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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その悪名伝~  作者: 星見だいふく
第七部01 巣立ちと別れ
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ベナトリアで (1)


キシリアで息子たちと合流したマリアは、ローレンスが届けてくれたスカーレットの手紙を読んでいた。


「スカーレットは、フリードリヒ陛下に気に入られたみたい」


娘スカーレットの手紙には、ベナトリア王から歓迎され、城で十分もてなされている、と書かれていた。

お前も一緒に行ったんだろう、とセシリオがローレンスを見る。


「船で送って、港で見送ったのなら、そこでフリードリヒ王に会ったんじゃないのか?」

「ああ。俺が見た限り、フリードリヒ王は気の良い王様やったで。母さんにフられた腹いせにエステル寄越せなんて言ってくるような、器のちっちゃい男には見えんかったけどなぁ」


ローレンスは腕を組み、不思議そうに首を傾げる。そうだな、とクリスティアンも同意した。


「僕もベナトリア王とは多少の交流があったが……そんなことを言い出すような人には見えなかった」

「リチャードも同じようなこと言ってたな。フリードリヒ王は優しくて気さくな人間で、そんなことするような男じゃないって」


リチャードはチャールズと共にベナトリアに滞在したことがあり、フリードリヒ王の世話になったこともあった。二人も、ベナトリア側の恥知らずな要求に驚いたものだ――あのフリードリヒ王が、そんな振る舞いをするだなんて、と。


それについては、マリアも不思議に思っていた。そしてその答えは、スカーレットの手紙に書かれていた。




ベナトリアの港で、スカーレットはフリードリヒ王に出迎えられた。

顔を覆うヴェール越しに見たフリードリヒ王は、話で聞いたよりも背が高く、美丈夫な王で……自分を見る顔は、どこかむすっとして見えた。


船から降りてきたスカーレットをじっと見つめ……スカーレットが王に近づくよりも先に、王が大股でこちらへやって来る。そして、頭からすっぽり被ったスカーレットのヴェールをさっとはぎ取った。


「おまえは誰だ?」


一目で見抜かれてしまい、スカーレットは苦笑いするしかなかった。体型はほとんど同じとはいえ、ブルネットとブロンドでは、誤魔化せるはずもないのだけれど。


「マリア・オルディスの娘スカーレットと申します。美しいフリードリヒ王に一目お会いしたくて、エステルを押し退けて参りました」


悪びれることなくにっこりと笑って言えば、フリードリヒ王は目を瞬かせ、王と共に出迎えにやって来ていたベナトリア人たちは眉をひそめていた。

当然だろう。

ベナトリア側が要求したの内親王エステル。ベナトリア側に無断で他の女が――ベナトリア人たちは、王を見た。王がどのような判断を下すか、それを待っているようだ。


エンジェリク側も、ベナトリア王の判断を緊張した面持ちで待った。特に、姉の身を案じて同行したパーシーとローレンスは……いざとなったら、国際問題になったとしてもスカーレットを守る意思だ。


そして……ベナトリア王フリードリヒは、大笑いし始めた。文字通り、腹を抱えて笑っている。


「……いや、失礼した。なかなか肝の据わったお嬢さんだ。悪くない――ベナトリアは、貴女を歓迎しよう」


そう言ってスカーレットの手を取り、フリードリヒ王はその手に口付けた。


その光景に、スカーレットは内心ホッと胸を撫で下ろしていた。

どうやら、問答無用で斬り捨てられることはなさそうだ。両親のように深い愛情で結ばれた関係になれるかどうかはまだ分からないけれど、フリードリヒ王は友好的な態度だし、恐れていたような酷い展開にはならなくて良かった……。


「姉上、僕たちはこれで……。ここでお別れですね」

「来てくれてありがとう。パーシー……ローレンスも……みんな、元気でね。お母様やエドガーたちにもよろしく伝えてちょうだい」


別れを告げる弟を抱きしめる。姉弟の別れを見ていたフリードリヒ王は、パーシーに視線をやり、見覚えがある、と口を挟んだ。


「その目を見ればスカーレットの弟なのは一目瞭然だが……父親は、俺が知っている男か」

「ご推察の通り。僕は、パーシヴァル・ウォルトンと申します」

「ウォルトン……ライオネル・ウォルトンの息子か」


王国騎士団のウォルトン団長と言えば、ヒューバート先王と共に外国での戦争に参加してきた男だ。フリードリヒ王とも面識があるはず。


「俺がヒューバートを口説くのを、ことごとく邪魔をしてきた……勇敢な騎士であった。あれほどの男は、このベナトリアにもそうはいまい……」


フリードリヒ王は昔を懐かしむように呟き、パーシーもわずかに目を伏せた。


「しかし、父親に似ず美しい青年だな。実に結構。気軽に姉に会いに来て構わぬぞ――なんだったら、ベナトリアの騎士になるといい。推薦してやろう」

「謹んでお断りさせていただきます」


少し湿っぽい空気を吹き飛ばす勢いでフリードリヒ王が陽気に言えば、パーシーもにっこり笑って両断した。


「ですが……もしお許しいただけるのなら。エンジェリクから連れて参りました侍女を一人、このまま姉に仕えさせていただけないでしょうか」


パーシーが、スカーレットの後ろに控えるダーリーンに視線をやりながら言った。侍女か、とフリードリヒ王はダーリーンを見る。

年を取ってはいるが、ダーリーンは華やかな容姿をしているし、フリードリヒ王好みのはず。王は気分を害した様子もなく、笑顔で頷いた。


「構わぬ――王妃も国から連れてきた侍女をはべらせているのだ。スカーレットにも一人つけるぐらい大目に見てやれ」


安請け合いをする王を諫める臣下もいたが、フリードリヒ王は自分の言葉を翻さなかった。

ありがとうございます、とダーリーンも頭を下げ、自分の役目を果たせることを喜んだ。


「色々とありがとう、パーシー。私に付き添ったせいで、お母様の見送りもできなくなってしまって……」

「お気になさらず。母上とは、二度と会えないというわけでもないのですから。姉上に付き添ってほしいと、他ならぬ母が言っていたのですよ」


今度こそ、これで本当にお別れだ。兄と弟を抱きしめ、スカーレットはベナトリアが用意してくれた馬車に向かう。

エンジェリク軍船は、建物の向こう側へと消えてしまった……。


馬車のそばには馬が並んでおり、その内の一頭がフリードリヒ王に近づく。スカーレットを馬車へ案内するかたわら、王は自分のそばに寄ってきた馬を撫でた。

黒っぽい毛が混じった、美しい馬だ。


「馬に興味があるのか?そう言えば、マリアも馬車より馬を好む女だったな」


王の問いかけに、スカーレットは頷く。

乗馬が得意な母に教えられ、スカーレットも幼い頃から馬に慣れ親しんできた。正直に言って、いまも馬車より馬に乗りたいぐらい。さすがに、この衣装では無理だが……。


「よし……ならば、こちらに乗るといい」

「えっ。でも……」


ベナトリア王と会うため、スカーレットはドレスを着ている。この衣装でも馬に乗れなくはないが。それに、この馬は王の馬なのに。


ためらうスカーレットの手を引っ張り、王が強引に馬に乗せてくる。

馬の鞍は横乗りするためのものではないから、スカーレットもちょっと不安定に乗っていた。そんなスカーレットの後ろにフリードリヒ王が座り、容赦なく馬を走らせた。


「陛下!?」


王の臣下たちが驚く。王を止める声を聞きながら、スカーレットも落ちないよう王にしがみついた。


「先に行ってるぞ――許せ、俺も見られる趣味はないのだ!」


王の言葉の意味を考えている余裕もなく、スカーレットはひたすらフリードリヒ王にしがみついていた。

どうやら、当初の目的地に向かって王は馬を走らせているようだ。馬車でゆっくりと向かうはずが、スカーレットが馬に乗ったのをいいことに王が独断で……。


おかげさまでベナトリアの景色を楽しむ間もなく、スカーレットは目的の館に到着していた。街から離れた場所にひっそりと建てられた美しい建物――王族が所有する別荘。なぜここへ来たのかは問う必要もない。


港から、城のある王都まで距離がある。

国同士の取り決めで愛妾となったスカーレットは、王とさっさと結ばれなくてはならない。城に着いてからなどという悠長な真似ができるはずもなく。


「あの、陛下」


出迎えの召使いたちは、館にやって来たのが王とスカーレットの二人だけなのを見て目を白黒させていたが、王は構わずスカーレットを連れて部屋へ向かった。

スカーレットもされるがまま、王について行きつつ……恐るおそる声をかける。


「なんだ。拒否することは許さんぞ。いささか情緒に欠ける振る舞いだとは思うが、俺もさっさと済ませたい――いくら俺でも、閨を覗かれるなど御免だ」

「はあ。それについては私も拒否するつもりはございません」


覚悟は決めているが、やっぱり初夜を人に見られるのはスカーレットも嫌だ。王が回避したいと言ってくれるなら、有難く自分もそれに乗っかりたい。

それはいいのだが……。


「あの……私、経験がないのです。ベナトリアに来る前に経験を積んでおくべきかとも思ったのですが……付け焼き刃で身に着けるぐらいなら、すべて陛下にお任せしたほうがいいと言われまして」


フリードリヒ王が振り返り、まじまじとスカーレットを見てくる。さすがのスカーレットも、顔が熱くなるのを感じた。


愛妾に求められているのだから、王に喜ばれるよう自分も知識と技術を身につけておくべきではないか――母に相談してみたら、変に経験を積むよりも、フリードリヒ王に素直に打ち明けて彼に任せるべきだと助言された。王は経験豊富だし、その点については頼ればいいと。

だから、母からは頼み方を教わった。


「えっと……どうぞ、王の望むまま……貴方様好みにしつけてくださいませ……」

「……そう言えと、マリアに言われたのか?」


自分を凝視してくる王の視線に耐えきれず身を縮こませながら、スカーレットは小さく頷く。

王は長い溜息をついた。


「さすがは魔女と言うべきか。男の喜ばせ方をよく知っている――娘に、なんと恐ろしい殺し文句を教えているのだ」


そう言って、王はスカーレットを抱き上げる。王の強引さに流されるままベッドに放り出されたスカーレットに、フリードリヒ王が覆いかぶさってきた。


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