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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その悪名伝~  作者: 星見だいふく
第一部外伝 父を巡る思い出
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追いかける背中 (3)


ベッドに入って時間が経ち、クリスティアンもうとうとし始めていた時だった。

なんだか外が騒がしいような気がして――床で寝転がっていたマサパンがむくりと立ち上がり、牙を剥き出しにして扉に向かって唸り始めたのを見て、クリスティアンも起き上がった。


やっぱり、外が騒がしい。

扉の向こうから揉めているような声が聞こえて、扉が吹っ飛んだ。


「なんでぇ、お宝じゃねえのか」


扉が吹っ飛んだのは、水夫が扉ごと激しく突き飛ばされたから。

部屋に入ってきた男たちに、クリスティアンはぎくりとした。見るからにならず者といった形相の彼らは、海賊だ。水夫たちが守っていたのを見て、宝物庫かなにかと勘違いしたのだろう。

クリスティアンたちを見てがっかりする男もいれば、ニヤリと笑う男も。


「いや、お宝で間違いねえよ。あいつらが必死こいてこの部屋を守ってたのを見ただろう。ただのガキじゃねえ。あいつらにとっては命を賭けてでも守りたいガキなのさ――つまりはお宝だ」


言葉の意味を察して下卑た笑みを浮かべる男たちに、クリスティアンも察した。

海賊が生業としていることと言えば、略奪に誘拐――要人の身代金も、彼らの稼業だ。


ベッドの上でクリスティアンは後ずさり、後ろ手に自分の上着を探した。上着のポケットには、母からもらった護身用の武器が……。


クリスティアンたちのいるベッドに海賊が近付くと、犬のマサパンが先頭の男に飛びかかった。腕に噛みついて、男を引きずり倒す。下手をすれば人間よりも大きな犬だ。先頭に立っていた小柄な男では、マサパンの力に敵うはずがない。

海賊たちがマサパンに気を取られている隙に、クリスティアンは上着を取り、まだ眠りこけているローレンスを起こした。

……この状況でも目を覚まさないとは。我が弟ながら、とんでもない神経の持ち主だ。


「ローレンス、起きろ!外に出るぞ!」

「んー……?暗くなったら外に出るなって、父さんが……」

「その通りなんだが、いまはそんなこと言ってられない!外に出て、どこかに隠れないと!」


船室を出れば、甲板は戦場と化していた。エンジェリク海軍船のそばには不気味な船――あれが海賊たちの船だ。

狙われたのか偶然の遭遇だったのかは分からないが、海軍船に海賊が乗り込み、暴れ回っているらしい。暗くて、誰が誰と戦っているのかはよく分からないが、大柄なブレイクリー提督だけはすぐに分かった。提督は海賊たちを軽くなぎはらっている――それでも、クリスティアンたちのことまで気にかけている余裕はないだろう。


「ローレンス、僕たちはどこかに隠れて――」


クリスティアンの言葉は、強制的に切られた。

海賊に捕まってしまって。手を繋いでいたはずのローレンスも、海賊に捕まっていた。クリスティアンと同じぐらいの背丈だけど、さすがに大人が相手では抵抗できないほどの体格差がある。


海賊の腕の中でじたばたともがいているが、ローレンスでも逃れることはできなかった。


「父さん!」


ローレンスの叫び声に、提督が反応した。異変に気付いてすぐにローレンスとクリスティアンを探してくれたが、その行動は海賊たちに確信を与えるものでもあった。


「そうか。こいつはあんたのガキか。海軍の提督さんよぉ」


ローレンスを捕まえている海賊が、ニタニタと笑う。

この海賊は、他の連中と比べて迫力が違う。たぶん、こいつが海賊たちのリーダーだ。


「大人しくしな!あんたの息子がどうなってもいいのか!?」


提督にローレンスを見せつけながら海賊は叫ぶ。提督は、海賊を睨んだ――ブレイクリー提督の迫力で睨まれたら、海賊たちのリーダーも恐怖は感じるらしい。わずかに怯む様子を見せたこと、クリスティアンは見逃さなかった。

ためらうことなく近付いてくる提督に、海賊はじりじりと後退りしている。


「お、おい!聞こえてねえのか!?大人しくしろって言ってんだろ!本当にガキがどうなってもいいのか!?」

「いちいち言うてないで、さっさと好きにしたらええやないか。ワシに人質なんぞ効くかド阿呆」


人質がいてもお構い無しな態度に、ローレンスを捕まえている海賊も、クリスティアンを捕まえている海賊も動揺している。

自分を捕らえている力が緩んだ隙を逃さず、クリスティアンは上着のポケットに手を突っ込んで、母からもらったお守りを取った。


「ぎゃあっ!?」


毒の入った香水を、自分を捕らえている男に向かって一吹き。

直接顔に当てなければ本来の効果は出ないが、一瞬男を退けるぐらいの効き目はある。クリスティアンは海賊の腕から逃げ出し――クリスティアンの反逆に海賊のリーダーの注意が逸れると、マサパンはリーダー目掛けて飛びかかった。

腕にしっかりと噛みついて、ローレンスも海賊の腕から滑り落ちた。


海賊のリーダーがマサパンに食いつかれている間にブレイクリー提督は素早く距離を詰め、容赦のない一撃を食らわせた――実に見事な頭突きだった。

強烈な攻撃に海賊はよろめき、その身体を提督は軽々と担ぎ上げて海に放り込んだ……。


「そこまでや!おまえらの頭は潰したで!それでもまだやる根性のあるやつは、ワシの前に来い!同じように海の藻屑にしたる!」


提督の声が船中に響き渡り、戦闘は止まった。海賊たちは動きを止めて互いに顔を見合い、やがて武器を捨てて投降し始めた。

リーダーを失ってまで続けられるほどの根性はないらしい。


「ローレンス、クリスティアン、無事か!?怪我してへんか!?」


海軍側の勝利が確定すると、提督はすぐにローレンスに駆け寄り、息子の無事を確かめる。大丈夫だ、とローレンスは笑顔で答えた。


「ちょっと怖かったけど、父さんが助けてくれるって信じてたから平気だったぞ」

「そうか。怖い思いさせてすまんかったな。クリスティアンも……」


提督は息子を抱きしめ、それからクリスティアンに振り返った。


「僕も大丈夫です。ブレイクリー提督は本当にお強いのですね。武器を持った相手を素手で倒してしまうだなんて」

「そうだろ!?父さんはかっこいいんだ!」


目を輝かせ、ローレンスが歓喜する。提督は息子の反応に苦笑し、ぽこんとその頭に軽く拳骨を落とした。


「まだ夜明けまで時間がある。二人とも、部屋に戻って休んどき。今度はワシが見張りをしとくから大丈夫や」




日が昇り始めると船は港に向けて進み始め、昼頃には港が見えてきた。甲板から海を眺めていたクリスティアンとローレンスは、港に集まった人たちの中から白い馬を見つけて――帰港する海軍船を見ようと集まった群衆の中で、特別背が高いわけでもないのに彼女の存在感は埋もれることがない。

母の姿を見つけ、ローレンスは嬉しそうに笑った後、しゅんと項垂れた。


「母さん、やっぱりすごく怒ってるかな……」

「僕も一緒に謝るよ。ローレンスだけが悪いんじゃないだから」


そう言いつつも、クリスティアンも港に降りる時には緊張した。緊張する二人に構わずマサパンはトコトコと船を降りて行き、マリアに駆け寄って尻尾を振る。母の愛馬は、長い鼻をマサパンに伸ばしてスンスンとそのにおいを嗅いでいた。


マリアはにこりともせず、降りてくるクリスティアンとローレンスを真顔で見つめ、黙り込んでいた。


「ただいま母さん……その……ごめんなさい。出港にまで着いていくつもりはなかったんだけど……」

「すごく心配したのよ」


ローレンスの弁解を遮り、マリアが言った。


「ブレイクリー提督の船に乗っていったのだろうと思ってはいたわ。でも確信はなくて……ちゃんと帰って来てくれるまで、不安で堪らなかった。本当に乗っているのか……何か別の事件に巻き込まれてしまったのじゃないか……もう帰って来てくれないんじゃないかって」


静かな口調だが、明らかにクリスティアンたちの行動を責めている。非を認めるしかないクリスティアンは、グッと言葉に詰まった。ローレンスも身を縮込ませ、母親の顔を見ることもできないでいた。


「マリア。船の中で見つけた時に、ワシがきついお仕置きを一発かましてある。あんたの気持ちもよう分かるけど、ほどほどで勘弁したってくれ」


船から降りて来たブレイクリー提督が口を挟み、マリアは大きく溜息をついた。ローレンスがさらに身を竦ませた。


「……船に乗っているお父様は、とてもかっこよかったでしょう」


ローレンスは顔を上げ、目を瞬かせた。

困惑しながら、うん、と頷く。


「父さん、すごくかっこよかった。武器を持った海賊も、全然へっちゃらで――」

「まあ、海賊に遭ったの?すごいわ。私も何度か船に乗せてもらったけれど、まだ海賊には出会ったことがないの」


張りつめた空気が緩むのを感じ、ローレンスは安心したように笑う。マリアも優しく微笑み、ローレンスとクリスティアンを抱きしめた。


「船で何があったのか、お母様に話してちょうだい。海賊と戦ったお父様のこと、私も知りたいわ」

「うん!父さんは本当にすごかったんだからな!母さん、きっと惚れ直すぞ!」

「それはますます、話を聞くのが楽しみね。それじゃあ――クリスティアン、あなたはヴィクトールお父様と一緒に、先にオルディスに帰ってなさい」


言われて母の視線の先を追い、クリスティアンは自分の父親ヴィクトール・ホールデン伯爵も自分たちを出迎えに来ていたことに気付いた。

群衆から少し離れたところに馬車を用意して、ノアと共にクリスティアンたちを待っている。


「私はローレンスと一緒に、ブレイクリー提督が王都へ向けて帰るのを見送ってからオルディスに戻るわ。ヴィクトールお父様とノア様にも、ちゃんと謝っておくのよ。二人もすごく心配していたんだから」


はい、と頷いて、クリスティアンはマサパンと一緒に駆け出した。

一目散に父を目指し、大きな彼に抱きつく。


「ご心配をおかけしました」

「気にすることはない。親に心配をかけて振り回すのも、子どもの仕事だ――親の醍醐味でもある。無事に帰って来てくれたのならそれでいい」


大きな手で抱きしめ返され、クリスティアンは父の胸に顔を埋めた。

今日はずいぶん甘えたがりだな、と伯爵が笑う。


「海賊に出くわしたという話が聞こえてきたが……怖かったのか?」

「少し。でも、提督があっという間に倒してしまったので大丈夫でしたよ。そうじゃなくて……」


言いかけて、なんでもないです、とクリスティアンは首を振った。

そうか、と相槌を打ち、伯爵はそれ以上追及して来なかった。


――そうじゃなくて。

マリアもローレンスもブレイクリー提督のことを誇らしく褒めちぎっていたのが、なんとなく面白くなくて。ブレイクリー提督はたしかにすごい男だけど、クリスティアンの父親だって負けてない。

……船の上で父親に寄り添ってもらっているローレンスを見ていたら、ちょっとだけ父が恋しくなったなんてそんなこと。絶対に秘密だ。特に伯爵には。


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