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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その悪名伝~  作者: 星見だいふく
第五部01 冷血が目覚める時
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突き付けられて (3)


遺族の涙というのは非常に辛いもの。それが幼い子供のものとなると尚更だ。


マスターズの葬儀――息子アレンの悲しむ姿は、あまりにも憐れで。ナタリアとデイビッド、そして夫妻の娘カタリナは、付きっきりでアレンを慰めていた。


「僕……父さんにあっち行けって……それが最後の言葉に……」


何度もしゃくり上げながら、アレンは自分のことを責めていた。

父の死ももちろん悲しいが、何よりも辛いのは、父との最後のやり取りが、父親を邪険にするような態度であったこと……。


父親の棺の前で泣きじゃくるアレンを、ナタリアがぎゅっと抱きしめていた。


「大丈夫ですよ。アレン君が本当はお父さんのことが大好きだって、ちゃんとマスターズさんには伝わっていましたから……自分を責めちゃいけません……そっちのほうが、きっとマスターズさんは悲しみます……」


デイビッドも優しくアレンを諭し、娘のカタリナもアレンに抱きつく。


その光景を、マリアはドレイク宰相と共に少し離れたところで見ていた。ウォルトン団長も、マスターズの葬儀に来ている。


カイル副団長は、葬儀が始まる前にやって来て、棺に花を捧げていった――マスターズを殺した犯人を捕まえるため、彼は葬儀を欠席している。犯人は必ず捕えると、普段の彼からは想像もできないほど険しい表情でアレンに約束していた。


「役人も騎士も、危険とは隣り合わせの仕事だ。マスターズ本人も覚悟していただろうが……やはりやるせない光景だな」


アレンを見つめながら、ウォルトン団長が呟く。

さすがの団長も、今日はその陽気さや明るさはない。ドレイク宰相は相変わらずのポーカーフェイスで――だが、マリアですらためらってしまう近寄りがたい雰囲気があった。


「……マスターズの死は、私のせいだ」


そんなことはない、と慰めの言葉を口にすることもできなかった。下手な慰めや励ましは、いまの彼は求めていない――そう思えてならなくて。


「私がぐずぐずと悩み、決断を先延ばしにしていたばかりに、マスターズを無駄死にさせた――相手の攻撃を許した。リッチー伯は、連中に攻撃を仕掛けるための切り札を私に託していてくれていたというのに……私が無駄にした」


言葉を切り、ドレイク宰相は黙り込む。

ナタリアやデイビッドに慰められながら泣きじゃくるアレンに、静かに近づく。


「……ドレイク様。父さんの仇を討ってください」


ドレイク宰相を見上げ、アレンが言った。涙を拭うことなく、ドレイク宰相を真っ直ぐ見据えて。


「父さんを殺したやつら、絶対に許さない……!僕がもう少し大きかったら、自分で仇を討ったのに……悔しくてたまらないんです……!」


自分の無力さを嘆く少年に手を伸ばし、ドレイク宰相は彼の肩に触れる。無論だ、と答える宰相の表情は、マリアには見えなかった。




エンジェリクの王城――華やかな城の中にも、陽の光が届かない暗い場所があるもの。

特にここは、まともな人間なら足を踏み入れるのもためらうような場所だ。


ここを管理しているのは、警視総監職を兼任しているジェラルド・ドレイク宰相である。


「ど、どういうつもりだ……!?私を、こんなところへ連れてくるなど――私が誰か、貴殿は分かっているのか!?」

「理解しているつもりだ、オリファント侯爵」


上着をはぎ取られ、侯爵にはふさわしくない軽装にさせられ、オリファント候は激しく動揺していた。

かたちばかりの聴取が行われたのち、有無を言わさずここに連行されて……斜陽とはいえ、侯爵位にある自分が。


ここは、罪人の中でも身分の低い者――端的に言ってしまえば、平民の犯罪者しか投獄されることのない場所だ。貴族ならば別の場所にて軟禁となる。

政権争いなどで貴族同士が殺し合っているような血なまぐさい時代にはここに貴族が連れてこられることもあったが……良くも悪くも平和主義なグレゴリー王、ヒューバート王の時代には、そんなことも無縁のはず。

……なのに、ドレイク宰相は彼をここへ連れてきた。


冷たく自分を見据える宰相に内心怯えながら、オリファント侯爵は必死に虚勢を張った。絶対に、この境遇を受け入れてはならないと――。


「この男に見覚えは」


宰相が、拷問吏に引きずられてやって来た男を顎で指して言った。

男の姿は見るも無残なもので、オリファント侯爵は緊張で乾いた唇を舐め、わずかに視線を逸らしながら、知らん、と答える。


「先日、ある役人が殺された。目撃者の情報から、この男に何らかの関わりあがるものと思われ――尋問したところ、あなたに依頼されてやったと自白した」

「そんな自白など!」


しまった、と思った。

尋問の正当性と問うはずが、焦り過ぎて。この異様な雰囲気では、冷静に振舞えないのも当然なのだが。


「……あなたの反論を聞くつもりはない。すべては、この尋問で明らかになる」


そう言って踵を返そうとするドレイク宰相に、オリファント侯爵は体裁を取り繕うのを止め、必死で詰め寄る。


「私を拷問にかけるつもりか!?そのような、信ぴょう性の欠ける自白で――そんな曖昧な根拠をもとに――例えドレイク候と言えど、許されぬ暴挙だぞ!」


通常、高位の貴族が拷問……もとい、尋問を受けることはない。平民ならば、ちょっと疑わしいところがあるから程度で行われることもあるが、貴族相手にそれは通用しない。

いくら由緒正しいドレイク侯爵家の当主であっても、そんなことをしたら他の貴族たちから糾弾されるはずだ。


ドレイク宰相は足を止め、オリファント候に振り返った。


「貴公は、ご自分の罪状について説明を受けていなかったのだな」


言いながら、宰相は懐から書類を取り出す。

エンジェリク……いや、西方では珍しい書簡。オリファント候も、自分の置かれた立場を一瞬忘れ、きょとんと目を瞬かせた。


「先日、外務大臣スペンサー・リッチー伯爵が逮捕された。彼の屋敷や通っていた場所は隈なく捜索され、これが見つかった――セイランのとある組織から。エンジェリクの情報を提供したことについて、感謝の手紙だ」

「……は」


オリファント侯爵も、その噂は知っていた。

先々代のエンジェリク王リチャード――偉大なる王を破滅させた、セイランのとある組織の人間のこと。王家が目の敵にし、かの者と通じる国賊を厳しく調べていること。

成り上がりのレミントンが連れ込んだ敵……詳細までは知らないが、それに関わると身の破滅を招く……。


「リッチーは自身が破滅した際、共犯者も道連れにする腹づもりだったらしい。リッチーと共に組織に協力した人間のリストを、ご丁寧にも保管していた」

「――ま、待て……まさか……まさか、私の罪状というのは……」


ドレイク宰相の説明を聞き、オリファント侯爵の全身を嫌な汗が伝う。それを拭うのも忘れ、オリファント侯爵は最悪の予想に恐怖する。


「他国と通じてエンジェリク転覆を謀った――国家反逆罪だ」


短い宣告に、オリファント候は言葉を失う。

大きく口を開け、しばらくの間パクパクと……。弁解しようとしたのだが、あまりのことに声が出ない。

何度か喘ぐように大きく息を吐き出して、ようやく声を取り戻した。


「何かの間違いだ!いくらなんでも、そのようなこと、私は――!」

「すでに罪状は決定し、あとはマクファーレン主席判事の執行サインをもらうのみ」


エンジェリク王国にも法はある。罪人にも裁判を受ける権利があり、反論する機会も与えられる――身分や特権によって、色々と都合よく捻じ曲げられることも多いが。

それらの権利がすべてはく奪される最悪の罪状が、国家反逆罪。司法官だけの簡易裁判で速やかに結審してしまい、即日の処刑もあり得るほど。

……それだけに、よほどのことがなければこの罪状はつかないはずなのだが。


「待ってくれ!本当に、私はそんなこと――国家反逆罪など――」

「マクファーレン伯には私から頼んである。余罪の追及が終わるまでは、刑執行を待ってほしいと」


オリファント候の必死な弁解を遮り、ドレイク宰相が言った。


「貴公がすべてを自白すればすぐに終わる。楽になりたければ、さっさと話してしまうことだ」


それきり、オリファント候に背を向け、ドレイク宰相はそこを出た。


力なく地面にへたり込むオリファント候を、拷問吏が引きずって行き……扉が閉まる直前、もう一度だけオリファント候は自分の潔白を訴える悲痛な叫びをあげていた。


その一部始終を見届け、頭から深く被ったローブを改めてかぶり直しマリアは、足早に立ち去るドレイク宰相のあとを追う。

この顛末を、宰相はマリアに見届けておいてほしいと思っている――そんな気がしてならなくて。


「……リッチー伯は自身が破滅した時のことを考え、この罠を仕掛けていた」


立ち止まることもマリアに振り返ることもなく、ドレイク宰相が口を開いた。


これが、リッチー伯が用意してあった切り札。ドレイク宰相がためらっていたこと。

ドレイク宰相とて清廉潔白なおとこではない。自分に都合よく物事がすすむよう、相手の罪を適当にでっちあげることもあった。

ただ、今回は――国家反逆罪……さすがに、そのスケールが違い過ぎる。だから宰相もためらって……そして。


「このカードをもっと早く切っていれば、マスターズが命を落とすこともなかった。マクファーレン主席判事の協力もすでに得ていたのだ。私が下らぬ感傷で決心を鈍らせていたばかりに……」


ドレイク宰相なりに、プライドもあったのだろう。

自分が用意したものならともかく、他人がお膳立てしたもので――しかも、自分はその相手を助けることもできず。


けれど、宰相のわずかなためらいもプライドも、連中は粉々にした。恐らく、もう彼が立ち止まることはない――。


「オリファント侯爵は手始めに過ぎぬ。間もなく、あの男が次の共犯者たちを自白する――我々も忙しくなる。貴女も、まだ私の秘書を務めるつもりなら……」

「お一人では大変でしょう。私、最後までお手伝いします。放っておくと、ジェラルド様はご自分ですべて抱え込もうとするんですから……」


ようやく自分に振り返ったドレイク宰相に向かって、マリアは微笑みかける。ドレイク宰相はしばし黙り込んだ後、そうか、とだけ呟いた。


――正しい行為ではない。決して。

オリファント侯爵が誰の名を語るかはすでに決められている。侯爵への尋問は、ドレイク宰相が望んだ答えを口に出さないかぎり終わらない。

正義の行いではなく、マリアたちの都合で、目障りな人間たちが共犯者に仕立て上げられるだけ。


ドレイク宰相が一人で背負い込もうとする罪――マリアも、見て見ぬふりをするつもりはなかった。

マリアとジェラルド・ドレイクの共犯関係は、初めて彼と会った時から今日まで……これからもずっと、続いていくのだから。


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