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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その悪名伝~  作者: 星見だいふく
第一部外伝 父を巡る思い出
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かすかに残る (1)


※時系列が前後してます。

「追いかける背中」より以前にキシリアへ行った時のお話です。



クリスティアンは、不思議な感覚にとらわれることがたびたびあった。それが何なのか、はっきりとは分からないのだけれど、たぶんとても重要なこと。

最初にそれを感じたのは、いとこのエステルが生まれて間もない頃。


久しぶりに会った父親に、赤ん坊のエステルはちょっと緊張した様子だった。そんな娘にヒューバート王も緊張するものだから、二人の間にはぎこちない空気が流れていて。

横で見ていたクリスティアンは溜息をついてしまった。


「おじ上、緊張し過ぎですよ。おじ上の不安がエステルにまで伝わってるじゃないですか。赤ちゃんの扱いは僕たちで慣れているはずじゃないんですか」

「そのつもりだったんだけど……我が子となった途端に難しくなるものだね。娘に泣かれたらどうしようって、不安でならなくて」


クリスティアンとヒューバート王のやり取りを見ていたオフェリアが、声を上げて笑う。二人が揃ってオフェリアを見れば、だって、とオフェリアが言った。


「そうやってるとなんだか兄弟みたい。ユベルがのんびり屋さんなお兄様で、クリスティアンがしっかり者の弟って感じで。私とお姉様と、ちょうど真逆ね」


ヒューバート王は苦笑したが、すぐそばでマリアが――ほんのわずかにだけれど、顔色を変えたのをクリスティアンは見逃さなかった。

こういう時、母譲りの目の良さは有難いような、恨めしいような……。


「クリスティアンと一緒にいると、マリアと一緒にいるみたいで気が抜けないな」


ヒューバート王が話題を変えてしまったので、母の反応をクリスティアンが確かめることはできなかった。


ただ、その頃から不思議な感覚に陥ることが時々あって――次にそれを感じたのは、もう少し経ってから。クリスティアンが城に遊びに行った日のことだった。




クリスティアンが城へ行くのは、よくあることだった。母はしょっちゅう城に出入りしているし、そんな母に連れられて城へ行くことも珍しくない。

特にドレイク警視総監の秘書として働きに行く時は、ドレイク卿が歓迎してくれるので同行率が高かった。


その日もいつものように、マリアの仕事が終わるのを待っている間、城内の探索に出かけていた。ララを連れて――ララは今日、ヒューバート王から鍵を預かっている。


前から入ってみたかった部屋を開けるための鍵。

城の中は、叔母夫婦の寝室以外はどこでも自由に出入りすることを許されていた。そんなクリスティアンでも入れなかった部屋が、そこだった。

理由は単純。ずっと鍵がかかっていたから


ヒューバート王に入らせてくれないか交渉してみたら、あっさり許可と鍵をもらった。マリアやララのほうが、なぜか複雑な表情をしていたぐらいで。

どうしてなのかは聞けなかったけれど、ずっと入れなかった部屋を見ることができるという好奇心のほうが勝っていた。


鍵を開けて入ってみた部屋は、厳かだが派手さはなく、少し寂しい雰囲気に包まれていた。たぶん、長い間この部屋を誰も使っていないから……この部屋はもう、迎える主がいないのだろう……。


「ここは先代国王グレゴリー陛下――ヒューバート王の父親の私室だ」


部屋を見渡すクリスティアンに向かって、ララが言った。ララは顔を上げ、壁に掛けられた絵を見る。クリスティアンも絵を見た。


色んな人間の肖像画だ……マリアの大伯母でもあるマリアンナ王妃に、王妃との間に生まれたエドガー第一王子……ジゼル王妃の絵は、初めて見た。

ジゼル王妃はヒューバート王の生母。外国から嫁いできた王女だった。夫にもエンジェリクにも心を閉ざしていたそうで、彼女について語れる人間は少ない。ヒューバート王ですら、母とまともに会話をしたことがなかったと言っていた……。

それから……。


「母上……」


マリアの絵を見て、クリスティアンは思わず呟いた。

部屋の中央に置かれた長椅子に腰かけて、一番見やすい場所にマリアの絵は飾られている。絵を描いたのはメレディスだろう。マリアの美しさや魅力が、他の絵と比べてもよく表れている。

絵の中のマリアは、いまもクリスティアンが座っている長椅子に腰かけ、そのそばにグレゴリー王が立っている。マリアの腕には、小さな赤ちゃんが……。


「あれは僕ですか?」

「そうだぜ。こうして見ると、おまえ、あんまり赤ん坊の頃と変わってないな」


相変わらずマリアそっくりだもんな、とララは笑った。


「母上は、グレゴリー王の愛妾だったんですよね」

「ほとんど王妃も同然だったけどな。王は結婚したがったのを、マリアが拒否したから愛妾のままだっただけで」

「どうして結婚を嫌がったんですか?」

「オフェリアがヒューバートと結婚してたからさ。ヒューバートは後ろ盾がなくて、結構不安定な立場にあったからな。オルディス公爵としてヒューバートとオフェリアを支えるマリアとしては、王妃になるわけにはいかなかったんだよ」


ララの説明を聞きながら、飾られた絵を眺めて行く。知らない人の肖像画もある。

ヒューバート王の祖父リチャード王の肖像画もあった。そのすぐそばには、少年の絵が。上等な服には王家の紋章が入っている――その顔には、なんとなく見覚えがあるような。


「そいつはチャールズ王子だ。ヒューバートの弟の」


なるほど、とクリスティアンは納得した。見覚えがあるように感じたのは、少年の顔がグレゴリー王と似通っていたからだ。そばに飾られたリチャード王にも似通ったものがある。血の繋がりを感じさせるものが……でも。


「チャールズ王子……兄弟にしては、おじ上にあまり似ていないのですね」


もっとも、自分も弟たちと似ているかと問われると微妙だ。妹たちとは似てる……というか、長女スカーレットとは双子と間違えられそうなほどそっくりなのだが、弟たちはそれぞれの父親に似ていて、クリスティアンとはあんまり似ていない。


「ララ、僕とおじ上って似てますか?」


ふと、以前ヒューバート王と自分が似ていると言われたことを思い出し、クリスティアンは尋ねた。

この話題に、マリアは動揺していた――ララの様子を注意深く観察して見るが、ララはちょっと困ったように笑うばかり。明るくて裏表のない好人物に見えるが、王子として育った彼は、意外と手ごわい――マリアは自分の子には甘いところがあるから、場合によってはララのほうがずっと。


「ヒューバートって、マリアたちの父親に雰囲気がよく似てるんだよな。たぶん、オフェリアが最初に惹かれたのもそのへんが理由だろう。マリアは父親似なんだから、そのマリアに似てるおまえとも、ヒューバートは似通ったところがあるだろうな」


なんだか上手く誤魔化されてしまったような。

そんな気がしなくもなかったが、クリスティアンは追及しなかった。問い詰めて……いったい、どんな答えが帰って来ることを、自分は期待しているのか……。




うろうろと歩き回ったり、長椅子に座って絵を眺めたりして、クリスティアンはその部屋で時間を潰した。部屋を探索した結果、この部屋は現在、メレディスの作品置き場となっていることが判明した。

……時間があれば絵を描いているような男だから、それらを保管するとなるとかなりの量がある。見なれた土地の風景画や知った人の肖像画を見るのは楽しかった。


やっぱり、肖像画はマリアのものが一番多い。クリスティアンの知らない、いまより若い……というか、幼い母の姿。ホールデン伯爵が見たら、きっとこっそり持ち帰って自分のものにしてしまうんだろうなぁ……。


「お部屋探検は満足した?」


声をかけられ、クリスティアンはハッと顔を上げる。いつの間にか、マリアが部屋に来ていた。

ドレイク卿のところでの仕事は、とっくに終わったらしい。迎えに来てくれたのか――クリスティアンの様子をうかがいにきたのか。


「メレディスの絵をたくさん見れて、楽しかったです」


それは嘘ではない。

エンジェリク、オルディス領、マリアの生まれ故郷キシリア……愛着のある土地ばかり。メレディスによって美しく描かれた風景画は、何時間見ていても飽きない。

肖像画も、マリアを始めホールデン伯爵に知り合いの、若い頃の姿がたくさん。クリスティアンや自分たち兄弟の成長を描いたものもあり、ララと一緒に思い出話に花を咲かせたものだ。


長椅子に座るクリスティアンに、マリアはくすりと笑った。


「……なんだか不思議な光景ね。私もよくそこに座って……陛下と他愛のないおしゃべりをしたものだわ」


そう言って、マリアがクリスティアンの隣に腰掛ける。優しく抱きよせるマリアに、クリスティアンももたれかかった。


「母上は、グレゴリー王を愛していらっしゃったんですか?」

「愛……と、言われると困るけれど。愛情はあったわよ。王としてとても努力していらっしゃる御方で……でも、人間らしい闇も抱えていらっしゃって。高潔で真面目な方だったのに、私を愛妾にするぐらい恋の虜になっていたところがとても可愛らしかったわ」


大人な会話だ。大人びた子だと周りからよく言われるけれど、そんなクリスティアンでもまだよく分からないことが多い。


「あなたのことも、とても可愛がっていたのよ。覚えているかしら……」

「なんとなく、覚えている気がします。好きな人を見る目は、叔母上を見つめるおじ上と同じだった……ような」


曖昧な記憶を手繰り寄せ、クリスティアンは言った。


赤ん坊の頃に可愛がってくれたグレゴリー王――わずかに、記憶に残っているような気はする。もやもやとした姿で、はっきりとは覚えていないのだけれど。

自分を見つめる眼差しは愛情にあふれていて。そしてそれ以上に、母に惜しみない愛情を向けていた人。その姿は、ヒューバート王と似ていたと思う。父子だし。


「……そう。覚えていてあげてね。私も……時々はあなたに話すことにするわ。王になるには優し過ぎて、情が強過ぎた人……」


クリスティアンは顔を上げて母を見た。目を瞑り、何かを思い出すように母は話している。抱き寄せられた母の胸にさらにすり寄って、クリスティアンはぎゅっと母に抱きついた。

もう一度顔を上げた時には、母はいつも通りの笑顔に戻っていた。


「ところで……メレディスの絵を見てたみたいだけど、変なものは見つけてないでしょうね」

「変なもの?」


目をぱちくりさせてクリスティアンが聞き返せば、マリアは溜息をついた。


「具体例を挙げれば――私のヌード絵とか。ヌードは嫌って言ってるのに、勝手に描いてるみたいなの。見つけて燃やしてやりたいんだけど、いったいどこに隠しているのやら、なかなか見つからなくって」

「この部屋にはないと思いますよ。あちこち探しましたけど、肖像画の母上は全部服を着てました」


……でも。

ひとつだけ思いついた心当たりを、クリスティアンは口に出しかけて飲み込んだ。


クラベル商会には父ホールデン伯爵の個人的な部屋がいくつかあるのだが、その部屋のひとつには鍵がかかっていて……メレディスが出入りする姿を見かけたことがあるような。

話すべきか否か――クリスティアンは悩んだ。


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