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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その悪名伝~  作者: 星見だいふく
幕間小話集 未来の予兆
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騎士パパたちの苦悩


チャールズの部下としてフレデリク領に渡ったスティーブ・ラドフォード伯も、たまには休暇をもらい、エンジェリク王都に帰って来ていた。

久しぶりの城でヒューバート王に挨拶に赴いたラドフォード伯は、王の従者マルセルが発する険悪な空気に、目を丸くした。


「ベルダと喧嘩をしたんだ」


驚くラドフォード伯の内心を察し、ヒューバート王がくすくす笑いながら説明する。マルセルはむすっとした表情のまま、どこか不貞腐れているようだった。


「フェリクスが――マルセルたちの自慢の息子が、城には行かないと宣言してね」


以前から、ヒューバート王はフェリクスから打ち明けられていた。いずれエンジェリク王家を守る騎士となって欲しい父の望みに反してしまうが、自分の生まれを考慮すると、城仕えはしないほうがいいから、と。

母ベルダは息子の決意を応援していたが、父マルセルは昨日初めてそれを聞かされて。


誰もが予想した通り大反対。そして、息子の意思を尊重しろと怒るベルダと大喧嘩。肝心のフェリクスはやや放置気味で。


「フェリクスはノアに教えを乞うつもりらしい。そのままクラベル商会で働いて、城には来ないと決めたそうだ」

「ノア……あの腕の立つ男ですね。見たところ、彼も立派な騎士だと思うのですが」

「騎士としての能力は疑うべくもない。だが、城に仕える騎士には、特別に学ばなくてはならないことも多い」


マルセルが口を挟む。

城で王族に仕えるほどの騎士になるならば、貴族社会のルールやマナーも学ぶ必要があるし、城で様々な経験を積まなくてはならない。

フェリクスにも、それらをそろそろ教えていこうと、マルセルは密かに楽しみにしていたのだ……。


「息子の選択を尊重したいものの、肩を並べて戦う日を心待ちにしていた身としては、素直に賛同できないのですよ。それは私によく分かります」


不貞腐れるマルセルのフォローをするように、ラドフォード伯は話す。


「でも……正直に打ち明けると、私たちはフェリクス君の決定に助けられることになるかもしれません。実は、私の息子も……」




スティーブ・ラドフォード伯には、妻との間に娘が二人、息子が一人いる。代々騎士の家柄であり、三人目でようやく男の子に恵まれ、後継ぎとして育てていた。

そんな息子が――久しぶりにフレデリク領から帰ってきた父に、重大な決心を打ち明けてきた。


「父上。私は、騎士になりたくありません……。私は、医者になりたいんです。お願いします。私のわがままを、許していただけませんか」


久しぶりの家族との再会に喜んでいたラドフォード伯は、突然の告白にあんぐりと口を開け、すぐに返事ができなかった。


「い、いや……だが、おまえが騎士になり、近衛騎士隊長の地位を継がないと……城で、厄介なことに……」

「……やっぱり、騎士にならないとだめですか?」

「ならないとだめと言うか、なるしかないと言うか……」


ショックはある。やっぱり。息子も、当たり前のように自分と同じ騎士になるものだと思い込んでいたから、なりたくないとはっきり言われて、ものすごく動揺している。

それに、息子が近衛騎士隊長になることは決定事項でもあって――マルセルが近衛騎士隊長に就任する際、いずれラドフォード伯の息子がその地位を継ぐことと引き替えにしたような人事だったから、それをいまさら……。


「騎士にならない私は、父上にとって、価値のない息子ですか?」


うつむいて呟いた息子の目に、じんわりと涙が溜まっていく。本人は泣くまいと堪えているが、その姿は父親を動揺させるには十分で。

上の娘たちも急いで寄ってきて、弟を慰める。


「お父様、あんまりです!たしかに我が家は代々続く騎士の家系。唯一の男児がその家を継がないなんて……大問題なのは分かりますが、何も、この子の存在を否定しなくても!」

「いや、そこまでまだ言っていないぞ!」


反論しながら、しまった、とラドフォード伯は己の失言を悟った。

まだ、という言葉に娘たちは盛大に顔をしかめ、父親を睨む。娘たち二人とも、自分に似て弱い者いじめは見過ごせないタイプだし、母親に似て、結構頑固だ。


「ごめんなさい、スティーブ。私も、少し説得はしてみたのだけれど……。でも、あの子には向いてないんじゃないかということは、前からずっと感じていたの」


妻のゾーイからも、やんわりと、息子の決意を受け入れようと諭されてしまった。


ラドフォード伯も、薄々気付いてはいた。

息子の気質は、騎士に向かないと。争いごとが苦手で、城へ連れて行って近衛騎士隊の訓練風景を見学させても、訓練に参加するより、負傷した騎士の手当てを手伝いたがる有様で。


それに、医者になりたい理由が、自分は強くなれなくて父の足手まといにしかなれないから、せめて父が思う存分戦えるよう、治療の術を覚えたいから――そんな健気な理由を聞かされては、とても反対できない。


……でも、ラドフォード家の息子が騎士にはならず、マルセルの子が騎士になったら、城では面倒なことが起きるに違いない。




「……といったことがありまして。なので、フェリクス君が城仕えの騎士にならないと言ってくれたのは、とても助かります。フェリクス君も近衛騎士になる可能性がないのなら、私も、息子の決定を尊重できるので」

「そうか。なら、マルセル、君もフェリクスの決意を許してあげたらどうだい。君だって、頭ごなしに反対するのは本意ではないだろう」


ラドフォード伯の話を聞いたヒューバート王に改めて諭され……だが、普段は主君に従順なマルセルも、今回ばかりは葛藤している。

自慢の我が子だけに、どうしても、自分と同じ道を歩んで欲しいという親馬鹿な夢を諦められないようだ。


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