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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その悪名伝~  作者: 星見だいふく
第五部01 冷血が目覚める時
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突き付けられて (1)


ホールデン伯爵とドレイク宰相は、リッチー伯の遺物を吟味しながら待っていたようだ。

マリアが戻ってくると、二人とも振り返ってきた。


「メレディスとスカーレットは落ち着いたか?」


伯爵に尋ねられ、マリアは頷く。


「メレディスのお兄様も訪ねてきてくださって、いまは二人でお話しています。スカーレットのほうは、兄妹たちが」

「……メレディスのほうは、私も彼から話を聞きたい。少し、邪魔をさせてもらうか」


そう言って、ドレイク宰相は執務室を出て行った。残った伯爵に、マリアはシルビオから聞かされたことを説明する。


「狙いはスカーレット……それからメレディスか」

「はい。メレディスのほうも、生け捕りの指示が出ていたそうです。二人を利用しようとした……やはり、私かマクファーレン伯に圧を与えるためでしょうか……」

「その可能性は極めて高いな。メレディスはともかく、スカーレットが、そのように執拗に狙われる理由を持つはずがない。君や、伯父のマクファーレン伯が理由と考えるほうが自然だ」


伯爵もマリアと同意見だった。

伯爵の言う通り、メレディスはまだしも、幼いスカーレットが狙われる理由が他にありえない。母親のマリアか、伯父のマクファーレン伯か……はたまたその両方か。


「私も、メレディスから話を聞いておくべきなのでしょうね。ちょっと部屋を覗いてきます」


メレディスの休んでいる部屋を訪ねてみれば、ベッドのそばに椅子を置いて弟を気遣うマクファーレン伯、少し離れたところでドレイク宰相が、ベッドに座ったままのメレディスから話を聞いていた。

マリアが部屋に入ると、三人ともそちらに振り返る。


「やあ、マリア。ごめんね、たくさん心配かけちゃって。スカーレットは大丈夫?」


メレディスが、笑顔で言った。

マクファーレン伯が立ち上がり、自分の椅子をマリアに譲る。彼の親切に甘え、マリアは椅子に腰かけ、メレディスを気遣った。


「まだちょっと動揺しているけれど、だいぶ落ち着いたわ。あなたは大丈夫なの?スカーレットは、シルビオがしっかり守ってくれたみたいだけど……」

「うん、大丈夫。戦えない男だと思って、向こうも完全に油断してて……画材道具は大変なことになっちゃったけど……」


メレディスがうなだれる。身を守るためとはいえ、画材道具を使って人を傷つけたことに、かなり落ち込んでいるようだ。


「そんなもの、また買えばいい。金で解決できるなら安いものだ。おまえやスカーレットが無事で、本当に良かったよ」


マクファーレン伯が、優しく笑いかける。

メレディスの兄アルフレッドは、弟をとても可愛がっている――それは、マリアのオフェリアに対する感情に似たものがある。弟のことを心配する彼の気持ちは、マリアにもよく分かった。


「今日はこれで帰ることにしよう。おまえも、今日はもうゆっくり休みなさい。まだ顔色が悪い――絵を描くのに夢中になって、ちゃんと寝ていないんだろう。しばらくこちらで厄介になって、寝食をきっちり取る生活に慣れてきなさい」


兄の小言に、メレディスは困ったように笑う。

マリアはマクファーレン伯を見送り、それから、ドレイク宰相も見送った――帰り際、馬車に乗り込む直前で、ドレイク宰相がそっとマリアに近づいてくる。


「マリア……話をしている間、メレディスは何度か咳をしていた」


宰相は声を落とし、小さな声でマリアに話しかける。彼の言葉を聞き漏らさないよう耳を立てながら、マリアは目を瞬かせて彼を見つめた。


「私の母は、胸の病を患って亡くなった」

「……存じております。生前、ジェラルド様のお父様がお話しくださいました」

「亡くなる直前の母と同じものを、メレディスから感じる――マクファーレン伯には話さなかったが」


マリアは息を呑み、黙り込んだ。とっさに反応ができず――頭が真っ白になって、何も考えられなくなって。


「……私の杞憂だと信じたい」


そう言って、ドレイク宰相はマリアの頬に挨拶のキスをして、馬車に乗った。

マリアは、宰相の乗った馬車が見えなくなっても、しばらくそこに立ち尽くしたままだった。




気が付いた時、マリアは自分の部屋にいた。メレディスの描いた絵を、ぼんやりと眺めていて……。

そんなマリアを、後ろから誰かが優しく抱きしめる。自分を包む優しい腕の持ち主が誰かなんて、考える必要もなかった。


「何か、気になることでも起きたのか?」

「……この絵」


自分を後ろから抱きしめるホールデン伯爵に甘えるようにすり寄りながら、マリアが呟く。


「複製画なんです。オリジナルを見ているので、メレディスからこれを渡された時、すぐに気づきました。その時は、オリジナルは自分のものにしたんだと思って……ちゃっかりしてるんだからって、ちょっと呆れて……」

「彼には前科があるからな」


伯爵が笑う。


マリアに芸術的センスはないが、メレディスの絵は、そんなマリアでも心惹かれるものがある。だから、オリジナルと複製画の違いはすぐに分かった。

特に、この絵は最愛の娘スカーレットを描いたものだ。その出来栄えは格別で、マリアもよく覚えている。


メレディスから、完成した娘の絵を渡された時に、これがよく似た複製画であることもすぐに分かって……仕方ないわね、と思いながら黙って受け取った。

……少しだけ、胸の奥で騒ぐものに、見て見ぬふりをして。




マリアは、スカーレットの部屋を訪ねた。

他の子どもたちはもう寝静まった時間。スカーレットはまだ眠れないようだった。スケッチブックを片手に、ベッドに腰かけてぼんやりしている。


「スカーレット」


マリアに呼びかけられ、ハッと娘が顔を上げる。マリアは優しく微笑み、娘の隣に腰かけた。


「お母様……」


マリアに抱き寄せられ、スカーレットは母親を見上げる。その瞳は、不安と怯えに揺れていて……。


さっき話した時も、勘付いてはいた。娘が何か隠している、と。

ひどく怯えている娘を、追い詰めてしまっていいのか……マリアもためらってしまったのだ。

でも、この隠し事はスカーレットには重すぎる。娘に背負わせるべきではない。


「お父様に、口止めされたのね?」


マリアが言えば、スカーレットはスケッチブックをぎゅっと抱きしめ、唇を噛んだ。


「いいのよ。スカーレット、全部話していいの。母親に隠し事なんて、できるはずないわ。それが父親のこととなれば……隠すことができないのも当然よ」


マリアの腕の中で、スカーレットの身体が小刻みに震えた。必死で嗚咽を抑えようとする娘を、マリアは優しく抱きしめる。


「私たちについた血は、返り血じゃないの……」


涙を堪えながら、スカーレットが打ち明ける。


「お父様、血を吐いたの……」




人が入ってくる気配に、シルビオは静かに顔を上げた。

彼もまた、長椅子にもたれかかったままぼんやりとした様子で……でも、相変わらず気配には敏感だ。ノックもせず部屋に入ってきたマリアに、驚く様子もなく視線をやった。


「……スカーレットが喋ったのか」


マリアの態度から、シルビオは何も言わずとも察したらしい。自分を訪ねてくる心当たりもあるからだろうか。


「あいつのことは責めてやるな。父親に頼み込まれては、黙っているしかない――俺も、さすがにこれは気楽に話せなくてな」


シルビオとメレディスは、腐れ縁という感じで。当人らは否定してきたが、友人と言っても差し支えない関係だ。やはりシルビオも、多少は動揺しているのだろう……。


「改めて、何があったか聞かせてもらえる?」


マリアが言えば、シルビオは姿勢を直し、再び話し始めた。




メレディスとスカーレットを狙う連中から二人を守りながら、シルビオは屋敷の脱出を目指していた。

敵はたいして強くないのだが、いかんせん、数が多い。


自分一人なら強引に斬り捨てて逃げてもいい――が、戦えないメレディスや幼いスカーレットを連れていては。

できるだけ戦闘は避けたほうがいいだろう。そう判断して、戦闘は最低限で済ませようとしていた。

屋敷内を、敵から身を隠しながら進んで――。


メレディスが突然咳き込みだし、シルビオはぎくりとなった。


「おい……!」


諫めるが、メレディスの咳はおさまらない。かなり派手に咳き込み、背を丸め、苦しそうに何度も咳き込む。娘のスカーレットが、メレディスを心配そうに見上げていた。


「いたぞ、こっちだ……!」


予想通り敵に気付かれ、こちらに集まってくる。シルビオは舌打ちし、物陰から飛び出して敵が集まりきる前に厄介な連中を斬り捨てた。


敵を斬るのは簡単だが、やはり数が多い。いつまでも相手にしていてはきりがない……ある程度片付いたところで、シルビオは物陰に隠れたままのメレディス、スカーレットのもとに戻った。

二人の元に戻り……手を血で濡らしたスカーレットを見つけ、さすがのシルビオもゾッとした。


「怪我をしたのか!?」


敵は逃さず始末したはずだが――負傷の有無を確認しようとシルビオが手を伸ばせば、スカーレットは怯えた表情で首を振る。そして、父親を見た。

メレディスの服にも血が……咳は落ち着いたようだが、ぬぐう口元にもうっすらと血の跡が。


「おまえ……」


それが何を意味するか、シルビオも瞬時に悟った。メレディス自身も、自分の身体に何が起きているのか理解しているのだろう。シルビオたちに見つかって、気まずそうに視線を逸らしている。


「……ごめん。誰にも言わないで。スカーレットも……お願いだから、このことは見なかったふりをしてほしい。マリアにも……」


シルビオはぎゅっと唇を結び、行くぞ、と短く声をかけた。

いまは、それについて話している場合ではない。二人を安全な場所まで連れて行かなければ――だから、いまは見なかったふりをしておこう。

それ以上の詮索はせず、シルビオは二人を連れて屋敷を脱出することを優先した。


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