スカーレットの運命
「お父様!」
スカーレットが呼び掛けると、父は優しく笑ってくれた。絵を描いている父の膝によじ登って、父が描いていた絵に、手を伸ばす。
「こら、スカーレット」
絵に悪戯をする娘の振る舞いを咎めながらも、メレディスはやっぱり優しく笑って、スカーレットを抱きしめてくれる。
大好きなお父様。目が覚めてしまったら、父はいなくなってしまう。
目が覚めなくてもいいのにな……と、そんな考えが、ちょっとだけスカーレットの脳裏に浮かんでいた。
ふわりとした感覚に、スカーレットは目を覚ました。見上げてみれば、自分に毛布を掛けようとしていたおじと目が合った。
「すまない。起こしてしまったかな」
寝かせてあげようと思ったんだけど、と苦笑いするヒューバート王に、スカーレットも笑う。
長椅子に座り、肘掛けにもたれかかってぼんやりとしている内に、眠ってしまったらしい。
ここはエンジェリクの城。いとこのエステル王女を訪ねてきて、彼女を待っている間に、つい。淑女にあるまじき振る舞いではあるが、おじはスカーレットを咎めることなく、手を伸ばし、彼女の目尻に触れた。
おじの指が、スカーレットの涙を拭った。
「……メレディスの夢かい?」
切ない夢を見て、どうやら自分は涙を流していたようだ。もしかしたら、寝言を呟いていたのかもしれない。
少し恥じ入りながら、スカーレットは頷いた。
「そうか……僕も時々、彼の夢を見る。大切な友人だった。僕も、彼のことは大好きだったから、彼がいないことがとても寂しい」
そう言って、ヒューバート王はスカーレットのそばに腰かけ、労わるようにスカーレットの頭を撫でた。スカーレットも、優しいおじの手の感覚に目をつむった。
「スカーレット、お待たせ――」
スカーレットたちのいる部屋に、エステル王女がやって来る。王女は長椅子に並んで座るいとこと父を見つめ、ぱちぱちと目を瞬かせた。
それから長椅子に近づき、強引にスカーレットとヒューバート王の間に座った。
「……エステル。君の大事ないとこに、悪さしたりしないよ」
いとこから自分を引き離すような娘の行動に、ヒューバート王は苦笑いする。エステル王女はスカーレットの腕に、ぎゅっとすがりついた。
「男の僕は、すっかり仲間外れだね。分かった。もう行くよ」
そう言って、ヒューバート王は部屋を出て行く。
まだ自分の腕にしがみつく王女に、スカーレットは優しく話しかけた。
「心配しなくても、オフェリア叔母様から、おじ様を奪ったりしないわ。そんなこと、考えてもないわよ」
眉を八の字にして、少し不安そうに……そして、ちょっぴり申し訳なさそうに、エステル王女はスカーレットを見つめる。
幼くても、エステル王女は女。父親に近づく女の気配に敏感だ。スカーレットの淡い想いも、彼女はとっくに見抜いている。
叔母オフェリアやおじのヒューバート王は、スカーレットの気持ちにまったく気付いていないようだけれど。
スカーレットだって、理性はある。想いは胸に秘め、公にするつもりはない。エステル王女が気付いたのは、女の勘と……いつもスカーレットのそばにいて、スカーレットのことを見てきたから。
親友なのだから、気付かないはずがない。
「叔母様のことも大好きよ。叔母様を悲しませたくないし……私は、叔母様を一途に愛していらっしゃるおじ様が好きなの。だから、おじ様が他の女を見たら、私の恋心は一瞬で冷めてしまうわ。例えその視線の相手が、私だったとしても……」
言いながら、何とも不毛な恋をしたものだ、とスカーレットは思った。
おじが、自分を見ることはない。見てほしくもない。叶わないことが前提の恋だなんて。
「あなたのことだって大好きよ。あなたとの友情も壊したくないわ」
「……私も、スカーレットのことが大好き」
だから、複雑なのだ。
愛し合っている両親に横恋慕するような女は嫌いだけど、スカーレットのことは大好きで。父が他の女性と浮気するなんて絶対に嫌だけど、スカーレットが叶わぬ恋に苦しむのも嫌で。
大好きだけど、どうしたらいいのか分からない。いとこの恋心。
悩む王女に、スカーレットは笑う。悩ませている張本人なのに、申し訳ないけれど。
「いつか、思い出になるわ。それがどれぐらい先になるのかは、私にも分からないけれど」
自分の運命は、ヒューバート王ではないような気がする。彼は淡い想いの相手であって……永遠の相手ではない。自分の運命は、まだ顔も知らない誰かに繋がっている……。
不思議と、そんな予感めいたものを、スカーレットは抱いていた。




