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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その悪名伝~  作者: 星見だいふく
外伝 歴史に消えゆく
160/234

革命の果て 中編


フランシーヌの使節団を歓迎するため、マリアは着飾って彼らを出迎えた。

フランシーヌ人は全員で七人。前回のように、大勢引き連れてぞろぞろとやって来なかったのはよかったが……よりにもよって、この男が。


「ようこそ、フレデリクへ。皆様を歓迎して、ささやかですが宴の用意をしております。どうぞ、こちらへ」


余計な話はさせず、領主への挨拶を終えた彼らをパーティーホールに案内する。

フランシーヌ人たちににっこりと笑いかければ、どこか間抜けで……少し下卑たニヤニヤ顔で彼らも応じる。

ランベール・デュナンだけは、相変わらず眉一つ動かさず、何を考えているのか真意を読ませない表情をしていた。




「デュナン将軍直々に訪ねてくるだなんて……」


自室に戻り、マリアが大きくため息をついていると、怖い人なの?とリチャードが不安げな顔で近寄ってくる。


「そうね……怖いというか……何を考えているのか分からない、恐ろしい人なのは間違いないわ。あなたやリーシュ、シオンは、この部屋から出ちゃダメよ。デュナン将軍は恐ろしいけれど、たぶん、使節団の中ではまともなぐらい……」


今回やって来たフランシーヌ人たちも、あまり品の良さそうな連中に見えなかった。

元が平民だから、というだけではないはず。

ホールデン伯爵や、平民の知り合いはマリアにもいる。生まれに甘えず、教養を身に着けていけば得られるもの。それをしなかった、というだけで、すでに彼らの人間性はお察しだ。


「ジンランもとっても怖い顔してた。絶対見つかっちゃだめだって」


過去を考えれば当然だ。

チャールズにも落ち度があったとはいえ、フランシーヌ人のせいで、大切な伯父を喪うことになったのだから。二度と、あんな思いはしたくないだろう。


「……恐ろしい人たちなのですね。彼らはいつまで滞在するのでしょう?」


幼い我が子を抱きしめ、リーシュが青ざめながら言った。


「二、三日と言っていたわ。長居するつもりはないと話していたけれど、何が目的なのか……恐らく、それ次第になるわ」


マリアが自室に戻ってほどなく、チャールズも部屋を訪ねてきた。

パーティーの後片付けが終わったようだ。フランシーヌ人たちはすでに与えられた客室に戻っているはず……それを見届けてから、マリアは自分の部屋に戻ってきたのだし。


「すまなかった。マリア。不愉快な思いをさせた」

「チャールズ様が謝る必要はありませんわ。だいたいこうなるだろうと、予想はして引き受けた役目ですもの」


フランシーヌ人たちをもてなして。

あいつらの傲慢で品位のない振る舞いには辟易させられたが、にこにこ笑顔で応じるのが自分の役目だと、覚悟はしていた。


過剰で不快な身体的接触が多く。リチャードを守るため、と自分に言い聞かせたが……マリアよりも先に、傍で見ているチャールズやラドフォード伯のほうが先にぶち切れてしまうのではないかと心配になるほど。


デュナン将軍だけは、マリアとまるで初めて会ったかのような態度だった……。


「フランシーヌ人たちは部屋に行ったが、そこでもまだ騒いでいるようだ。スティーブが、自分が対応するから、俺はマリアのところへ行けと。スティーブも謝っていた。あそこまでひどくなるとは……」

「気になさらなくていいんですよ、本当に。まだ連中は追い返せたわけではありませんし、気は抜けません。明日は、もっとひどいことになるかも」

「……あれ以上ひどくなるなら、こちらも対応を変える必要があるかもな。揉め事は御免だが……エンジェリクの面子を潰されるのは、あまりにも……」


チャールズの言い分は一理ある。リチャードのためにも、穏便に帰したい。だが、連中をのさばらせて、エンジェリクが格下とみなされるのも、それはそれで問題だ。




リチャードの寝かしつけはチャールズに任せ、マリアは風呂に入っていた。リーシュに入浴を手伝ってもらって。

あたたかい湯に浸かって身体を清めると、気持ちが落ち着くし、気分もすっきりする。


娼婦を演じることが自分の役目と分かっているが、あんな下品な連中に身体を触らせるのは、やはり不快だ。

……でも。


革命が起きて、もう三十年以上が経つ。それなのに、フランシーヌではまだあの程度の人間が権力の中心にいるのか。

もともと、国の腐敗が限界に達したことで起きた革命だ。

生半可な実力者では、あの国を治められないはずなのに。


「マリア」


浴室にいるマリアに、チャールズが声をかけてくる。一応遠慮しているらしく、衝立の向こうから、こそっと顔を出していた。


「スティーブから呼び出された。シオンは寝たんだが、リチャードが……」

「僕なら一人で寝れるもん!」


チャールズの言葉を遮るように元気なリチャードの声が聞こえてきて、マリアもリーシュも笑った。チャールズも、ちょっと苦笑していた。


「連れて行くわけにもいかない」


言葉を選んでいるかのようにそう話すチャールズに、フランシーヌ人絡みか、とマリアもピンと来た。


「分かりました。もう入浴を切り上げますわ。リチャードも大きくなったので、少しの間ぐらいは……どうぞ、行ってきてください」


マリアが言えば、チャールズはすぐ部屋を出て行ってしまった。


マリアも湯船から上がった。

幼いシオンが寝ているのなら、リチャードが部屋に一人きりぐらいは構わないだろう。ただ、いまは目を離しているのが不安で。

リーシュも同様に考えているらしく、手早くマリアの身体を拭いて、寛衣を着せる準備を……。


――派手な物音に、赤子の泣き声。

浴室の外からそれが聞こえてきて、マリアもリーシュも動きを止め、視線を外にやった。


「シオン!」


リーシュが叫び、マリアの世話をすることも忘れて飛び出して行く。マリアも適当に前を留めただけで浴室を飛び出して――男に押さえつけられるリチャードを見て、悲鳴を上げそうになった。


「デュナンはどこだ……!?ここに来てるだろう……隠し立てするんじゃねえ!」


男がフランシーヌ語で吠える。

侵入者はフランシーヌ人だった。リチャードを押さえつけている男以外にも、あと二人。部屋を荒らし、何かを探し回っている。

リーシュはベビーベッドに駆け寄って、火がついたように泣いているシオンを抱き上げていた。


リチャードを押さえつける男に体当たりを食らわし、マリアもリチャードを抱き寄せる。横から不意打ちを食らってフランシーヌ人も一瞬だけ怯んだ。


「この……!おまえは……魔女か!奴をどこへ隠している!?」

「何のこと?なぜ、彼が私の部屋に来ていると思うのよ!」


うるさい、と怒鳴り、男がマリアを蹴りつける。リチャードをしっかりと抱きしめ、マリアは我が子をかばうことに全力を注いだ。

マリアの腕の中で、リチャードが母をかばおうともごもご抵抗するのを感じたが、絶対にそれは認めなかった。


「とぼけるな!お前の正体は知っているぞ!デュナンを誑かした娼婦め!」


下品なフランシーヌ語だから、マリアも聞き取るのに一苦労だ。

三人のフランシーヌ人は、どうやらデュナン将軍が目的でこの部屋に侵入して来たらしい。どうしてデュナン将軍がここにいるのか――マリアに誑かされたから。その結論は相変わらず謎だが。


あのデュナン将軍が女一人のために動くなんて、そんなこと……と思っていたのだが、彼らの思考回路も、あながちおおはずれではなかった。

部屋の扉が乱暴に開く音がして、飛び込んできた人間が、なおもマリアを痛めつけようとする侵入者をはねのけた。


ランベール・デュナンは素手だったが、老いても生粋の軍人。若いフランシーヌ人の反撃を難なくいなして。ごき、と嫌な音が聞こえてきた。

どさりとデュナン将軍の足元に倒れ込んだフランシーヌ人は、首の角度がおかしいような。


もう一人は剣を抜いてデュナン将軍に飛び掛かったが、デュナン将軍は剣を持つ腕を捻り上げ、二人目のフランシーヌ人は自身の剣で自らの胸を貫く羽目になっていた。

三人目は、窓から逃げ出した。どうやら、彼らは窓から侵入したようだ。侵入に使ったロープを使って逃亡を。


「マリア!リチャード!」


騒ぎを聞きつけ、ようやくチャールズが戻ってきた。マオやラドフォードを始め、数人の部下を連れている。


デュナン将軍はいつもの愛想のかけらもない表情のまま、何事もなかったように部屋を立ち去ろうとしていた。


「おじさん……!助けてくれてありがとう!」


マリアの腕の中から、リチャードが急いでデュナン将軍に声をかける。

一瞬だけ足を止め、将軍もリチャードを見たが、やがて部屋を出て行こうとした。それを、すぐにラドフォード伯が止める。


「どういうことか、説明を」


厳しい表情でラドフォード伯が詰め寄るが、デュナン将軍は冷たく見据え、ラドフォード伯の脇をすり抜けて行ってしまった。

ラドフォード伯は苦々しげに彼の背を見送るしかなかった――フランシーヌの最高権力者と、ここで争うわけにもいかない。


「すまない!陽動だった……まんまと、奴らに出し抜かれた」


マリアとリチャードに駆け寄り、チャールズは二人を抱きしめる。マオも、泣きじゃくるシオンを抱きかかえたリーシュを抱きしめていた。


「フランシーヌ人が、庭で騒いでいまして……身内同士で何やら揉め始め、剣を抜いていたんです。それを止めるために、レミントン公を私が呼び出しました。そうやって警備を引き付けている間に、残りの連中がこの部屋に侵入したようです」

「デュナンは違うんじゃないかしら。というか、あいつら……デュナンを狙って、私の部屋に来たみたいなの」


リチャードの様子を確認しながら、マリアが言った。

男の力で押さえつけられたせいで、リチャードの首元には赤い痣が残っている。ただ、怪我はないようだ。それだけは、本当に良かった……。


「デュナンを狙って、マリアの部屋に?なんでそうなるんだ?」


チャールズは心底不思議そうに言ったが、マリアも分からないことだらけで、答えられなかった。

……心当たりがないわけではないが……説明するには、あまりにも情報が少なすぎて。


「……リーシュ。お風呂に入るわ。着替えを持ってきて」


マリアが言えば、リーシュが驚いて目を丸くする。

こんな時に、と言いたげなリーシュを無視して着替えを指定すれば、今度はチャールズが目を丸くした。


「おい、まさか……!」


目的を察したチャールズに向かい、マリアはにっこり笑う。


「デュナン将軍のところへ行ってきます。分からないなら、彼に直接聞くしかありません。リチャードたちをお願いしますね」


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