おいしいフルーツのはなし
ある日、城にいるオフェリアに姉から知らせが届いた。
――ヴィクトール様が貴女宛ての荷物を持ってきたのだけれど。早めに取りに来るように言ってたわよ。
姉からの知らせを受け取ったオフェリアは、すぐに屋敷へ向かった。
「いったい何を取り寄せたの?」
屋敷へ来るなり取り寄せた商品の荷解きをするオフェリアに向かって、マリアが言った。
オフェリアは笑顔で荷をほどき、中身を披露する。
「これは……メロン?」
「そうだよ!これでユベルに美味しいタルトを作ってあげるんだ!」
ドン、と現れたメロン。鮮やかな緑色、甘い香り。実はぎゅっと詰まっていて、とても美味しそうだ。
しかしなぜメロン。
「お菓子作りはいいけど、どうして――わざわざヴィクトール様に取り寄せてもらってまで?」
新鮮なメロンは、エンジェリクでもかなり希少な品だ。ホールデン伯爵――クラベル商会がその伝手を使って一級品を取り寄せてくれたわけだが……美味しいタルトを作るのなら、別にメロンである必要はない。イチゴやリンゴでも、十分美味しいものは作れるはずなのに。
「男の人が一番好きな果物はメロンなんだって」
オフェリアは何気なく言ったが、その後ろで侍女のベルダと従者のアレクが目を泳がせるのをララは見た。
――すごく嫌な予感がする。
ララが気づいたことに、マリアが気付かないはずがなく。
優しい姉の仮面を外すことなく微笑んでいるが、不吉なオーラが漂い始めている
「男の人が好きな果物が、メロン。まあ。私、そんな話、初めて聞いたわ」
「この間ね、ユベルたちが言ってたんだ」
「そうなの。私も詳しく知りたいわ」
マリアが言えば、オフェリアは無邪気に話し始めた……。
その日、オフェリアはいつものように花の世話をしていた。
部屋いっぱいに並ぶ花々。もともとは、ヒューバート王が王子の時代から世話をし、育てていたものだった。王になって忙しくなり、花の世話ができなくなった――だからいまは、オフェリアに任された大切な仕事。
花の中にはヒューバート王が母親から譲り受けたものもある。王は花を愛しているし、植物の研究にも熱心だ。オフェリアもお花は大好きだから、王と一緒にこれからも大事に育てていきたいと思っている。
王に代わって世話をするようになってから長く、オフェリアの手際も慣れたもの。一通りの世話を終え、綺麗に咲いた鉢をひとつ持って王のいる執務室へ向かった……。
「……だから、なんとも思ってないってば。僕の好みはマリアだもん。君もしつこいな」
アレクの声が聞こえてきて、オフェリアは部屋に入る足を止めた。
王の執務室は広く。扉を開けても、仕切りの向こうにさらに奥の部屋がある。そっちは限られた人間しか足を踏み入ることもできない場所……王妃のオフェリアはもちろんそこに入れるし、王妃付きの従者であるアレクも気軽に立ち入りできる。
アレクは、ヒューバート王とオフェリアが婚約する前からの仲だし。
「自分でも下世話なことを考えているのは分かっているんだが、つい……そういう考えがよぎってしまって……」
アレクは、ヒューバート王とお喋りしているようだ。
アレクはララと一緒に外国からやってきた。外国の皇子だったララ――そんなララとも気安く会話するアレクは、ヒューバート王に対しても遠慮がない。
王の従者マルセルはアレクの不遜な態度を諫めることもあるが、ヒューバート王自身が、王子時代と変わらず気安く接してほしいと望んだ。
……王になると、遠ざかるものも少なくない。だから、距離が変わることのない相手は、かけがえのない存在だ。
「だいたい、メロンとイチゴがあって、なんでイチゴを選ぶのさ。普通の男なら、たいていメロンを選ぶよ」
アレクの言葉にヒューバート王はきょとんと目を瞬かせ、マルセルは顔を赤くする。
不敬が過ぎるぞ、と怒るマルセルに、王もようやく言葉の意味が分かったようだ。カーッと顔を赤くし、珍しく声を荒らげた。
「イチゴじゃない!リンゴだ!リンゴだって、平均でみれば十分立派なんだ!……と、ウォルトン団長も言っていた!」
「でもそのウォルトン団長が好きなのはメロンじゃん。説得力ないよ。やっぱり男はメロンが好きでしょ」
まだ二人の言い合いは続いているが、オフェリアはベルダに振り返り、男の人ってメロンが好きなんだね、と言った。
「私、全然知らなかった。ベルダは知ってた?」
「いえ……私も知りませんでした……あはは……あとでマルセルしばく」
ぼそっと呟くものだから、ベルダの言葉は最後まで聞き取れなかった。ベルダに八つ当たりされてしまったマルセルのその後は不明だ。
オフェリアは、初めて知った情報を考えるのに夢中で。
――そっかぁ。ユベルはリンゴも好きみたいだけど、メロンで美味しいお菓子作ったら喜んでくれるかな?
ドスッ!という効果音が聞こえてきそうな勢いで、マリアはメロンをカットしていた。メロンを見つめる目……包丁を振り下ろす手つきが、明らかに料理をするそれではない。
「お、おい……包丁はちゃんと握らねーと危ないぞ」
ララが恐るおそる声をかけるが、そうね、と呟くばかり。再び豪快にメロンが切りつけられると、ララは小さく悲鳴を上げて後ずさる。
「お姉様、生地の準備できたよ!」
「こっちも綺麗にカットしたところよ。それじゃあ生地を焼いて……その間に、余った分のメロンは私たちで食べちゃいましょうか」
メロンのつまみ食いに、オフェリアは大喜びだ。甘く、みずみずしい味……頬張りながら、オフェリアは部屋の片隅で座らされているアレクに振り返った。
「お姉様。アレクにも食べさせてあげようよ。可哀想だよ……」
メロン禁止中と大きく書かれた紙を持ち、アレクは反省のため座らされていた――と言っても、きちんとした椅子の上だ。
あれぐらいのお仕置きで済んだこと、ララはおろかベルダですら寛大だと感じている。
――まったく。オフェリアに余計な話聞かせて……。
「伯爵とノア様も食べよう!伯爵、美味しいメロン、ありがとう。伯爵も、やっぱりメロンが一番好き?」
無邪気に話題を振られ、ホールデン伯爵は愛想のよい笑顔を浮かべて凍り付いていた。
実は伯爵もずっといたのだが、口を挟むと飛び火する危険から沈黙し、傍観者を決め込んでいた。しかし、ついに自分もこの話題に巻き込まれる時が来てしまい……肌を刺すようなマリアのオーラに、さすがの伯爵も冷や汗をかいている。
「……好き嫌いの区別はない。いまは自分で育てたものに夢中で……。やはり、自らの手で丹精込めて育てたものには敵わないものだ」
伯爵の返事に、そっか、とオフェリアも相槌を打つ。
うまく回避できたと伯爵も内心ホッとしているのだろうなとララは感心した。
「……と、おっしゃっておりますが。ノア様。伯爵が過去にお召しになられたものは……?」
「圧倒的にメロンが多かったです」
ポーカーフェイスのままマリアの問いかけに答えるノアに、余計なことを言うな、と伯爵は早口にまくしたてた。
「それで……僕にそれが」
アレクが持ってきたものを見て、絶望的な声でヒューバート王が言った。
「ヒューバートのせいなんだから。僕とオフェリアの仲を疑って、余計な話題を持ち出すから」
「陛下は悪くないだろう。おまえが、あんなことを言い出さなければ!」
ごめん、と呟く王を、マルセルがかばう。
ことの発端は、王のちょっとした嫉妬。
よくあることで――従者のアレクは、年が近いこともあってオフェリアと仲がいい。オフェリアもアレクを信頼しており、オフェリアにとって一番仲の良い男の子はアレクだと言っても過言ではないほど。
アレクが想いを寄せる相手はマリアだし、オフェリアが自分を愛してくれていることも分かっている。それを疑うつもりはないのだけれど……やっぱり、二人の距離の近さを見るとモヤモヤしてしまうこともあって。
あの日も、つい。アレクはオフェリアに特別な感情はないのかと問いかけてしまった。
「デリカシーなさ過ぎ、最低ですわ陛下。それを完食するまで、オフェリアは城へは帰しません――だって」
マリアに言いつけられた伝言を一言一句違わずアレクが伝えれば、ヒューバート王は青ざめた。
マリアのことだ。絶対やる。自分が口にしたこと違える女ではない。
オフェリアを城へ帰してもらうためには……マリア渾身のこの手料理を完食するしかない。
「へ、陛下。僕にお任せを――陛下のためならば、たとえこの命尽きようとも!」
「ありがとう、マルセル。でもきっと、僕が食べ切らないとマリアは許してくれないだろう。嘘をついても、彼女には見抜かれる」
机に置かれた料理を見下ろし、ヒューバート王は決意する。
――メロンって、こんな臭いを発するものだったっけ……?
「……骨は拾ってくれ」
「陛下ぁ!」
一方その頃。王国騎士団の詰め所にて。
「マリアの手料理かぁ……」
ララが届けてきたメロンタルト……と主張する料理を見つめ、ウォルトン団長は腕を組んで考え込んでいた。
「何やらかしたんですか、ウォルトン様」
すさまじい臭いに、王国騎士団の騎士たちも大半が逃げ出している。副団長カイルは鼻をつまみ、クレームついでに団長を問い詰めた。
心当たりがありすぎて分からん、と豪語する団長に、思わず手を上げてしまったのも仕方ないと思う――きっちり反撃されたし、カイルは何も悪くない。




