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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その悪名伝~  作者: 星見だいふく
第六部03 新しい日の出
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不思議な絆 (2)


夕食も終わり、屋敷の人たちも寝静まった頃。チャールズがマリアの部屋を訪ねてきた。


入ってもいいか、と声をかけてくるので、どうぞ、とマリアも返したのに。部屋の出入り口でちらちらとマリアの顔色をうかがってくるのはなぜだろう。


どうもチャールズは、マリアを前にすると母親の顔色をうかがう幼子のようになってしまいがちだ。マリアがそうさせるものを持っているのか……昔、横腹を蹴飛ばされた時の痛みが忘れられないのか。


「何か、私に話でもあるのですか?」


二人並んでベッドに腰かけ、マリアが先に口を開いた。


チャールズがソワソワする理由に、今回は心当たりがある。

リチャードに、レミントン家の養子になる話をしたのだ。


「リチャードは……何か言ってたか?」

「チャールズ様から話を聞かされて、承諾したと話しておりました」

「それは知ってる。そうじゃなくて……」


チャールズが何を聞きたいのか分かっているのに……ちょっぴり、意地悪にとぼけてみる。

クスクスと笑うマリアに、しゅんとチャールズはうなだれた。


「あなたのことを父上と呼ぶべきか――私に尋ねてきましたわ」


チャールズから養子に来ないかと言う話を聞かされ、それを承諾したリチャードは、その後マリアのところへ来て、真剣な表情でそう質問してきた。

……結局、チャールズは自分がリチャードの実父であることを打ち明けなかったらしい。


でも、これでチャールズとリチャードは戸籍上の親子ということになる。父と呼びかけても何の問題もない。だから……そう呼びかけたほうがいいのか、マリアに相談しに来た。


「自分の好きなように呼びなさい、と。そう答えました。否定するわけではないけれど、やっぱり、シオン様もリチャードの大切なお父様であることは事実ですもの。父と呼ぶのが自然だと思ったらそうすればいいし、無理に呼ぶ必要もないわ」

「……そうか。そうだな。俺もそれでいいと思う。リチャードは色んな人に愛されていた――それでいいんだ」


納得したように頷くチャールズに、マリアはまたクスクスと笑う。


「ふふ……。ジンランは父上って感じの見た目じゃないし、それがいいね――だそうですわよ」

「あいつめ」


言いながらもチャールズも笑い、マリアを抱き寄せてきた。

背後からマリアを抱きしめ、マリアの髪に顔を埋めて来る。


「……夏が終われば、いよいよキシリアだ。今度の戦は、本人の希望もあってリチャードも連れて行く。リチャードにとっては、最初で最後の戦場だ――そうあって欲しい」

「反対するつもりはありません。我が家からは、他にセシリオとローレンスも参加します。パーシーは残念がっておりましたが……あの子たちにも役割ができて、全体のことを考える必要がでてきました」


キシリアでの戦争は、王国騎士団は不参加となった。

近衛騎士隊が参加するため……というか、隊長のマルセルが絶対に自分が戦いたいと頑として譲らなかったから。


先のフランシーヌ軍との戦争で、一部の敗走兵がキシリアに逃げ込んだらしい。

その中に、ヒューバート王の仇がいる。そいつを必ず自分の手で仕留めたい――復讐に取り憑かれたマルセルは、もはや誰が説得しても止められない。仇を討たせるしかない。


こうして、キシリアへはエンジェリクの近衛騎士隊と、ローレンスが提督代理を務めるエンジェリク海軍、カルロス王子が中心となったオレゴンの義勇軍、イサベル王女に寝返った一部のキシリア軍で戦うことになり――セシリオは、キシリア軍のリーダーだ。

そしてそれらすべてをまとめるのが、チャールズ……。


「まだ、一部の人にしか話していないのですが……私も、キシリアへ行くつもりです」


マリアが打ち明けると、チャールズは目を丸くし、マリアの顔をまじまじと見つめた。


「正確には、キシリアへ帰ろうと思っているのです」

「キシリアへ……お前が……。お前の子どもたちは?」

「リリアン、パーシー、ニコラス、アイリーン……それにリチャードは、キシリアへは連れて行けませんわ。あの子たちにはエンジェリクでの生活がありますもの。セシリオは戦争が終わればキシリアで落ち着くでしょうが。クリスティアン、ローレンス、スカーレットは、本人の希望次第ですね」


ローレンスはエンジェリク海軍だが、自分で船を出してキシリアへ遊びに来る生活になるかもしれない。

クリスティアンやスカーレットは、自分の本拠地をどこに定めるか――二人も、ローレンスのようにエンジェリクとキシリアを行ったり来たりになるのではないだろうか。


「セレンとヴィクトリアは、私の生活が落ち着いたらキシリアへ呼び寄せるつもりです。とは言え、私自身、いったいいつ落ち着くか分からない状態です。一年ぐらいは、キシリアのあちこちを放浪することになるでしょう」


セレーナ家の父母の墓や、亡くなった先のアルフォンソ王妃や王子たちに祈りを捧げに行かなくてはならないし、シルビオやオーウェン・ブレイクリーを改めて弔わないといけない。

何より、ロランド王をきちんと埋葬しなくては。フェルナンドの反乱のせいで、ロランド王はまともに葬儀すら挙げられていないのだ。

キシリアへ行ったら、やらなくてはいけないことだらけで……。


「ララやノアは知ってるのか?」

「ナタリアと、その二人には真っ先に話しました。ナタリアもキシリアに連れて行きますが、セレーナ家の墓参りをしたら一旦エンジェリクに戻らせます。子どもたちが残っていますから、セレンやヴィクトリアがキシリアへ来れるようになるまでは、彼女にはエンジェリクにいてもらわないと。ララとノア様は、私と一緒にキシリアへ来るそうです――と言うか……ララは、キシリアの戦争が終わったら、自分もチャコ帝国に帰るつもりみたいです」

「えっ。ララって、確か……チャコには帰れないんじゃ……?」


驚くチャールズに、マリアも頷く。


ララは、チャコ帝国の先の王の息子。いまは、ララの兄弟が王となっている。

チャコには、王になれなかった王子はすべて殺されるという、恐るべき風習が残っている。王位継承権を放棄し、外国に永住することを選んだから、ララは辛うじて見逃された状態で。


「アレクの遺体を、故郷へ連れて帰りたいんだそうです」


これについては、マリアは最初、反対した。

ララを無駄死にさせたくなかった。アレクだって、自分のためにララが殺されに帰ると知ったら、猛反対しただろう。故郷は、ララの帰還を拒みはしない。ただ……足を踏み入れたら最後、二度と生きて国を出ることは叶わないだけ。

永遠の別れを意味する――でも、ララもずっと考えていた。


――俺があいつを連れ出した。だから、責任を持って連れて帰りたいんだ。

悲しみに揺れながらも、真っ直ぐに自分を見つめてそう言ったララに、反対しても無駄なのだとマリアは悟った。


妹オフェリアのためにマリアが生きたように、アレクが、ララの生きる意味だった。

周りが反対したぐらいで、彼の決意は変わらない。それは、マリアには痛いほど身に覚えのある感覚だ。


「そうか……寂しくなるな。すごく……寂しい」


マリアをぎゅっと抱きしめ、チャールズが呟く。


「ドレイク卿は、なんて……?」

「承諾してくださいました」


――いつかそうなるだろう……止められないだろう、ということは、とっくに分かっていた。

結婚したばかりだというのに、蜜月も終わりきらぬ内に新妻から打ち明けられ、ドレイク宰相は静かにそう答えた。


いつものポーカーフェイス……ではなく、悲しげな表情で。でも、マリアの選択を尊重してくれた。


「……時々、会いに行ってもいいか?リチャードと一緒に」

「はい、是非――でもその前に、キシリアでの戦争に勝ってくださいね。私がキシリアへ帰れるかどうかは、チャールズ様次第ですのよ」

「そう言われると……お前を帰したくないし、複雑な気分になってきた」


そう言ってさらに自分を抱き寄せてくるチャールズに、もう、とマリアは困ったように笑う。




翌日。子どもたちには、どう話を切り出そうかしら――なんてことを、マリアは考えていた。

セレンとも仲直りできたことだし、自分たちの今後を、そろそろちゃんと話し合わなくてはいけない。


それに……キシリアへ行ってしまうのなら、エンジェリクやオルディスで、できるだけのことをしておかないと。


「コーデリア様。コーデリア様に、お手紙が届いております。プラント領から」


郵便を取ってきたナタリアが、一通の手紙をコーデリアに差し出す。

受け取って手紙を読んだコーデリアは、表情を曇らせた。


「家人からだわ。アーサーが体調を崩して、寝込んでいるって。かなり悪いみたい」

「すぐ帰ってあげないと」


リリアンが心配そうに言い、すぐに馬車が呼ばれることになった。


母親が亡くなり、若いアーサーも心労が積み重なったのだろう。大事なければ良いのだが――コーデリアを見送った後、子どもたちもそんなことを話していた。


日も暮れた頃、屋敷にシモン院長が駆け込んできた。


「夜分に失礼します――オルディス公爵、コーデリア嬢は……!?」

「コーデリアなら、昼過ぎに馬車でプラントへ帰りましたが」


マリアが答えると、間に合わなかった、と院長が肩で息をしながら悔しがる。


「どうかしたの?コーデリアに何か……」


リチャードが、不安げに院長に尋ねる。


「説明はあとで。いまはとにかく、彼女を追いかけないと。プラントに着く前に、なんとか」

「馬で追いかけよう。向こうは馬車だ。すぐに追いつけるはず」


チャールズが急いで言った。


マリアも同意し、ノアとリチャードを連れ、馬を出してコーデリアを追いかけた。暗い夜道をシモン院長に先導され、マオを連れたチャールズも共に駆ける。

変態発言の多いシモン院長だが、いたずらに人を不安にさせるようなことは言わない人間だ――それについては、信頼してもいい。


しかし、先に出発してしまったコーデリアにはなかなか追いつけない。

コーデリアに会うよりも、オルディスとプラントの境目でもある関所に着いてしまった。


彼女はもう、プラントに入ってしまったのか。だけど、すぐにコーデリアが乗っていった馬車が見つかって。

プラントから迎えにきた馬車に、コーデリアは乗り換えようとしている……。


「コーデリア!」


リチャードが大声でコーデリアに呼びかけると、彼女は振り返った。

プラントから来た馬車の御者たちが、ちっと舌打ちするのをマリアは見逃さなかった。馬車から離れてリチャードのほうへ行こうとするコーデリアの腕を乱暴につかみ、驚いて抵抗する彼女を無理やり馬車に押し込もうとする。


馬車を出せ、と御者席に座る男に向かって命令する者もいた――御者席の男は馬に合図を出そうとしたが、チャールズの放った弓が額に命中し、馬たちが走り出すことはなかった。


誘拐犯たちは剣を抜き、実力行使に出た。

ノアにマオに……シモン院長は、かつて聖堂騎士団で隊長を務めていた武人だ。このメンバーに挑んで勝てるわけがない。正規の軍隊でも、彼らの相手は手こずるだろうに。


「コーデリア、追いついてよかったわ」


マリアはホッと笑い、リチャードもコーデリアを抱きしめた。

リチャードの腕の中で、コーデリアはきょとんと目を瞬かせていた。


「コーデリア様。私は今朝、プラントへ行って参りました――教会長殿に、前から会いに行く予定がありまして。そこで、プラントの異変を知りました」


シモン院長が、険しい表情で話す。


「お屋敷に、プラント一族が乗り込んできております。弟君のアーサー様は奴らに拘束され、お父君のセドリック様は、すでに……。亡骸が晒されているのを、私がこの目で確認しました」


短く悲鳴を上げ、コーデリアは真っ青な顔で口を覆う。衝撃によろけた身体を、リチャードが支えた。


コーデリアを追いかける道すがら、マリアたちも院長から話は聞いた。

聡明な当主が亡くなった隙を狙い、強欲なプラント一族が本家を乗っ取りにやって来たと。


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