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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その悪名伝~  作者: 星見だいふく
第二部02 異国での再会
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有難くない再会 (3)


たしかにデュナン将軍を誑かしたのは、マリアの意思だった。

彼が自分を思い通りにしようとするのなら、容赦なく返り討ちにして、利用してやるつもりだった。

……それにしたってちょっとちょろ過ぎるのでは。


「密告のあった通り、聖堂騎士団はフリードリヒ王太子、その副官ヘルマン並びにオットー、クンツ、スヴェンも不在だった」

「隊長格まで全員か。ならば、本気で騎士団を潰すつもりだったのか……?」


マリアがいるのに、デュナン将軍も内務卿ロランも平気で話をしている。おかげでマリアも状況がずいぶん分かってきたのだが……損はしてないからいいか。


「王と王太子の確執は有名だが、それで自国の軍隊を損ねるだなんて」

「にわかには信じがたいことだ。しかし、限りなく真実に近いと考えていいだろう。先日の奇襲……どのような思惑があれど、あれでの被害は少なくなかったはず。聖堂騎士団にとってはかなりの痛手だっただろう……」

「……そうか。本当に、王太子を追い落とすための……エンジェリクは無関係なのか?彼女がここに居合わせたのは、単なる偶然なのか?」


ロランが、ベッドの上に座っているマリアに視線をやる。改めてマリアを見、苦笑いした。


「彼女に服を返したらどうだ?あの姿は、少々……いや、かなり目に毒なんだが」

「返したらすぐに逃げ出す」


デュナン将軍の決めつけに、マリアは不満の声を上げる。

――そりゃ逃げるけど。


マリアは服を奪われ、シーツを身体に巻き付けているだけの状態だった。別にこの状態で逃げ出しても構わないのだが……さすがに目立つし、すぐ捕まりそう。


「あの女の話を鵜呑みにするつもりはない。が、他にエンジェリク人の護衛を潜ませている様子もない。戦も辞さぬ陰謀だというのなら、もっと豪勢に護衛をつけておくはずだ」


デュナン将軍の説明に、ロランもひとまず納得したようだ。

あっさりとマリアに関する詮索を止め、これからどうする、と尋ねていた。


「フランシーヌに引き返す」

「もう?聖堂騎士団に大打撃を与えて、兵士たちの士気は上がっているようだが」

「だからだ。戦勝気分で切り上げたほうがいい。深追いすると、それだけ帰路も伸びる。帰り道でガタガタになったところを襲撃される危険は回避したい。いまなら兵士たちも気力があり、俺にも従順だ。最強と言われるベナトリア聖堂騎士団相手に完勝した――それだけでも十分すぎる戦果だろう」

「それもそうか……。かなり眉唾ものの情報だけを頼りに、無謀ともいえる冬の山越えをして……こちらの被害は少ないまま聖堂騎士団に勝利した――うん、君の言う通り十二分な結果だ。楽に勝ってしまったからつい欲をかいてしまった。こういう判断は、さすがだな」


フランシーヌ軍は、国へ帰る。

ここまで追い詰めておきながら引き際をしっかり心得ているあたり、やはりデュナン将軍の判断力は衰えていない。


彼らの話を聞いていて、マリアもかなり状況がつかめた。

ベナトリアから不可解な情報がもたらされ、その真偽を訝しみながらもデュナン将軍は軍隊を動かした――罠の可能性も考え、将軍直属部隊だけを連れてベナトリアへ。直属部隊は迅速かつ従順にデュナン将軍が動かせる精鋭部隊。万一のことがあっても、最小限の被害で抑えられるだろう――そう判断して。


ベナトリアからの情報。その情報源がベナトリア王だったと知り、デュナン将軍は当然慎重になった。

最初の接触が、その結果だった。まずは偵察させ、聖堂騎士団を確認する――見つかることは承知の上の行動だったらしい。情報の真偽を確かめることが目的だったので、聖堂騎士団を確認して速やかに撤退させた……そして二度目の接触。

本格的な奇襲……聖堂騎士団は王太子や隊長たちが離脱し、乱入してきた余所者のせいで混乱している最中だったから、足並みの揃わない状態で襲われてかなりの被害を受けてしまった……。


「あの女は連れて行く」


頭の中で情報をまとめていたマリアは、デュナン将軍のその台詞に硬直した。

なんかいま、恐ろしい決定を聞いたような。


顔を上げてデュナン将軍とロランを見てみれば、ロランも困ったように笑っている。


「オルディス公爵をかい?エンジェリクを刺激してしまうぞ」

「あの女は、解放してやるには情報を与え過ぎた。このまま俺の目の届くところに置いておくべきだ」

「……よっぽど気に入ったんだな――そう睨むなよ。反対するつもりはないから。私情を挟むなんて、そんな人間らしいことをする姿、久しぶりに見た……」


ロランはデュナン将軍の決定に逆らうつもりはないようだ。おおいに異を唱えてくれて結構なのに。自分のことは、ぜひとも捨て置いていってほしかった。




服は返してもらえなかったが、移動させるなら、とロランが強く主張してくれたので、新しい服をもらうことになった。

ベナトリアに着いてからずっと男装だったから、女物の服を着るのは久しぶりだ。ドレスじゃないから一人でも着れるけれど……やっぱり手伝いは欲しい。

デュナン将軍からは居丈高に嫌がられたが、彼は女の着替えを手伝うことなどできなかったので、渋々ロランの手伝いを認めた。ロランも苦笑していたが、手伝ってくれなきゃ着られないとマリアが言ったので、極めて紳士的に手伝ってくれた。


服を着ると、マリアは馬車へ連れて行かれた。デュナン将軍は軍隊の指揮で忙しいので、ロランと数名の兵士がマリアの見張り役……ロランも馬には乗れないので、馬車に同乗するようだ。

馬車に乗り込む途中でララを見かけ、マリアはひそかにホッとした――自分と同じようにどこかへ連行されているようだが、拷問されたような様子もないし、元気そうで安心した。


「公爵。申し訳ないが、あなたを自由にさせておくのは危険ですから。目隠しぐらいはさせてもらいますね」


そう言って、マリアは黒い布で目をふさがれた。ロランはマリアの危険性をよく把握している。

部屋を出る前、デュナン将軍にマリアの検査を要求していた。


「彼女の荷物検査と身体検査はしっかりやっておいてくれ。護身用に毒を持っているような女性だ。私がやってもいいなら、やっておくが……」


その提案は即座に却下され、マリアは将軍直々に検査を受けることになった。隠す余地もないほど、隅々まで調べられた――あれは絶対、自分の楽しみのためにやっていたに違いない。途中から目的を忘れているようなそぶりもあった……。




どこをどう進んでいるのか、目隠しをされたマリアには分からなかった。

ロランは何気ない世間話には応じてくれているが、肝心な情報は漏らさなかった――政治的手腕は優秀な男だ。その点でボロを出すはずがない。


無駄な抵抗はやめ、マリアは時期を待った。

ただ、さほど余裕はない。待っているだけでいいのか、という焦りもある。フランシーヌへの国境を越えてしまう前に……山越えを始めてしまう前に、フランシーヌ軍から離れないと。


馬車に乗っている間は目隠しをされ、ロランたちに見張られていた。

馬車が止まり宿営の体制が整うと、目隠しされたまま天幕に案内され、そこで目隠しを外された。天幕内では自由にしていていいと言われ、見張りもいなくなった――かと言って、気軽に外に出ることもできないが。

夜になると務めを終えたデュナン将軍が天幕にやってきて、マリアを片時も手放そうとしない彼に見張られることになった。自由な時間は、馬車から降りて将軍が帰ってくるまでの夕刻だけ……。


明るい内は馬車に乗って移動し、日が沈み始めると天幕を張って宿営。そうやってフランシーヌ軍にとって順調な帰路であった。

せめてララの居場所が分かれば、とマリアが悩み始めた頃だった。




デュナン将軍が帰ってくるまでの短い時間。

マリアは天幕の外に異変を感じていた。風が強いわけでもないのに、天幕の布が不自然に揺れていて。

チリン、チリン、という音を鳴らしながら、マリアはそちらに近づいた。外に気配は感じないが……わずかな隙間から、静かに何かが差し出された。剣が……柄には、見覚えのある紋章が……。


「……シモン様?」


そっと声をかける。小さく頷く声を聞き、マリアは天幕の布をめくった。

やはりそこには、聖堂騎士団の騎士でもあった修道士シモンがいた。


「遅くなって申し訳ありません。お助けに参りました」


修道士シモンは鎧は着ておらず、身軽に動ける地味な服だった。少し疲れたような風貌だ。彼も、マリアたちを必死で追いかけてきたのだろう……。


「ありがとうございます。とても心強いですわ」

「礼など……公爵が陣を離れたことにも気づかぬまま、このような危険にさらしてしまって……私はなんと愚かで役立たずなことか」

「ご自分を責めず……といってもあなたには無駄でしょうから、反省はあとにしましょう」

「そうですね、私ごときの反省などあとにせねば。まずは逃げましょう」


修道士が手を引いて連れ出すのを、マリアは首を振って拒絶した。


「私、一緒には行けません。今回はララを助けに行ってください」

「なぜ――何の音です?」


チリン、と音が鳴るのを聞き、修道士があたりを警戒する。マリアはもう一度首を振り、これです、とスカートを捲り上げた。

右足にはめられた鉄の枷。それにつけられた小さな鈴。足を動かすたびにこれが鳴ってマリアの居場所を知らせる――意外と、逃げ出すにはうるさいのだ、これが。


修道士が屈みこみ、枷や鈴を調べた。


「かなり丈夫な作りですね。鍵がついているようですが……」

「鍵の在りかはまだ分かっていないんです」


ちょろいと思ったが、やはり食えない男だ。この枷の鍵の在りかを吐こうとしない。向こうも耐性をつけて、最初ほど甘くはなくなった……。


「鍵がないとなると、斧かなにかで叩き割るしか……しかし、こんな小さな枷だと、公爵の足ごと斬り落としてしまいそうです」

「それは困りますわ。足がなくなるのはちょっと。というわけで、いまはまだ逃げ出せません。それよりもララを。彼と合流して……無事を確かめてほしいのです」


マリアは、自由がないことを除けば十分厚遇されている。捕虜にしては格別の扱いだろう。風呂だって、要求したら用意してくれた――デュナン将軍の見張り付きではあるが。

だけどララは……。


「ララ殿なら無事です。実は公爵に会う前に、彼に会ってきました。とっさにチャコ語しか話せないふりをして、兵士たちの尋問を逃れていますよ。三食満足に、とはいきませんが、それなりに元気そうでした」

「そう。よかった……。じゃあ、ララを助けて、今回は……」

「はい。今回は出直します。すぐ助け出すのは難しいかもしれないと覚悟しておりましたが、やはり逃がす算段をつけなければ無理そうですから」


修道士は跪き、マリアのスカートのすそを取って口付ける。騎士が主人に対して行う、忠誠の証だ。


「必ず助け出します。いましばらく、どうか私を信じて……」

「お待ちしておりますわ」


マリアは微笑み――息を呑んだ。天幕に誰かが近づいてくる。たぶん、デュナン将軍だ。そろそろ帰ってくる時間だから。


「行って」


マリアが小声で言った。


修道士シモンが出ていくのとほとんど同時に、将軍が入ってきた。

天幕の片隅にいるマリアを、鋭く見つめている。


「……誰か来ていたのか」


ちらりと地面に視線をやり、誰もいなかった、は苦しい答えであることを悟った。マリアが動いた分もあるが、人の足跡がいくつもついている。明らかに、誰かいました、と言わんばかりの状況だ。


「兵士の方が一人。退屈しているのではないかと気遣って、私を楽しませるためにお喋りをしに来てくださいましたわ」


にっこりと微笑んで言えば、将軍は眉間にしわを寄せた。


「ほんの短い間も、男なしではいられないのか」


マリアの腕を引っ張り、寝台に押し倒す。


――どうやら、気を逸らすことには成功したらしい。

自分にのしかかってくるデュナン将軍に抵抗しつつも、やっぱりちょろい男だわ、と心の中でため息をついた。


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