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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その悪名伝~  作者: 星見だいふく
幕間小話集 未来の予兆
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アレンと、彼女の家族


「おはようございます、アレン様」


朝の身支度をしていたアレン・マスターズは、部屋をノックする音とカタリナの声が聞こえてきて、どうぞ、と返事をした。

部屋に入ってきたカタリナは、ちょっと大人びた表情でそんなことを言うものだから、アレンは目を丸くしてしまった。


「どうしたんだい?アレン様って……」

「カタリナも、侍女として本格的に学び始めたんですよ。それで、まずは言葉遣いから」


部屋の出入り口からひょっこりと顔をのぞかせ、カタリナの父デイビッドが説明する。なるほど、とアレンも苦笑いで頷いた。


「なかなか様になってるよ」


アレンが褒めれば、カタリナは嬉しそうに笑った。




身支度を終えたアレンはオルディス邸を出て、城へ向かう。


アレンは十六となり、すでに王都で一人暮らしを始めていた。

昨日は父の命日で、ナタリアやデイビッドをはじめ、生前父と親しかった人たちが集まって、オルディス邸で父を偲んで。カタリナの強い要望もあって、アレンはそのままオルディス邸に泊まっていくことになったのだ。


だから今朝は、オルディス邸からの出勤――アレンは、父と同じ役人になった。

まだまだ下っ端の新人ではあるが、二、三年前から見習いとして働いていたし、父が生きていた頃から出入りしていたから役人たちは顔見知りばかりで、仕事にもすぐ慣れた。


人と環境に恵まれ、アレンは充実した毎日を送っていた……。




「アレンくん、ちょっとお話が」


いつものように仕事の書類を警視総監の執務室に届けに行ったアレンは、ケンドール警視総監の秘書ステファニーに呼び止められた。

警視総監は不在。アレンと秘書のステファニーしかいないが、それでも、彼女は周囲を気にするように声を潜め、アレンにそっと打ち明ける。


「実は……あなたを探し回っている女性がいるんです。その女性は町で役人を見つけては、手当たり次第にアレン・マスターズに会わせてくれと言ってきて……あなたの母親だと。女性はそう話しているとか」


ステファニーに言われ、アレンはわずかに動揺した。

父が亡くなった時、母のもとへ行くという選択肢はなかった。アレン自身、母の存在は忘れかけていた。


「すみません。ご迷惑をおかけして……。母の近況を、僕も最近知る機会がありまして……薄々、何の用事なのか予想はついています。すぐに対応します」

「謝ることなんて。こちらで勝手に気を揉んで、いままであなたに話さなかったんですから。気にすることありませんよ」


秘書のステファニーたちは、アレンたち親子の事情を知っている。

だから、アレンに母親のことを知られないよう配慮していてくれたのだろう。彼女たちの気遣いに感謝しつつ、アレンは、次に母が自分を訪ねてきた時には、構わず自分のもとへ連れてきてほしいと頼んだ。




「ああ、アレン!こんなに大きくなって……!」


何年ぶりになるのか分からない母との対面は、アレンにこれといった感動を与えなかった。

もっと色々な感情がわき上がるかと思ったのだが、予想以上に、自分の心に何の波紋も起きなくて、いっそそのことに動揺してしまったぐらいだ。


記憶にある母はもう少し美しかったような気がするのだが、目の前にいる女性にまったく見覚えがなく、母親を連れてきたと呼びかけられて彼女を見た時も、こんな人だったっけ、と首を傾げてしまったぐらいだ。


「あなたが何の用があるのかは分かっています。というか、僕を探す際に役人たちにも話し回っていたそうなので、いまさら聞く必要もありませんね――お断りします」


母は金持ちの平民と再婚したが、いまは暮らしぶりが良くないらしい。

再婚相手が新たに始めた事業が失敗した上に、もともとやっていた事業も今年は赤字が出て、大きな負債を抱えてしまったそうだ。追い討ちをかけるように、再婚相手も大病を患い、入院費治療費のために多額の借金をして。


王都で役人として働くアレンなら、負債や借金を帳消しにできないかと考えて探しに来たそうだ。

ある人から事情を聞かされたアレンも、母親家族の経済状況は調べていた。


取りつく島もなく拒絶するアレンに、母は絶望したような表情で縋り付こうとするが、アレンは少し下がり、モーリス君が僕を訪ねてきました、と言った。


息子モーリスの名前に、母が硬直する。


「いまから半月ほど前です。家族のため……遠い王都に、十三歳の子がたった一人で。恥を忍んで僕を訪ね、頭を下げて頼んできました。働き口を紹介してほしいと」


母に捨てられ、父を亡くして大変な時に手を差し伸べようともしなかったのに。自分たちが苦しい時だけ、血縁を利用して頼ろうとするだなんて。

それがどれほど恥ずべきことか、異父弟モーリスは承知の上でアレンを頼ってきた。


十三歳という若さで、何の伝手も経験もないモーリスでも働ける場所。王都のほうが働き口も多いし、むやみに探すよりも、王都で暮らしているアレンに紹介してもらったほうがいい。そう判断して。


「モーリス君から、あなたたちの話を聞かされたんです。僕も調べてみましたが、生活ぶりは苦しくなったものの、生活できないというほどではありませんね。借金も、あなたの夫がほうぼう駆け回って頭を下げて借りたもので、違法な高利貸しに引っかかったというわけでもなく、貸した人たちも、この人なら返してくれるだろうという信頼のもと、善意でお金を渡してくれた――みんな、真面目に働いて返すつもりなんです。あなた以外は」


母だけが、借金を帳消しにする方法を考えているのだ。以前のような、贅沢な暮らしがしたくて。

異父弟モーリスは、父の借金を返すため、まだ小さい弟たちを養うため、自分も働きに出たというのに。


「……あなたも母親なら、息子さんの誠意を踏みつけるような真似はやめてください。大人しく家に帰り、家族のため、心を入れ替えるべきです。今度こそ、見捨てられないように」


それだけ言って、アレンは大きくため息をつき、部屋を出た。

そろそろ、町の見回りの時間だ。


果たして、アレンの説教を彼女が聞き入れたのかどうかは分からなかった。異父弟の必死の頼みは聞き入れたが、アレンには彼女たち家族を積極的に助ける義理もないし、それ以上の手助けをするつもりもなかった。だから、彼女たちがそれからどうしたのかは調べなかった。


ただ、アレンが仕事を終えて戻ってきた時には彼女の姿はなく。その後、アレンが母と会うこともなかった。


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