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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その悪名伝~  作者: 星見だいふく
こぼれ小話
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新婚さんは浮かれ気味


母を失ったわずか三年後に父を失くし、親しい人たちを立て続けに喪ったエドガー王。即位した年、彼はその一年を黒い喪服を着続けたと言う。

悲しみの多い年ではあったが……アイリーンとの結婚は、エンジェリク国民を大いに喜ばせた。


人気絶頂時に惜しまれながら引退した歌手アイリーン。幼い頃からの初恋同士の、実にロマンチックなラブストーリーは、エンジェリクに新たな逸話を作ったのだった。




「エドガー。もうそろそろ政務へ向かわないと」


長椅子に腰かけたアイリーンの膝を枕にして、エドガーはごろごろと甘えていた。


「もうちょっと……ジェラルドが来たら、ちゃんと仕事に行くから」

「仕方ない子ね。ドレイク宰相がいらしたら、びしっとするのよ」


自分に甘える夫を説教するが、その口調は優しい。アイリーンが髪を撫でれば、エドガーは幸せそうに笑う。

夫婦と言うより……かつてのマリア、オフェリア姉妹の姿を思い起こさせる光景だった。


「陛下、失礼します」

「ニコラス」


部屋に入ってきた相手を見て、アイリーンは少しだけ目を丸くする。

王妃そっくりのポーカーフェイスに、父親譲りの美貌――アイリーンの双子の弟ニコラス。双子なのだが、姉は自分だとアイリーンが主張して譲らないから、そういうことになっている。


「父の出勤が遅れているので、代わりに参上いたしました。陛下、そろそろ執務室へ」

「お父様に何かあったの?」


アイリーンが驚き、表情をわずかに曇らせた。

彼女が不安に感じるのも当然だ。ジェラルド・ドレイク宰相が遅れて来る、だなんて。彼をよく知る人ほど、そんなことが起こるのかと驚くだろう。


「体調でも悪いの?」


身体を起こし、ニコラスと向かい合いながらエドガーが尋ねた。


「いえ。単なる寝坊です」

「ねぼう」


ニコラスの答えに、エドガーはぱちくりと目を瞬かせる。アイリーンも、そんな馬鹿な、と言いたげな顔をしている――傍目には変化のないポーカーフェイスだが。


あのドレイク宰相が寝坊。仕事人間で、生涯を仕事と結婚したような男が。


「陛下が驚くのも無理はありません――息子の私も、かなり驚いています。そのようなことがありえるのかと……。母と結婚してから、父は急に人間アピールを初めまして」


父親に向かって、なかなか酷い言い草である。エドガーも苦笑いだ。


「人間アピールをしているというか……お母様の前では、お父様も所詮ただの男ということよ。昔からぞっこんだったもの」


そう言って、アイリーンが微笑む。


父が母にベタ惚れなのは、子どもの目から見ても明らかだった。誤解されやすい父のことを母はよく理解してくれていて……孤立しがちな彼に、さりげなく寄り添ってくれて。

見返りを期待したわけではなかったが、長年の想い人が妻となって、父は幸せなのだ。




「ジェラルド様。そろそろお仕事のお時間では?」


夫の着替えを手伝いながら、マリアは出勤を促す。上着の襟を正して、これでいつでも城へ向かえるように……なったというのに、ジェラルドはマリアを抱き寄せることに夢中で、自分でちゃんと羽織ってくれない。

それどころか、さりげなくマリアの服を脱がせようとしてくるし。


「もうお仕事です。私も一緒に出勤しますから――馬車の中でエッチなことするのは禁止ですよ」


ならば同じ馬車に、という内心をモロに顔に出してきたから、マリアも牽制しておくことにした。


せめて隣に座って欲しいと懇願されたので、仕方なく並んで座る。本当は向かい合いで、距離を取っておきたいのだが……マリアの予想した通り、隙あらば変なところに触ってくるのだから、まったく……。


「変態で意外と好き者なのは存じておりましたが、結婚してから、いよいよ色ボケしてきていませんか。お年ですし……無茶はよくありませんよ。少しは控えたほうが」


互いに年を考えろ、と遠回しに諫めてみるが、ジェラルドは構う様子がない。

……そこは構うべきだと思うの。


「マリア」


マリアを抱き寄せ、ジェラルドが名を呼ぶ。なんですか、と夫を見上げてみれば、彼はかすかに笑っていた。


「あなたが思っている以上に、私は浮かれている。あなたを妻にできたこと……初めて会った時から、ずっと惹かれていた相手なのだから」


目を丸くし、マリアはまじまじと夫を見つめる。

以前、自分はマリアに一目惚れしたのだと、冗談めかして話してくれたことがあったが……。


「……ライオネルは、きっと歯ぎしりして悔しがるだろうな」

「もしかして、実はちょっと気にしていたりします?レオン様に抜け駆けされたこと」


出会ったのはジェラルドのほうが先だったのに、男女の仲になったのはウォルトン団長のほうが先だった。こればっかりは、マリアも彼とそんな関係になるつもりはなかったのだから仕方ないのだけれど。


「ちょっと気にしていたどころではない。ものすごく気にしていた」

「あら」


夫の答えに、マリアも思わず笑ってしまった。


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