父と、母と
いとこがたくさんいて、小さな子などいまさら珍しくもないと思っていたが……やはり、自分の姉弟となると話は別らしい。
赤ちゃんの弟――エドガー王子の世話を、エステル王女は熱心にやっていた。王女もまだまだ幼いので、その世話は拙いが。
それでも、療養中の母のそばで、母と弟を気遣う娘……幸せな光景を、ヒューバート王は微笑ましい思いで見つめていた。
「マルセル……あっ、フェリクスだ!」
部屋に入ってきた男に、王女は顔を上げた。そして、王に仕える騎士が連れている子どもを見て、パッと顔を輝かせる。
「こんにちは。フェリクス、今日はマルセルと一緒にお城に来てたんだね」
オフェリアも、自分の大切な侍女の子が城を訪ねてきたのを、笑顔で歓迎した。
「はい。父に連れられ、近衛騎士隊の稽古を見学させていただきました」
「そうか……フェリクスも、もう騎士としての訓練が始まっているのか」
ヒューバート王が言えば、マルセルが頷く――どこか誇らしげに。
「いずれは、エステル王女殿下、エドガー王子殿下……王家をお守りする立派な騎士になってほしいと思っております」
きっとなれるよ、とオフェリアやエステル王女は笑顔で言ったが……ヒューバート王は、フェリクスの顔がわずかに曇るのを目撃してしまった。
オフェリアたちの部屋を離れ、ヒューバート王はフェリクスを自分の部屋に招いた。
王自慢の花茶を淹れ、フェリクスをもてなす。
父親のマルセルは、近衛騎士隊の仕事でそちらへ行ってしまっており、ヒューバート王の警護からも外れている。
一人でオルディス邸に帰ろうとするフェリクスを呼び止め、何気ない様子で話題を振った。
「もう少し、城でゆっくりしていけばいいのに。マルセルも、ベルダも、本当はもっと君と一緒にいたいはずだ――二人とも意地っ張りだから、主人の手前、そう言わないけれど。君のこと、いつもとっても自慢しているよ」
王の言葉に、フェリクスはちょっと照れくさそうに笑う。
ヒューバート王も優しく微笑み、さりげなく本題を切り出す。
「特にマルセルは……あまりにも出来の良い自慢の息子だから、少し期待をかけ過ぎてるんじゃないか――そんな心配をしてしまうほどだ」
フェリクスが黙り込む。
その姿に、自分の指摘は図星だったと、ヒューバート王は確信した。
「騎士の子に生まれたからと言って、必ず騎士になる必要はないんだ。マルセルだって、君に不本意な道を強制するつもりはないはずだよ」
「……騎士になるのが嫌なわけじゃないんです」
フェリクスが口を挟む――本人も悩んでいるようだが……少なくとも、その言葉は嘘ではない。ヒューバート王はそう思った。
「ただ……僕は、城仕えはすべきではないと……。父上や母上の本来の身分を考えると、いま二人が城で働いているだけでも十二分過ぎるぐらいの特別扱いなので。それで、僕までというのは……」
幼いながらに、フェリクスは、自分の存在がエンジェリク騎士たちにとってちょっとした火種であることを悟っているらしい。
近衛騎士隊は、特殊な条件下でマルセルがそのトップの座に就いた。
次期隊長は、現副隊長ラドフォードの嫡子――でも、子が成長し、優秀に育ったら……マルセルの気が変わらないとは言い切れない。ヒューバート王の寵愛を利用して、強引に自分の息子を隊長にしてしまうかも。
ベルダは遠い異国の奴隷少女で、マルセルは敵国の軍人なのだ。そんな血を引く家系で、世襲が許されない。
「そうだったのか。僕がしたことは、余計なおせっかいだったかもしれないな。すまない……」
「いえ、陛下が謝ることなんて!」
恐れ多くも王に頭を下げさせるなんて――恐縮し、フェリクスは慌てて立ち上がって首を振った。
そして、部屋の片隅……物陰に、母が隠れているのを見つけてしまった。フェリクスの視線に気づき、ベルダも……ヒューバート王も、バツが悪そうに笑っている。
「ごめん。あんたが悩んでることに気付いて、私がヒューバート陛下にお願いしたの。私たちじゃ、かえって正直に話してくれないんじゃないかって思って」
母が素直に打ち明ければ、フェリクスも困ったように眉を寄せ、うつむいた。
「……申し訳ありません。父上の期待を裏切ってしまうのが心苦しくて、話せなくて……」
「フェリクス、そんなこと気にしなくていいのよ。あんたの人生は、マルセルの期待に応えるためにあるわけじゃないもの。父親を満足させるために生んだわけじゃないわ――私も、マルセルも」
ベルダは優しく諭し、息子の頭を撫でる。
その姿は、愛情深い母親そのものだ。
「騎士になることは嫌じゃないんです、本当に。強くなって、自分のこの手で、大切な人たちをみんな守れるようになりたいです。でも、それは、お城の中に限らなくてもいいんじゃないかなって」
「もちろんよ」
にっこり笑って、ベルダも同意する。
「だって私も、王妃になるからオフェリア様に仕えたわけじゃないもの。オフェリア様がお城に来なかったら、私もお城とは無縁の生活だったわ。城仕えになったのは、ただの結果論――城仕えを目指してたわけじゃないのよ。それはマルセルも同じ。だから、あんたも」
マルセルは、王になるからヒューバート王子に仕えたわけではない。
ルナール家の悲願を果たすため……最後の主人でもあったヒューバート王子に、己の剣を捧げたかった。ベルダ同様、城仕えになったのは、ただの成り行きだ。
「城仕えをするために、騎士になる勉強をする必要はないわ。絶対城仕えなんかしないって決め込んじゃうのもつまんないとは思うけど……いっぱい悩んで、自分で決めればいいわよ。私の子は、それでいいの」
ベルダは息子をぎゅっと抱きしめ、フェリクスも、母親を抱きしめ返した。
愛情に満ちた母子のやり取りを眺めつつ……マルセルは、自分からも説得しないとまずいだろうな、とヒューバート王は思った。
ベルダは息子の選択を全面的に応援するつもりみたいだが、たぶん、マルセルは……。
絶対に、エドガー王子に仕える騎士にしたいはず。
あれで、結構頑固で……息子が可愛くて堪らなくて、自分の夢を継いでほしいと強く願っているに違いない。
ベルダとマルセル……離婚の危機再び、なんてことにならないといいのだが。




