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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その悪名伝~  作者: 星見だいふく
最終章序幕 忌むべき血筋の末裔
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禍 後編


ヒューバート王たちの前評判通り、セシリオとパーシーの試合は、観客たちの注目を大いに集めた。

十三歳のセシリオ。弟パーシーは九歳。若手の騎士たちの中でも、特にこの二人は若い。パーシーは間違いなく最年少だ。


だが、この二人の実力はずば抜けている。他の騎士たちが若く未熟なことを差し引いても、二人は際立っていた。


「やはり、セシリオとパーシヴァルによる決勝戦は、最大の目玉となりそうだな」


騎士たちが力の限り戦う姿に満足しながらも、ロランド王はさらなる期待を寄せて、決勝戦を楽しみにしていた。ヒューバート王も、笑顔で同意する。


「次はいよいよ決勝戦だね。セシリオもパーシーも、とっても強いな」


父親の隣で試合を観戦するエドガー王子が、感心したように話す。あなたも強くなるのよ、と王女が励ますが、苦手なんだもん、と王子はしゅんとなって呟いた。エドガー王子は、武術に対して苦手意識を持っているらしい。


「お兄ちゃまなんだし、勝つのはやっぱりセシリオのほうかな」


王妃オフェリアが何気なく言えば、分からんぞ、とウォルトン団長は自信たっぷりに答える。


「パーシーは、常に格上の相手と戦ってきているからな。この勝負、意外とパーシーのほうが有利だと僕は思ってるぞ。セシリオは、自分より背の低い相手との戦いには慣れていないだろう?」


ウォルトン団長の言葉に、シルビオは黙った。図星だったのだろう。


試合は、ウォルトン団長の言うように、決してパーシー不利な戦いではなかった。


セシリオは父親に似て痩身な少年だが、パーシーはもっと小柄で。でも、自分より体格が良い相手との戦い方を熟知している。セシリオも、苦戦を強いられるというほどではないが、思ったより戦いにくい相手で攻めあぐねているようだ。


なかなかの好勝負に観客の応援も盛り上がり――試合は、唐突に終わった。

セシリオの武器が、パーシーの攻撃であっけなく折れたからだ。互いに、この程度で武器が破損するのは予想外だったらしく、折れた剣を二人とも見つめていた。


「え……これで終わり……?」

「武器がなくなった以上、セシリオの負けってことになるけど……」


観客たちもどよめき、事態を飲み込めないでいるようだった。試合である以上、どちらかが勝ち、どちらかが負けるのは当然の結果ではあるが……こんなつまらない展開になるなんて。


「どの騎士も見事であった。素晴らしい戦いに、余はおおいに満足した!」


立ち上がり、キシリア王が叫ぶ。満面の笑顔で拍手をするキシリア王の隣で、ヒューバート王と王妃も騎士たちに拍手を送った。

二人の王が取り成したことで観客の間で流れる空気も変わり、武術大会は良い雰囲気のまま終わった……。




「弟に負けるとは情けない。おまえも、まだまだ修行が足りんってことだな!」


試合会場の片づけが進む中庭の片隅で、セシリオはキシリア語を話す弟に笑われていた。うるさい、と苦笑まじりにセシリオは弟をどつく。弟はニヤニヤと笑い――軽口を叩いても険悪な空気にならないぐらい、この二人は仲が良いのだ、本当は。

すごかったよ、と二人のそばで、小さな男の子がぴょこぴょこ跳ねながらセシリオに賛辞を送る。男の子の年齢は、エドガー王子と同じぐらいだろうか。


二人の弟に囲まれるセシリオのもとに、また彼の兄弟が。

セシリオの兄クリスティアンは、髪の色と男であることを除けば母親にそっくりだそうだから、見ればすぐに分かった。

クリスティアンと、先ほどまで試合をしていた弟パーシヴァル……もう一人、銀髪の少年の三人が、セシリオたちのところへやって来る。


「二人とも、見事な試合っぷりだったな。最後の結末はちょっと残念だったが……二人揃って決勝戦まで勝ち進んだだけでも、十分に頑張ったよ」


兄に褒められ、セシリオは控え目ながらに嬉しそうに笑った。銀髪の少年も兄を称賛するが、パーシヴァルは複雑な表情だ。


「兄上。陛下に申し出て、試合をやり直させてもらいましょう。僕も、こんな勝ち方は納得いきません」


パーシーの主張に、セシリオ以外の兄弟たちが驚いた。


「たしかに、武器破壊は僕が得意とする戦法です。だからこそ分かるんです――あの程度で、剣が折れるはずがない。明らかにおかしい」

「セシリオの剣に、何か細工がされていたと言いたいのか?」


クリスティアンが口を挟む。


「試合用の武器は、公正を期すために騎士団からの貸し出しとなっています。試合ごとに交換するので、細工は容易だと思いますが……」


銀髪の少年が言えば、キシリア語を話す弟が憤慨した。


「なら、あの試合はセシリオが負けるように仕組まれてたってことか?セシリオ、何をぼーっとしてるんだよ、さっさとおじ上に言いに行け!パーシーだって、こんな勝ち方しても嬉しくともなんともないんだ!試合は無効や!」

「いや。結局、俺の未熟さが勝負の決め手だった。あれはパーシーの勝ちだよ」


首を振るセシリオに弟たちは眉をひそめたが、セシリオも譲らない。


「戦場では何が起こるか分からない。戦う前に武器を確認しなかった俺が悪い。拾った武器で戦うことになることだってあるだろう――手にした武器のせいだと訴えて勝負を無効にしてくれと言ったところで、敵は聞き入れてくれないだろう?今回のことは、良い勉強になった。ローレンスの言う通り、俺はまだまだ修行が足りないな」


誰も、それ以上は何も言えなかった。クリスティアンだけは、悔しそうにするパーシーを慰めるように、弟の頭をぽんと撫でた。


セシリオは試合の結果に納得しているようだが、それでも、母親の姿が見えると、少し気まずそうな表情で姿勢を正した。

息子をじっと見つめるマリアは、何を考えているのか読み取りにくい表情をしていた。


「母上……その……申し訳ありませんでした。無様な試合をしてしまって……母上の名誉を貶めてしまいました」

「私の名誉?セシリオ、あなた、自惚れ過ぎよ。あなたの行動ひとつで、私の名誉がどうこうなるわけないじゃない。私を誰だと思ってるの?」


マリアが笑う。優しいほほえみを浮かべ、手を伸ばして、セシリオの頬にそっと触れる。


「あなたたちが無事でさえいてくれれば、それで十分よ。私の名誉なんてどうでもいいの」


そう言って、セシリオの頭を撫でる。セシリオは、困ったように母親を見た。


「あの……俺ももう大きくなりましたから……。さすがに恥ずかしいのですが……」

「だめよ。負けた罰として、あなたは私に甘やかされるの」


悪戯っぽくマリアは言い、セシリオの弟たちがニヤニヤ笑う。


その光景を離れた場所からひそかに眺めていたフェルナンドのそばで、フェルナンドの従者は嘲笑う。


「なんと下らぬ女だ。あのように男を誑かし、息子すら腑抜けにしておるのだな」


侮蔑するような従者の言葉は、フェルナンドの耳にはほとんど入らなかった。

ただ激しい憎悪と嫉妬がフェルナンドの心に渦巻き、異母兄をじっと見つめていた。


どうしてあいつは、母親に責められない?

優しく頭を撫でてもらって、優しい言葉で慈しまれて。

――生まれる順番が違っていれば、ああやって兄弟に囲まれ、母に微笑みかけてもらうのは自分だったのに……。


「……これで、おまえたちは満足なのか」


声をかけられ、フェルナンドは一瞬動揺した。振り返れば、いつの間にか、自分たちのそばにシルビオが。

父は、冷たい表情をしている。内心の動揺は表に出さず、フェルナンドも冷たい目で父を睨み返す。フェルナンドの従者も、何のことですかな、と平然と反論した。


「セシリオ様は残念でしたね。勝負は時の運とも申しますし、今回は、運がなかったのでしょう」


従者の言葉に、シルビオは何か言いたげな顔だ。だが何も言わず、そうか、と呟いてあっさり立ち去ってしまった。

分かっているのなら、それを問い詰めればいいものを。

あの男はいつもそうだ。何か言いたげなそぶりは見せるくせに、踏み込んでこようとはしない。結局、あいつはただの臆病者なのだ。そうやって、見て見ぬふりばかりする。




夜は、キシリア王を歓迎してささやかなパーティーが開かれた。

ロランド王は美しい女性に囲まれてご満悦だ。いつもなら彼を諫めるお目付け役は、今夜に限って、二人揃って王のそばを離れている。


幼いフェルナンドはパーティーが始まってほどなく与えられた客室に戻ることになり、途中の廊下で、シルビオとマリアを見かけた。


「ロランド王は相変わらず美女を侍らせ、熱心に口説いている――が、やはりアルフォンソ王妃が生きていた頃に比べると、覇気がない」

「そうでしょうね。浮気者で女好きで……不誠実な夫ではあったけれど、お二人は特別な絆で結ばれていたもの。アルフォンソ様は、ロランド様にとって特別な御方。代わりなんて、いるはずがないわ」


そのような話がちらりと聞こえてきたが、フェルナンドは客室へと案内する城の女官たちに促され、それ以上、二人のことを観察することはできなかった。


その後、二人はどうしたのか。

ちょっとだけ考えたが、翌日、考える必要もなくそれを知ることになった。


美しい女性たちと仲良くなったロランド王は、誰もが予想した通り、朝になってもなかなか起きてこなかった。普段なら、シルビオがそんな王を叩き起こすのだが、シルビオも今朝は寝坊中。息子のフェルナンドが、父を起こす役目を引き受ける羽目になった。


息子が起こしに来て、城の女官がそれを阻むはずもない。あっさりと部屋に通され、奥の寝室で眠りこけている父親に声をかけようとして――フェルナンドは、ぎくりとなった。


「……あら」


父のベッドには、マリアがいた。フェルナンドが入ってきたのを見てサッとシーツで隠したが、一瞬見えた白い肌に、フェルナンドは激しく動揺してしまう。平然としていなくてはならないのに、つい、露骨に視線を逸らしてしまった。


「シルビオを起こしに来たのね。ちょっと待ってて――ほら、シルビオ。もう起きなさい」


隣で眠りこけるシルビオを、マリアが揺り起こす。フェルナンドは急いで部屋を出て、隣の部屋から、父たちのやり取りを聞いていた。

下らない会話だ。聞く必要はない――そう自分を諭しながらも、なぜか耳をすまして、マリアの声を聞き取ろうとしてしまう。部屋を覗いて……彼女を見たくてたまらない衝動に抗うのに必死だった。


「フェルナンドに見られるつもりはなかったのに……私だって、そこまで悪趣味にはなれないわよ……」


マリアは、シルビオの身支度を手伝っているようだ。

幼いフェルナンドに男女の情事を知られたことを反省しているらしい。悪びれる様子のないシルビオを諫めていた。

……でも、次第にマリアの声に甘さが含まれるようになってきて。


「ちょっと……もう、朝っぱらから……隣にフェルナンドもいるのよ。ロランド様だって起こしに行かないといけないのに……」


その時、部屋に侍女が入ってきて、フェルナンドはハッと我に返った。


「マリア様、そろそろお召し替えを――あ……」


侍女も、フェルナンドを見てハッとなっていた。

城の女官ではない。オルディス公爵家の侍女だろう。侍女はキシリア人で――なぜか見覚えがあるような気がしたが、いまのフェルナンドに、それを確かめる余裕はなかった。


侍女の横をすり抜け、急いで部屋を出る。

あの女の声に思わず聞き入っていたことを知られないよう。


やっぱり、あの女は恐ろしい魔女だ。父を誑かし、我が子を腑抜けにし……フェルナンドすら、毒牙にかけようとする。二度と近づいてはいけない……!

フェルナンドはそう心に刻み込み、あの女の胸に飛び込んでいきたい衝動を懸命に封じ込めた。


……この時。フェルナンドがその感情の正体に気付いていれば。

憎むべき魔女を求めてやまない自分の感情と、素直に向き合えていれば。

その後の歴史は、大きく変わっていたのかもしれない。


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