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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その悪名伝~  作者: 星見だいふく
第七部02 英雄の詩 最終楽章
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疑惑 (1)


キシリアをゆっくりと南へ旅をし、マリアはチャールズたちを追いかけていた。


スカーレットの近況を教えたあと、セシリオとローレンスは再び戦場へと戻って行った。マリアの連れはナタリア、ノア、ララ、クリスティアンの四人。


戦争の中心は半島を南に降りていき、フェルナンド側が劣勢となっていた。

所詮フェルナンド王は簒奪者。イサベル女王に正統性があるのは確かだし……フェルナンド側の支持者は、自分の利益を得るために未熟なフェルナンドを傀儡に仕立て上げあげただけの集まり。旗色が悪くなってくればすぐに逃げ出すような連中だ。

イサベル派が本格的な反撃を仕掛けてきたら、フランシーヌの後ろ盾を失くしたキシリア軍に、本気で戦う意思のある人間がどれだけ残っているか……。


それでも、命を落とす危険はある。リチャードに会いたいが、戦の邪魔をするわけにはいかない。

チャールズたちの本陣へはララとノアだけ連れて行くことにした。ナタリアは、クリスティアンと共に安全な町で帰りを待ってもらうことにした。


エンジェリク軍の陣営に近付いた時、聞き覚えのあるいななきがマリアを歓迎した。


「リリオス」


マリアの相棒でもあった白馬。マリアの訪問に気付いて嬉しそうに鳴くリリオスに、マリアも彼女のもとへ寄って行き、長い鼻を撫でた。

美しかった相棒も、すっかり年老いた。もう戦場へ連れて行けるような年齢ではないのだが……リチャードの補佐を務めるなら、度胸があって経験豊富なリリオスが誰よりも頼りになる――そう言った理由で、彼女はリチャードと共にキシリアへ来ていた。


もとはキシリアで生まれた馬だ。故郷に帰ってこれたことを、きっと彼女も喜んでいることだろう。


「リチャードを守ってくれてありがとう。もう少し、あの子のことをよろしくね」


マリアが言えば、リリオスは優しく鼻をすり寄せてきた。マリアの言葉に答えるように。


「母上!」


リチャードの声に、マリアはそちらへ振り返る。

息子の無事な姿にほっとしながら駆け寄る……でも、リチャードはどこか切羽詰まった表情だった。


「母上、こっちに……」


周囲をうかがいながら、リチャードがマリアをテントに連れて行く。ララとノアも、何事かと戸惑いながらマリアたちのあとをついていった。


「母上……ジンランが、毒を盛られた」


驚いて飛び出しそうになった声を、ぐっとこらえる。返事はせず、視線でリチャードに話の続きを促した。


「公にはなっていないんだ。知っているのは僕にマオ、スティーブ、それからジンランの治療をしてる軍医だけ……。知られたら大事になるから、遠征疲れで休んでるだけってことにしていて」

「きっとその判断は正しいわ」


マリアは頷いた。

チャールズはいま、エンジェリク軍を統率する立場にある。そんな彼が毒を盛られて倒れたと知られたら、兵士たちも動揺を……。


「毒を盛られたと言うけれど、チャールズ様の具合は……?」

「とりあえず一命は取り留めた。でも今朝まで生死の境をさまよってた状態で……明日には出陣しないと……。マルセルと軍を分けてて、作戦通りなら、向こうも明日動き出すことになってる。万一を考えると、手紙を送るわけにもいかないし……」


なるほど、とマリアは考え込む。

エンジェリク軍はいま、チャールズとマルセルがそれぞれのトップとなって軍を分けている状況らしい。敵の手に渡る恐れもあるし、チャールズの不調を手紙で知らせるわけにもいかない。軍を二手に分けていることも知られては困るだろうし……。


話している間にチャールズのいるテントに着き、マリアはそっと中をうかがった。

チャールズは目を覚ましていた――ベッドに横たわり、顔色は悪い。どこかうつろな表情だが、マリアを見つけて力なく笑った。


「お邪魔しても、構いませんか?」


付き添うマオもマリアを中へと促すような仕草を見せるし、忙しなくチャールズの容態をチェックしている軍医も許可を出してくれたので、マリアはそっとベッドに近付いた。

ひざまずき、力なく放り出されたチャールズの手を握る。チャールズもぎこちなくマリアの手を握り返した――チャールズの手は冷たく、ほとんど力が入っていない。


「リチャードからこれまでの状況を聞きました。出陣は……チャールズ様は、後方で待機するわけには……」

「できるだけ、それは避けたい……。フェルナンド軍を壊滅させるチャンスなんだ……これ以上、戦禍を延ばしたくない……」


チャールズがいなかったからと言って、そう簡単にエンジェリク軍が負けるわけはないだろう。

ただ……やはり、士気は落ちる。


フェルナンド軍は確かに追い詰められているが、戦争が長くなってきて、エンジェリク側も疲弊している。明日が決戦になる――決戦にして、それで終わらせたいというチャールズの意見は至極真っ当だ。


「……分かりました。私はエンジェリク軍とチャールズ様の勝利を信じ、無事をお祈りして、お帰りを待ちますわ。マオ、リチャード……チャールズ様をしっかり支えてあげてね」


マオが頷き、リチャードも険しい表情で頷いた。

女のマリアができるのは、せいぜい明日までチャールズに付き添って、彼の看病をするだけ……。


チャールズを看病することに切り替えたマリアは、軍医の指示に従った。水を替え、消化によく滋養のつく病人食を作る――こまごまとした雑事を引き受けて働くマリアは、テントの外でスティーブ・ラドフォード伯と出くわした。


「ちょうど良かった。チャールズ様が毒を盛られた事情について、あなたとお話できないかと思っていたんです――どうして毒を盛られることになったのか」


マオは話せないし、チャールズのことで動揺しているリチャードを問い詰めるわけにもいかない。チャールズの治療に専念する軍医と喋っている暇もない――となると、尋ねる相手はラドフォード伯しかいなかった。

ラドフォード伯は頷き、簡潔に説明し始めた。


「はっきりとは分かっておりません。レミントン公爵の食事や身の回りのことには細心の注意を払っておりますし、何より、マオがよく見ている。彼の目をかいくぐるのは難しいと断言できましょう。食事も彼が必ず毒見を」


マリアも同意だ。

マオの観察眼と注意力は人並外れている。彼の目をすり抜けてチャールズに毒を盛ろうなんて、容易にできることではない。


「ですが……倒れた時のレミントン公爵の容態は、明らかに毒によるものでした。そして、心当たりもまったくないわけではありません――公爵が毒に倒れたその日、昼間、私たちは聖マヌエル修道院を訪ねました」


聖マヌエル修道院。

つい最近、マリアもその修道院を話題にしたばかり。思いもかけぬ場所が挙がり、マリアは目を丸くする。


「その反応から察するに、オルディス公爵もご存知なのですね――そう、先のキシリア王ロランド様の眠る修道院です。進軍の最中にあの修道院のそばを通りがかったので、ロランド王を悼んで我々は立ち寄りました。そこで……修道士から、差し入れの飲み物を」


ラドフォード伯はバツが悪そうな顔で、マリアを見た。


「修道士からの差し入れに対して、目の前で毒見をするのもはばかられて。まさか、ロランド王の身を預かる彼らが、ロランド王の遺児たちのために戦う私たちに害意を抱くはずがないという思い込みもありました。それで……。あの飲み物だけは、そのままレミントン公が口にすることに」


飲み物は全員が飲んでおり、その後、毒の症状で倒れたのはチャールズだけ――ラドフォード伯はそう説明を付け加える。

だから、本当に修道士たちの仕業なのかは断定できない。エンジェリク軍を排除しようとしたのなら、チャールズ一人だけに盛るのは不自然だし……でも、他に心当たりもないし……。


「たしかに……限りなく疑わしいですが、修道士たちが毒を盛ったとしたら不自然なこともありますね」

「はい。できれば調査をしておきたいですが、相手は聖職者。それに、人手もありません。レミントン公が毒に倒れたことは伏せていますから、聖マヌエルに派遣するなら、事情を話せるぐらい信頼できる人間がいないと――私やマオはレミントン公のおそばを離れられません。明日戦場に出る彼に付き添い、全力でお支えしないと」

「そうでしょうね。ラドフォード様やマオは余計なことを考えず、明日の戦場のことだけ考えてくださいな。聖マヌエルのことは、人を探さなくてもうってつけの人間がここにいるのですから」


マリアが言えば、ラドフォード伯はきょとんとなった。

ノアとララはマリアが何を考えているのかすでに察しているらしく、意味ありげな視線を送っていた。


「私が参ります。もともと、ロランド様をご家族の眠る墓地へ移すために聖マヌエルを訪ねる予定でしたから」

「それは――正直、これ以上頼りになる御方はいませんが……本当によろしいのですか?」


その問いかけは、マリアではなくマリアの従者のノアとララに向かって尋ねているようであった。あまり良くないです、とノアは溜め息をつく。


「ですが、言っても聞き入れてはくれないでしょうから」

「ま……調べておかないとまずいのは事実だよな。理由次第じゃ、放置できねえかも」


苦笑いでララはフォローする。そうよ、とマリアは便乗した。


「チャールズ様は、聖マヌエルどころかキシリアとほとんど接点はないわ。なのに毒を盛られた――理由ははっきりさせておかなくちゃ」

「聖マヌエルの修道士が毒を盛ったと決めつけておりますが、別の視点も持って考える必要もあるのでは」


ノアが冷静に反論する。

マリアに反対しているわけではなく、彼なりに考えた上での忠告だ。だから、マリアも茶化すことなく答えた。


「聖マヌエルの仕業かどうかをはっきりさせるためにも、やっぱり行って調べてみるべきだわ。私は修道士嫌いだけど、それだけで彼らを卑劣な犯人扱いするつもりはないわよ。いまのところ、彼ら以外に考えられないというだけ――それはちゃんと分かってる」

「そうですか――ならば、私もこれ以上野暮なことは言いません」


聖職者嫌いの偏見から決めつけているわけではない。

マリアのその考えを確認したノアは、反対意見を引っ込めた。


「明日、チャールズ様たちの出陣を見送ったら、私たちも聖マヌエルへ」


マリアが言えば、今度はノアもララもはっきり頷いた。

キシリア北部にある修道院。初めて訪ねる場所だ。いったいそこで何が待ち受けているのか――何が隠されているのか。

マリアは予想もできないまま、翌日を迎えた。


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