リチャードの奇妙な縁
海を渡った大陸の先フレデリク領の領主となったチャールズは、時々は休暇を取ってエンジェリク本国に帰ってくることがあった。
もうすぐリチャード六歳の誕生日ということで、エンジェリクに帰ってきたチャールズは、リチャードを追いかけそのままオルディス領を訪ねていた。
「リチャードが、コーデリアという女の子からプロポーズされたと話していたんだが。コーデリアって、もしかして……」
「お隣のプラント領――そこのご領主キャロライン様のご息女ですわ」
マリアの説明に、やっぱりか、とチャールズが頭を抱える。
リチャードが、よりにもよってキャロラインの娘と。チャールズからすれば、かなり複雑な気分だろう。
コーデリアとリチャードが出会ったのは、およそ半年前。
キャロラインの父コンラッドが亡くなり、大好きだった祖父を喪ったコーデリアは落ち込んで。彼女の気分転換も兼ねて、オルディス領に遊びに来ていた時のこと。
親友のリリアンと過ごす内に、コーデリアの悲しみも少し薄れたらしい。それでも、やっぱり時々は落ち込むことがあって。
周囲に心配をかけないよう庭の片隅でこっそり泣いていたコーデリアを見つけて、リチャードは声をかけた。
「どうしたの?どこか痛いの?」
「ううん。おじい様がいらっしゃらないのが寂しくて……ごめんなさい。私のことは気にしないで」
慌てて涙をぬぐい、平静を装うとするコーデリアに、リチャードは眉を寄せる。
「謝ることなんかないよ!大好きなおじいちゃんが死んじゃったんでしょ?泣いちゃうのは当たり前だよ。僕も、お父さんが死んじゃって、すごく寂しくなる時があるんだ」
「そう。あなたはお父様を……。きっと、とても素敵な人だったんでしょうね」
「うん。僕のお父さんは、強くて、優しくて、誰よりもかっこいい人だったよ」
言いながら、じわ、とリチャードの目に涙が浮かぶ。
ごしごしと目をこすり、涙を堪えようとするリチャードに、コーデリアは苦笑した。
「泣いてもいいのよ。大好きな人が死んで、悲しくないわけないもの。あなたがそう言ったんじゃない」
「泣いてなんかないもん!お父さんと約束したんだ!強い男は、そう簡単に涙を見せたりしないって!」
強がるリチャードに、コーデリアはくすくす笑う。結局、他の兄妹もリチャードたちに気付いて――なぜか泣きじゃくるリチャードを、コーデリアが慰めている姿を見つけることとなった。
それから二人は交流を深めるようになり、ある日、コーデリアから、リチャードと結婚したいという申し出があった。
「リチャードって、なんだか放っておけなくて。私、あの子のそばにいてあげたいんです」
心配で放っておけないから――そんな理由だと知った時、マリアも苦笑してしまった。
リチャードの誕生日パーティーがオルディス領で行われたのは、プラント領からお客を招くためでもあった。
コーデリアを連れ、プラント侯爵夫人がオルディスにある屋敷を訪ねてきてくれて。
散々悩んだが、チャールズはパーティーに参加することにした。キャロラインと顔を合わせるのは不安もあったが、避け続けるわけにもいかない。愚かな過去とも、きちんと向き合うと決めたから。
チャールズを見たキャロラインは、少し目を見開いて驚いてはいたが、にっこりと微笑み、完ぺきな淑女の礼をした。
「お久しぶりです、チャールズ様。ジンラン様とお呼びしたほうがよいでしょうか?コーデリアから、リチャードの大好きなジンランのお話は聞かされておりました」
「そうか――チャールズでいい。キャロライン……」
口を開いたものの、チャールズは視線を泳がせ、次の言葉を探して悩んでいるようだった。
キャロラインは急かすことなく、黙ってチャールズの言葉を待った。
「……すまない」
「それは……何に対する謝罪でしょう?」
「かける言葉が見つからなかった。何を話せばいいのか分からなくて」
チャールズが言えば、キャロラインはふっと微笑んだ。チャールズの謝罪の言葉に反応して身体を固くしていたキャロラインの雰囲気が、少し柔らかくなった。
「俺がおまえにしたことは、ごめんなんて言葉じゃ取り返しがつかない。でも、なら何と言うべきなのか、この期に及んでも俺は分からないままなんだ」
「そうですか……そうですね。私も、ごめんなさいと言われても困ってしまいますし。ごめんなさいと言われたら、許してあげます、と答えなくてはならなくなってしまいますもの」
すべてを水に流して許す――いまのキャロラインには、まだ難しいことだ。
あの時の夢を見て、恐怖に飛び起きることがある。何もかもを許せるほど、キャロラインもお人好しにはなれない。
――でも、いまさら蒸し返して、チャールズに罪を問いたいとは思わなかった。
「あなたのことを許したわけではありませんが、憎んでいたいとも思いません。私はいま、とても幸せです。誰かを憎んだり、恨んだりするぐらいなら、家族やプラントの民を愛していたい」
「そうか。本当に、いま幸せなんだな」
そう言って、チャールズもほっとしたように笑う。チャールズの穏やかな笑顔に、キャロラインも穏やかな気持ちで見つめた。
苦しいことも確かにあったが、幸せなこともたくさんあった。チャールズを恨んで、幸せな出会いを否定するようなことはしたくない。
だからチャールズにも。
いつまでも重い枷を背負って、過去を引きずって生きて欲しいとは思わなかった。彼だって、幸せになっていい――それは、キャロラインの偽りない本音だ。




