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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その悪名伝~  作者: 星見だいふく
第六部02 斜陽 そして落日
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気を取られる


新しい年を迎え、城は真っ白に染まっていた。中庭には雪が積もり、リチャードと一緒に、エドガー王子はスノーマン作りをしている。


「僕の父さんは、スノーマン作りが上手だったんだ。でもエンジェリクに来て初めて知ったんだけど、スノーマンって三段重ねなんだね」


ふーん、とエドガー王子は不思議そうに首を傾げた。


いまや王子の従者となったアレクは、黙々とその横で雪玉を転がしている。あれは、エドガー王子たちが使うにはちょっと大き過ぎるような。


「春になる前に、チャールズには一軍を率いて先に出発してもらう。目的はフレデリクの奪還――その後、本隊を連れて僕もフランシーヌへ向かう。対キシリアを考え、フレデリクは何としても取り返さないといけない。僕たちはフランシーヌ軍の本陣を叩くと同時に、陽動も兼ねている」


中庭で楽しそうにはしゃぐエドガー王子を見つめながら、ヒューバート王が説明する。マリアは王の横顔を見ていた。


「……その戦いに、エドガーを連れて行くつもりだ」

「殿下を?でも……早過ぎませんか?」


フランシーヌとの戦争を再開する頃には、エドガー王子も十三歳になっているだろう。それぐらいで戦場に駆り出される少年も、珍しくはないが……。


「君の懸念はもっともだ。まだ若いし……何より、あの子は争いごとが苦手だ。戦に連れて行くと言っても、前線に出すつもりはない。本陣の警護ということにして、後方で待機させる。護衛もしっかりつけて、間違ってもエドガーが直接戦うことのないよう配慮する。目的はあくまで、戦場の空気を経験させること――戦というものがどういうことか、それを知って欲しいだけだ」


すぐに返事をすることができず、マリアは考え込む。


それでも、危険はある。王妃のいないエンジェリクにとって、エドガー王子は事実上の王太子。ともすれば、ヒューバート王よりもずっと狙われやすい相手。

息子たちを戦場に送るのだって心配でならないのに、息子たちと違って、エドガー王子は武術を苦手としている。


そんな王子を……と思う一方で、エドガー王子がいるのなら、ヒューバート王も戦を長引かせる真似はしないのでは、とも思ってしまう。

エンジェリクは、もう戦を終わらせなくてはならない。オフェリアを喪って以降、戦場に逃げているヒューバート王も、エドガー王子のためなら離れてくれるのでは。


「それで……マリア。できれば、君も一緒に来て欲しい」

「私も、ですか?」


思いもかけぬ言葉に、考え込んでいたマリアも顔を上げ、目を丸くした。


「争いごとが苦手な子だ。不安と恐怖でいっぱいになる――でも、一度戦場に出てしまったら、僕もエドガーのことだけを考えてはいられない。怯えるエドガーの心に、ずっと寄り添ってやることはできないだろう。君がそばにいて、フォローしてくれるなら」


戦場に出る。

マリアにとっても、それは初めての経験だ。実際には戦場まで同伴するわけではなく、さらに後方の場所で待機させられることにはなるのだろうけれど。


「フランシーヌに、私も……」


フランシーヌ――何かと縁があるようで、遠い国であった。結局、いままであの国と直接関わることはなかった。


「承知いたしました。私も、共に参ります。フランシーヌへ」


何ができるわけでもなし、何かできることがあるわけでもないが、少しでも近くにいられるのなら。マリアとしても、そちらのほうが安心だ。




雪も解けた春。エンジェリク軍は、再びフランシーヌ目指して国を発つこととなった。

半月ほど前にチャールズたち先遣隊を見送った港で、今度はマリアが見送られる側だ。


「初めての戦場なんだから、上手くいかないのが普通なのよ。決して無茶はせず、危ないと思ったら素直にアレクやセシリオたちを頼りなさい。必ず、無事に帰って来てね」


ドレイク宰相と共に、エステル王女は城で留守番。エドガー王子の出陣を知らされてから今日までずっと、弟の身を何より案じている。

笑顔で頷く弟を、ぎゅっと抱きしめた。


「お父様も、どうかご無事で。それに、マクシミリアン様をちゃんと連れて帰ってきてくださいね。今度こそ、いい加減結婚させてもらいますから」


父を心配しつつも、ちょっと拗ねたように話すエステル王女に、ヒューバート王は苦笑する。それでも、父娘はしっかり抱き合った。


「お父様。エドガーとお母様を守ってね」

「分かってる」


アレクも、娘のセレンの見送りを受け、抱き合っていた。父に行ってらっしゃいのキスをしながら、セレンは悪戯っぽく笑う。


「それから、帰ってきたら私とララのことも認めてね。私、ララのお嫁さんになるんだから!」

「それはダメ」


きっぱりと拒否するアレクに、セレンは不満げな声を上げる。そんなやり取りを眺め、ララも苦笑いしていた。


「お前も気をつけろよ。ノアの言うことはちゃんと聞け。今回ばっかりは、ワガママは厳禁だからな」

「いくら私だって、敵地に行ってまでそんなことしないわよ」


心外な、と言わんばかりにマリアは反論したが、どうだか、とララは呆れたように笑うばかり。

マリアを頼む、とララはノアにも声をかけていた。


「ベルダ、マリア様とエドガー様をお願いね。マリア様がワガママ言ったら、あなたからも諫めるのよ」


ナタリアまで、ベルダにそんなふうに言うのだから、まったく。


フランシーヌに渡るにあたり、マリアは自分の従者としてノアを、身の回りの世話をしてもらうためにベルダを侍女として連れて行くことにした。アレクは王子の護衛役だ。

ララやナタリアも考えたのだが、エンジェリクに残って娘たちを任せる相手も必要だし、ノアとベルダを選ぶことにした。


「ナタリア様、もしフェリクスが帰ってきたら、よろしくお願いします――もう、マルセル。いい加減、拗ねるのは止めなさいよ。あの子にはあの子の生きたい道があるんだから」


息子の名前が出てきて、王の従者も務める近衛騎士隊長は顔をしかめている。

ベルダとマルセルの息子フェリクスは、クリスティアンと共にイヴァンカへ行ってしまった――ノアがマリアの従者となってしまったから、クリスティアンの護衛役をフェリクスが務めることになった。

息子を、自分と同じ王家に仕える騎士にしたかったマルセルは、クラベル商会で働くことを選んだフェリクスに不満たらたらだ……。




海軍提督ローレンス・ブレイクリーの指揮のもと、船はフランシーヌを目指して快調に進んでいた。

初めて国を出ることになったエドガー王子は、船から見える景色を興味深げに眺めつつも、マリアたちにべったりだった。


オルディス公爵家への不満をこれ以上煽らないためにも、リチャードの参加は控えたのだが……こうなるなら、いっそリチャードを連れてくればよかったと、マリアは少し後悔していた。


初めての外国……初めての戦場……。エドガー王子は不安だらけ。

でも、軍隊を指揮する父親は忙しくて、寂しいという理由で王に近づくわけにもいかない。そうなると、伯母のマリアやいとこのセシリオ、パーシーたちのそばにいたるがるもので。


騎士たちは王子にアピールしようとやって来るのだが、不安でいっぱいのエドガー王子は周囲を気遣う余裕もなく――その光景は、オルディス公爵家の母子が王子を寡占しているようにも見える。

……不満を解消することは不可能なら、リチャードも連れてきて、エドガー王子を安心させることを優先すればよかった。


王子と一番親しいいとこはリチャードだし、同じく初めての戦場だから、リチャードは共感してエドガー王子の不安に寄り添ってくれたことだろう。




フランシーヌに到着すると、ヒューバート王率いるエンジェリク本隊と別れ、ローレンスは軍艦を率いてチャールズたちのいるフレデリクへ向かった。

マリアはヒューバート王と共にフランシーヌを南下する。去年の内にエンジェリク軍が侵攻したルートを辿るから、さほど困難な旅ではなかった。


フランシーヌ国南部に位置するマリー=アンジュ城。海に近く、対エンジェリクの防衛の砦も兼ねた城塞である。すでにエンジェリク軍によって陥落しており、フランシーヌでの拠点となっていた。

フランシーヌの首都は南方に位置するため、このマリー=アンジュ城からもさほど距離はないそうだが……。


「首都を落とすつもりはない。フランシーヌとの戦争は、あくまでキシリアから手を引かせるための牽制。チャールズたちがフレデリクを落としている間、陽動の役割もある。三日もすれば、このマリー=アンジュ城を引き上げてフレデリクに向かい、合流する」


ヒューバート王の説明を聞き、マリアは頷いた。


戦術についてはあまり詳しくない。口出しできる領分ではないから、マリアは王の指示に従うのみ。

ただ、この城に滞在する期間はさほど長くないことは分かった。この様子だと、直接戦場に出る機会も少なそうだ。


「本格的に戦うつもりはない。エンジェリク軍が再び迫ってきたことを相手に示す程度で――あまり意欲的に戦うと、かえって藪蛇となってしまう。なにせ、首都が近い。国の存続がかかっていると思い込んで、フランシーヌ軍が決死の覚悟で逆襲してくる恐れもある。キシリアとの戦が本命なのだから、ここで戦力を消耗させるわけにはいかない」


つまり、ちょっと戦争するような気配を見せるだけで、さっさと撤退もあり得るということか――エドガー王子が参加するのだから、それでも十分心配だ。


「明日の明朝、この城を発つ。でも、夜には帰って来ることになるだろう。まともに戦うわけではないから、手柄の立てようもなくて不満を持つ者が現れるかもしれないが……」


王は兵士たちの士気を心配し、マリアも曖昧に笑って返すことしかできなかった。


軍に同行して、マリアもはっきりと感じた。軍隊の中に、隠すことのできない感情が渦巻いていることを。

自分の存在は、そんな微妙な空気をさらに悪化させることになるかもしれない。それが分かっていても、どうしようもない状況。


とにかくいまは、目の前のフランシーヌ軍だ。不満を抱く味方は大きな不安要素ではあるが、味方に気を取られて敵に滅ぼされていては、笑い話にもならない。


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