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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その悪名伝~  作者: 星見だいふく
第二部01 前触れ
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出発前


「お父ちゃま!」


父エリオットを見て、リリアンは嬉しそうに抱き着いた。エリオットはかがんで娘を抱きしめ、自分を見てニコニコと笑うリリアンにデレっと顔を崩す。


「わざわざ王都まで来てくださってありがとうございました。エリオット様、シモン様。それに、コンラッド様まで」


領地から王都にある屋敷まで訪ねてきてくれた客人を出迎え、マリアは少し驚いていた。

マリアのおじでもあり領主代理のエリオット、領にある教会で暮らす修道士シモン。彼らはもともと予定していた客人だが、コンラッドは予想外だ。

コンラッドは、オルディス公爵領に隣接するプラント領の当主に仕えている男――実際には、領主の父親なのだが、それは公然の秘密だ。


「私が同行を頼んだんだ。その、君の夫を迎えるにあたって、色々と不安があったから……相談に乗ってもらったりして……」


マリアの夫への不満もとい不安。

その内容は、ここでは話したくないらしい。


聞かなくても察しはつく。無邪気に笑うリリアンの前で、おじが話したくない気持ちになるのも理解できる。同意しかない。

リリアンのことは侍女のナタリアたちに任せて、マリアは客人たちを応接室に案内した。


「君の夫のイザイア王子は、昨日オルディスに着いた。用意してあった屋敷に。私たちが王都へ来るのと、ちょうど入れ違いになるかたちで」

「その件については、エリオット様を振り回してしまって申し訳ないですわ。式が早まった上に、城から出せと私も再三に渡ってせっつかれまして」


本当は、おじに夫を出迎えてもらって、そのままオルディス領へ連れていってもらうはずだった。

けれどマリアの結婚式が予想していたより早くなり、素行のよくない王子をさっさと城から追い出したいヒューバート王に急かされ、マリアの夫イザイア王子はオルディス領に早々にお引き取りいただくこととなった。

急な予定変更だったから、おじの出迎えは間に合わず……。


「正直に言って、こうして領を不在にしておくのが不安でならない。悪魔崇拝……とか、そんなおぞましいものと関りのある人間がオルディスにいるのに……」

「エリオット様の心配はごもっともです。私も、そんな人間がオルディスにいると思うと、吐き気がしますわ」


オフェリアのいる王都には置いておけない。もちろん、マリアの子どもたちにも絶対近づけさせたくない。オルディス領に閉じ込めておくのは、苦肉の策――本当は、いますぐにでも始末してしまいたい。


「エリオット氏から相談を受けて、私も考えていたことがあります。提案を聞いていただけませんか」


コンラッドが口を挟む。


「プラントはオルディス公爵領に隣接しています。怪しげな連中がオルディスにいるのなら、うちも無関係ではいられないかもしれない。娘夫婦が当主となって長くなったが、それでもプラント家は安泰というわけではない……」


先代は……というか、プラント侯爵家の人間は、あまり評判がよろしくない。コンラッドの娘が当主となり、ずいぶんましになったはずだが、彼女とてすべてを抑えられるわけではない。

浅薄そうな夫と、欲深なプラント一族……嫌な予感しかしないのは、きっとマリアだけではない。


「オルディス公。私が財務大臣を務めていた頃の部下で、ラッセルという男を貴女に紹介させてください。もう引退しているが、まだ元気な方です。彼を、イザイア王子の暮らす屋敷の管財人として雇ってほしいんです」

「管財人ですか」

「はい。連中のやり方はよく知っているつもりです。悪魔崇拝と直接かかわったことはありませんが、大臣時代、それに類するような人間と接触したことはありますから。そういった過激でリスクの高いお遊びというものには、多額の金がつきものです。大きな金の流れは隠せるものではありません」


なるほど、とマリアは相槌を打つ。

だから優秀な管財人を。屋敷の維持費や夫の生活費を管理するかたわらで、不審な金の動きを見張るために……。


「見張るにしても、オルディスの民に犠牲が出るかもしれない不安が消えるわけではないんだよね……。シモン殿、教皇庁に密告して、何か対策を取ってもらうということは……」


おじの問いかけに、修道士シモンは首を振る。


「悪魔崇拝と言っても黒ミサやサタン降臨といった本格的なものではなく、ただの変態趣味ですから。教皇庁の介入は難しいかと」


神妙な面持ちで話しているところ申し訳ないが、シモンをして変態と言わしめるのなら、十二分に異常だと思う――この修道士の変態発言に困惑させられるマリアとしては、ついそんなことを考えてしまった。


「本物の悪魔崇拝儀式が行われているのなら、教皇庁からその筋のプロがすっ飛んできて全力で隠ぺいにはかります。それこそ、そんな噂も立たぬほどに」

「うう……闇が深すぎて何の励ましにもならない……」


おじは落ち込んだ。

シモンとしては、所詮ただのまがいもの、と言いたかったのだろうが、真っ当な人間にとってはドン引きものの内容だ。

やはり、聖職者もオカルトもろくなものじゃない。


「とりあえず、王子本人にその趣味はないそうです。調べてみても、王子の生母、王妃の話ばかりで、王子が直接関わったことはないと。ただ、王妃もやり過ぎて国内でかなり噂になっているらしく。場所を変えて、オルディスで悪さを始めるかもしれませんね」


結局ろくでもない話になってしまい、領主のおじはますます青ざめていた。


「重苦しい空気になってしまいましたね。話題を替えましょうか」


コンラッドも苦笑し、少し明るい口調で言った。


「オルディス公爵。実はもう一つ提案があって、貴女を訪ねてきたんです。孫娘のコーデリアを、公爵のご子息の誰かと婚約するのはいかがかと思いまして」

「コーデリア様を、私の息子とですか?」

「はい。ご令嬢リリアン様がマクファーレン伯爵家のご子息と婚約したことを聞き、これは、と思ったのです。娘に似て、可愛い孫……いずれ、どこぞに嫁にやらなくてはなりません。その日のことを思うと、もう眠れなくて」


うんうん、とおじが頷く。可愛い女の子がいると、男親というのは苦悩するようだ。


「オルディス家に嫁ぐのであれば安心です。私もすぐに会いに行くことができますし」


分かります、とおじが笑った。


「そういうつもりはなかったんですけど、私も、娘がオルディス公爵家を継いでくれるなら、どこにも嫁にやらなくて済むと気づいてホッとしてしまって。嫁にやるのは寂しいというのもありますけど、それ以上に、一人で生家を離れて見知らぬところに行かせなくてはならないのが不安でたまらないですよね」

「そうなんです。娘の時には結婚で苦労をさせてしまったので、孫娘は余計に心配で。結果的に、娘の嫁入り先に自分もついていくことになったんですが」


親馬鹿トークに混ざれないマリアは曖昧に笑い、修道士シモンはニコニコしていた。


「セイランから帰ってきたときの楽しみができましたね。帰ってきたいと思える励みがあるのは実に良いことです。もっとも、帰ったら子どもが……という台詞は、帰えってこれない前振りとなるのが物語の定番ですが」


修道士に水を差され、おじがまた落ち込んでしまう。もう、とマリアは抗議する。


「シモン様、エリオット様をからかって遊んではいけませんよ」

「申し訳ありません。ご領主殿は表情豊かで、実に素直な御方なものですから、つい」


修道士は悪びれない。


「でも……マリアがこれから行く場所を考えれば、本当に無事に帰ってきてくれることを祈るばかりだ。最近のフランシーヌはよく外国と小競り合いを繰り返しているし、マリアがセイランへ向かう道中で出くわさない確率のほうが低いだろう……」


おじは修道士を見て、マリアをお願いします、と頼み込んだ。


「この命に代えてでも、公爵をお守りいたします」


修道士が頷いた。

セイランまでの護衛は、修道士シモンに頼んだ。修道士と言っても、彼は聖堂騎士団の騎士でもある。聖堂騎士団は、元は巡礼者を守るために結成されたもので、教皇庁より戦うことを許された修道士たちの組織のこと。

騎士団は世界各国に派遣されており、そのひとつがオルディス領……そして、ベナトリアにも。


「ベナトリアの聖堂騎士団とはすでに連絡が取れております。ベナトリアの王太子フリードリヒ殿下は、公爵の旅路を支援してくださるそうです」


セイランに向かうにあたり、マリアはベナトリアを通過させてもらうことにした。

ベナトリアはフランシーヌと対立しており、同じくフランシーヌと敵対しているエンジェリクとは、敵の敵は味方理論でそれなりに仲が良い。聖堂騎士団という繋がりもあって、ベナトリアの王太子に協力してもらえることになったのだが――。


「フリードリヒ王太子といえば、美しいものに目がないと聞いてますが」


コンラッドが言えば、はい、と修道士が再び頷く。


「殿下とは私も面識がありますが、美しいものには見境なしなところがありました。オルディス公爵は、間違いなく殿下の好みです」

「……マリア。お願いだからちゃんと帰ってきてくれ」


ベナトリア王太子に気に入られて、マリアが帰ってこないのでは。

そんな心配をされるのは、これが初めてではない。そっちの方面で心配されるだなんて、自分は信用されなさ過ぎではないか――ちょっとだけ心当たりがあるのは内緒だ。


「ちゃんと帰ってきますわ。だからエリオット様、子どもたちとオルディスをよろしくお願いします。私の夫のことも……」


言いかけて、おかしな気分だ。

愛人のほうに夫を頼むとは。これでは、嫡子をマリアに押し付けていったシルビオを笑えない。結婚に憧れる夢いっぱいの少女だったわけではないが、愛し合っていた両親を見て、自分もそうなるものだと、心のどこかで思い込んでいたのかも。

……こんな結婚になってしまったのは、やはり不本意だ。


「私の夫だからと言って、丁重にもてなす必要はありません。いずれは国に追い返すか、消えていただくか、そのどちらかになる男ですもの。子どもたちにはくれぐれも近付けないよう」

「どういう男なんだい、その王子は。色々と人づての話で聞いたけど、結局直接会うことはなかったし……」

「私にも分かりません。結婚式の間は無視され、初夜もすっぽかされてしまいました。迂闊で頭のよくない男であることは明白ですが、彼と話す機会もありませんでした。正直言って、顔も覚えておりません」


おじは困ったように笑うが、マリアはこれでいいと思っている。

いずれ消し去らなくてはならない邪魔者。その人となりを知る機会なんて、なくていい。顔も知らなくていい。

余計なことを知って、余計な感情を抱きたくない。


それで失敗したから、こうしてツケを支払うことになってしまった――彼を見逃してしまったから、マリアはセイランへ行く羽目になったのだ。


マリアは数年ぶりに、海を渡り、大陸へ行く。


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