ある宰相の場合
マリアとジェラルドの間に生まれた双子は、父親の家で生活をしている。
だから、マリアも時々はドレイク邸に泊まりに行って、親子水入らずの時間を作るよう心掛けていた。
今日もドレイク邸を訪ねてみれば、幼い双子たちは母に抱きつき、花束を持ったジェラルドに出迎えられる……。
「ありがとうございます。ジェラルド様は、本当にまめな御方ですわね」
ジェラルドという男は、折を見てはこまめにプレゼントを贈ってくれる。特に多いのが花――マリアは花に深い思い入れがあるわけではないが、ジェラルドの贈ってくれる花束はいつもセンスが良くて、美しいと思う。
花束のメインは薔薇。赤と紫色の薔薇に、白いカスミソウとピンクのチューリップを添えて。
マリアが花束を眺めていると、顔に影が落ちる。
顔を上げてみれば、ジェラルドの顔が間近にあって。
マリアは目を閉じ、彼からの口付けを受け入れた。
「……こういう時は、気を利かせてさりげなく部屋を出て行くのが淑女の振る舞いだ」
唇が離れた後、あまり表情を変えずにジェラルドが子どもたちに向かって言った。
まあ、と父親同様ほとんど表情を変えることなく、アイリーンが不満げな声を漏らす。
「お母様といちゃいちゃしたいのでしたら、あとでなさってくださいませ。どうせ私たちが眠った後、お父様が独り占めなさるくせに」
ませた口調でアイリーンが言い、ジェラルドは反論せず、自分を睨んでくる双子たちから視線を逸らすばかり。
敏腕警視総監と名高い彼も、口達者な娘にはたじたじだ。
いったい誰に似たのやら、と彼はこぼすが、どう考えたって目の前の男だと思う。
マリアは内心苦笑いだった。
マリアがドレイク邸から戻ってきた翌日。
その日は、オフェリアやエステル王女たちを連れてヒューバート王がオルディス邸を訪ねてきていた。
別にそれはよくあることなので、特に面白いことが起きたわけでもなかったのだが。
ジェラルドからもらった花束をマリアが飾っている姿を見て、王が声をかけてきた。
「その花は……ジェラルドかな」
ジェラルドがマリアによく花を贈っていることは、ヒューバート王も知っていた。
はい、とマリアが頷けば、花をじっと見つめ、王がくすりと笑う。
「なんですか。その意味ありげな笑い方」
「いや。ジェラルドは本当にロマンチストだなと思って」
飾られた花束――薔薇にそっと触れ、ヒューバート王が言った。
「花の色で花言葉が変わるように、薔薇は、贈る本数でも意味が変わるんだ。この薔薇は全部で九本……九本の薔薇の花言葉は、いつもあなたを想っています……いつも一緒にいたい」
王の説明に、マリアは目を瞬かせてしまう。
贈ってきた相手がジェラルドでなければ、面白い偶然だと笑い飛ばしただろうが……彼だと、そういうことをちゃんと考えて選んでいそうだから、さすがに笑うわけにもいかなくて。
「ジェラルド様がプレゼントしてくれる薔薇は、最初から九本だったんじゃないのよ」
夫の説明に、オフェリアが口を挟む。
そうなのか、とヒューバート王が言えば、オフェリアは胸を張って続けた。
「私、ちゃんと覚えてるわ。初めてジェラルド様からお花をもらった時ね、薔薇は七本だったの。いつも七本だったのが、ある時から九本になったのよ」
よく覚えているものだ――マリアは素直に感心する。
記憶力に自信はあるが、薔薇の本数なんて記憶していなかった。
……意識していなかった。
「七本の薔薇は、ひそやかな愛――片思いを意味する。ジェラルドは、君のことが本当にずっと好きだったんだな」
オフェリア曰く、薔薇の本数が七本から九本になったのは、アイリーンとニコラスが生まれてから。
双子だったから、薔薇の本数が二本増えたのかと思っていたそうだ……。
「アイリーン。それだけでいいの?」
エドガー王が、アイリーンが手にする薔薇を見て、声をかける。
父親の墓に供える薔薇が欲しいと妻にねだられ、エドガー王は快諾したのだが。
祖母の代から世話をし続けてきた温室には、一年中、たくさんの花が咲き乱れている。
薔薇もたくさん……だから、アイリーンが欲するなら、もっと採っていっても構わないのに。
「ええ、これで十分。お母様から、お父様のお墓には、薔薇の花をきっかり五本、供えてほしいと言われたの」
遠くへ行ってしまい、自分で夫の墓参りをすることができなくなった母に代わり、アイリーンが果たすべき務め。
もらった手紙に書かれた通り、アイリーンは五本の薔薇を供えなくては。
そっか、と呟き、エドガー王は薔薇の花をじっと見つめる。
「ねえ、アイリーン。薔薇の花は、贈る本数で意味が変わるんだって。知ってた?」
「え……そうね。たしか、そういう話を聞いたことがあるような気がするわ」
どこで……誰から聞いたのかは覚えていないけれど。アイリーンが頷けば、エドガー王が微笑む。
「五本の薔薇は、あなたに出会えたことを、心から喜ぶ」
エドガー王の説明に、アイリーンは息を呑み、手に持った薔薇を見下ろす。
――母が大好きだった。
でも……父にとって母はたった一人の女性だったけれど、母にとっては、数多くの男たちの一人でしかなくて。
特別になることはなく、それでも、最後に自分の妻となってくれたことに、父は幸せを感じていた。
そんな父のことを、母はどれぐらい愛してくれていたのか。
問いかけてみたかったけれど、結局その疑問をぶつけることもできぬまま。
永遠に謎のままで終わってしまったと思っていたのだけれど……ほんの少しだけ、母の本心を見れたような気がする。
五本の薔薇をぎゅっと握り締め、アイリーンは思った。




