちらには来ておりませんか?」


慰霊碑の周りに植えられた花の手入れをしている修道士に、マリアは声をかける。土いじりをしていた修道士は顔を上げ、額に流れる汗を拭いながらマリアを見た。


「領主様でしたら、教会のほうにいらっしゃるかと。最近は特に熱心にお祈りをされている様子です」

「教会に……」


不真面目なマリアと違い、おじは領主としても個人としても真面目に教会に通っている。だからおじが教会へ祈りに行っていることも、別段不思議なことではないのだが……。


考え込んでいたマリアは、視線を感じて顔を上げた。修道士シモンが自分を見つめている――気付かなかったふりで、ここはさっさと立ち去ってしまおう。そう思ったが既に遅く、修道士は何やら悦に入った様子で呟く。


「子を生み、オルディス公爵は聖母が如くいっそう美しく輝いて……そのような御方から存在もしないように無視され、放置されるとは……ゾクゾクします」

「今日も絶好調ね」


この修道士の変態っぷりにもどんどん磨きがかかっていく。放置プレイでも喜ぶのでは、マリアも対処のしようがない。


修道士から情報を得て、マリアは今度こそおじのいる場所へ向かう。オルディス領に建てられた教会――その礼拝堂。貴賓用に作られた個室に、おじはいた。修道士シモンの言う通り、祈りを捧げるのに夢中になっていてマリアに気付く様子もない。


「……おじ様」


マリアが声をかければ、ようやくおじはマリアに振り返った。自分を見てわずかに視線を泳がせるのも気付かないふりで、マリアはおじに近付く。


「おじ様は、私と子どもを作るのは乗り気ではないのですか?」


オルディス領に帰って来てから、おじはどこかよそよそしい。マリアを意識しているようだが、距離を取りたがってもいるようで。

……心当たりはある。


「そんなことは……。正直に言えば、やっぱりすごく嬉しいよ。マリアが私の子を生んでくれる……本当に、とても……」


子は欲しいと言いながらも、おじはどこか煮え切らない態度。その理由、マリアは薄々察していた。


「私は、一度子育てに失敗している。義理とは言え、娘を死なせてしまって……」


予想と違わぬ言葉に、マリアは心の内で皮肉な思いに笑う。


マリアにはかつて、マーガレットといういとこがいた。伯母が、おじではなく夫以外の男との間に作った娘。よそ者のくせにオルディス領主として振る舞うおじが気に入らなくて、夫を牽制するためにわざと、伯母は他の男の子を生んだ。

そうして生まれたいとこは、まともなおじからは遠ざけられ、ろくでもない大人に囲まれて育ち――矯正できぬほど、歪んだ少女となった。


そしてマリアによって死に追いやられた。

ろくなしつけができていないいとこがおぞましくて、激しく嫌悪していたというのもある。特にあの娘は、年も近く美しいオフェリアに嫉妬して、命に関わる嫌がらせを繰り返していた。妹の敵で、家を乗っ取るのに邪魔な少女――生かしておく理由がない。だからマリアは、何のためらいもなくいとこの命を奪った。


おじに真実を、直接話したことはない。でもきっと気付いているはず。義理の娘の死には、当時の浮気相手であったマリアが絡んでいると……それなのに、おじが責めているのは自分らしい。いとこを真っ当な人間へと育てられず、死を望むような言葉をぶつけてしまったこと……。

……善良も、度が過ぎると生きづらい。


「それで救いと赦しを求め、お祈りに来ていたというわけですか。おじ様……私の気性の激しさを知っていて、浮気だなんて。感心いたしませんよ」

「浮気って――」


思いもかけぬ言葉に目を丸くするおじに抱きつき、強引にその唇を塞ぐ。首にしっかりと腕を回して、マリアは自分の身体をおじにぴったりくっつけた。

おじの身体はマリアのぬくもりと柔らかさに反応しているが、それでもおじは何とか理性を保ってマリアを引き離そうとする。


「ま、マリア、こんなところで……!」


神聖な教会で、情欲に耽る――とても許されることではない。神をも恐れぬ所業に、さすがにおじも腰が引けている。間近からおじを上目遣いに見つめ、マリアはくすりと笑った。


「……おじ様が悪いのです。おじ様がすがるべき相手は私だというのに、神様にすがるだなんて……浮気ではありませんか。酷い裏切り行為ですわ」


ものすごく、勝手な言い分だ。

自分は大勢の愛人を囲っておきながら、おじが余所見をすればそれを咎める。マリアにそんなことを言う資格などないはずなのに。でも、マリアの強欲さなどいまさらだ。


「誰にも渡しません。おじ様はオルディスのもの……私のものです」


もう一度口付ければ、今度はマリアが離れようとするのをおじが強く抱き寄せて引き止める。マリアを押し倒し、忙しなく服に手をかけようとするおじに抵抗することなく、マリアは挑発するように笑いかけた。




「おじ様の、一度ぷっつんとなった時の反動は私以上かもしれませんね」


結局あの後、マリアはおじの寝室に連れ込まれて熱烈な愛情表現を受ける羽目になってしまった。

ベッドの上でマリアがからかうように言えば、おじは恥じ入り、赤面してシーツに顔を隠す。くすくすと笑い、マリアはおじにのしかかった。シーツ一枚隔てただけで、直接伝わるマリアの肌の感触……おじはまだまだ元気だ。


「それに、やたらと私に支配されたがるような。そういう性癖ですか?」

「そんなことはっ……ないとは、言い切れないかな……」


とっさに否定しかけて、やっぱり心当たりがあるのかおじは言葉を濁す。


「支配されたいというか、やっぱり自尊心がくすぐられるのはあると思う。君はいまや、多くの男から羨望の眼差しを向けられる女性で……そんな女性から、僕みたいなつまらない男が執着されるなんて……畏れ多いと思う反面、僕も人間だから虚栄心が満たされるというか……」

「おじ様ったら。女性に関することは、相変わらず卑屈なぐらい気弱なんですから」


おじは領主としてはかなり優秀な人間だ。後ろ盾も財産もない身分の低い家柄だったというのに、その優秀さを気に入って祖父がオルディス家の婿に乞うぐらいに。マリアが、絶対に手放したくないと思うほどに。


「もう少し、自信をお持ちくださいませ。おじ様は、次期オルディス家当主の父親になるのですよ」


マリアが言えば、おじはさらに顔を赤らめた。でも今度はどこか嬉しそうで。甘えるようにマリアもおじの胸にもたれかかり、身をすり寄せる。


「子どもが生まれたら、おじ様と呼ぶのはやめないといけませんね。子を混乱させてしまいます」

「……えっと、ということは名前……?」

「そうなりますわ。エリオット様――ふふ。なんだか妙な気分です」

「うん。僕も不思議な気分だ」


苦笑しながらも、おじはまた何やら気になっているようだ。どうしました、とマリアが問えば、ちょっと気まずそうに視線を逸らし、それからもごもごと呟く。


「……名前で呼んで欲しいけど、でも君からおじ様って呼んでもらえなくなるのも寂しいっていうか」


マリアは吹き出し、声を上げて笑ってからおじの頬にキスする。


「では、子が生まれても閨にいる時はおじ様と呼ぶことにします」




オルディス領ではのんびりとした時間を過ごしていた。マリアも、オフェリアも。

ヒューバート王のおかげで、王妃としては比較的自由な生活を許されているが、それでもオフェリアの制限や義務は多い。城では絶えず人の目を気にしていないといけないし……実を言えば、マリアもそれは同じ。人を陥れることを考え続けるのはやっぱり疲れる。


そんなことをしているよりは、子どもたちと過ごしていたいという気持ちはある。みんな可愛い盛りで……。


エステル王女と並んで揺りかごに乗せられた娘を見つめ、マリアは自然と笑みがこぼれた。

息子セシリオとローレンスは、犬のマサパンに遊んでもらってご機嫌だ。

長男のクリスティアンは、いまはクラベル商会――仕事へ行ったホールデン伯爵と一緒にいる。何だかんだ、伯爵は結構な親馬鹿で。できるだけクリスティアンと一緒にいたいからと職場へ連れて行ってしまうこともよくあった。


「あら、いらっしゃいメレディス。意外とまめにスカーレットに会いに来てくれるのね」

「今日は君とスカーレットの絵を描かせてもらおうと思って。こんにちは、セシリオ、ローレンス」


マリアと我が子を訪ねてきたメレディスに、息子二人がわらわらと近付く。小さな男の子たちに群がられながらも平然とスケッチを取っていくメレディスってすごい――甥っ子でなれているそうだ。


「ねえ、メレディス。最近シルビオから手紙とか来た?」

「シルビオから?ううん。もともと、手紙とかそういうまめなもの送るタイプじゃないだろう、彼」

「そう……。私も、アルフォンソ様からの便りで知ったぐらいだから、そうよね」


シルビオは、マリアの故郷キシリアで暮らす愛人の一人。マリアが敬愛するキシリア王に仕えており、そう気軽に会える相手ではない。気まぐれに遊びに来るのを待つばかり……。

そんな彼について、キシリア王妃アルフォンソから近況を知らせる手紙が届いた。


「シルビオが結婚したんですって」


え、とメレディスは驚きの声を上げる。目を丸くし、スケッチを取る手も止めてマリアを見た。


「けっこん……そっか……そういうこともあるだろうって、前に本人から聞いたことあったけど……本当に結婚したんだ」

「ええ。シルビオの立場を考えればいずれあることだと思ってたけど……いざ目の当たりにするときついわね」


メレディスの膝に勝手に乗って、スケッチブックに悪戯しようとしているセシリオに視線を向ける。

――これで、セシリオは庶子となってしまった。


「結婚したということは、いずれ奥方との間に子が生まれる可能性もあるわけでしょ。別に後継ぎとしての権利が欲しいわけじゃないけれど――なかなか会えない父親のそばに、別の子が……。セシリオが成長した時、それをどう感じるか不安はあるわ」


もちろん、そうならないよう育てていく責任がマリアにはある。

いずれ結婚する可能性のある男と子を作った時点で、覚悟していたこと。自分たちのエゴで生まれてくることとなった子ども……。


「大丈夫だよ。君とシルビオの子だろう?そんなこと、笑い飛ばすぐらいのつわものに育つよ」


励ましなのか、むしろ一周回って皮肉なのか。

メレディスの言葉に、マリアは苦笑するしかなかった。


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